第34話 本音と苦い表情と真実と

「チビ助くんの事を私たちがどう思っているか。剣道ちゃんはそれを知りたいのね?」

「そうです。ミリア先輩なら私の言葉の真意、分かりますよね?」

「えぇ、もちろん。小悪魔ちゃんはどうかしら?」

「……分かってますよ。一香先輩がどんな想いを抱えながらこの質問をしてきたのかも」


 ミリア、一香、千尋の三人は各々、様々な想いがある中で牽制し合うように見つめ合う。

 揶揄い甲斐のある後輩を思い浮かべているのか。

 はたまた、急激に男らしくなろうとしている幼馴染を思い浮かべているのか。

 もしくは、自分の思い描く意地悪を何だかんだ受け止めてくれる都合のいい先輩を思い浮かべているのだろうか。

 彼女らの思いは形はどうであれ、一人の男子生徒に向けられている。


 この場は、そう言う場所なのだ。




「分かってるだってさ、剣道ちゃん。どうする?」

 千尋の意味ありげな表情を読み解きながら、一香へと言葉を投げるミリア。彼女の表情はまた少し、真剣になっていた。

 そんな先輩の様子に呼応するように一香の表情もさらに真剣になっていく。

「それでも、ちゃんと言葉として聞きたいんです。そうじゃないと、いけないので」

 との言葉を添えて。

 同時にミリアはニコリと笑う。

「なら、今度は茶化さないように気張らないと。長柄さんの気持ちに応えないと失礼だものね」

 真剣な眼差しを残したまま。


 そんな、普段とはまるで雰囲気が違うミリアの様子を見慣れない千尋は

「部長にもそう言う気概あったんですね」

「あるに決まってるじゃない。私を誰だと思ってたのよ」

「ワガママ自己中な先輩」

「誰かしらそれ」

「部長のことですよ!?」

 と言った具合に、終始驚いていた。

 しかし、それでもミリアの雰囲気は揺らがず、

「まぁ、おふざけはここまでにして……長柄さんの質問に答えるとしましょうか」

 一香への呼び名すらも変わった先輩に、千尋は息を飲まずにはいられなかったようだ。


 が、千尋の反応に反して途端に肩の力を抜いていくミリア。

「って言っても、長柄さんには前に伝えた事があったわね、チビ助くんの事を好きだって」

「そうですね。あの時は誤魔化されたので、ミリア先輩に関しては念の為にと」

「あら、信じてもらえてなかったの? それは残念だわ」

「いや、あれは流石に仕方ないですって。むしろ、その後のことの方が大変だったんですから」

 口調は戻っていないが、それでもいつものミリアである事には変わりなさそうで、そんな彼女に一香は終始苦い表情をしていた。

 しかし、それは嫌悪感とはまた違った苦い表情。その理由を知る者は、一香本人のみ。

 だが、ミリアはまるで彼女の心を読み取ったかのように言葉を紡ぐ。

「あぁ、そうだったわね。うん、あの時はご馳走さま」

 と。



「何もご馳走なんてしてないんですが……」

 舌をペロッと出して恍惚とした表情をするミリアに、再び苦笑いの一香。

 しかし、それもまた嫌悪のものではなく、ある種の思い出し笑いのようなものだ。

 それだけだが、彼女の反応はミリアにとっては十分で

「まぁでも、改めて私がチビ助くんの事を好きだって確認できたでしょ?」

「それはまぁ、確かに……」

 一香は納得せざるを得ないようだった。



 だが、ここに状況をうまく飲み込めていない人が一人いた。

「へー、部長も藤宮先輩のこと…………って、え?」

「あら、どうかしたの?」

 突然聞こえた素っ頓狂な声に、ミリアは千尋の顔を覗き込む。


 真顔で、それでいて真剣な表情のミリアに千尋はますます困惑していく。

「いや、だって……ミリア先輩って同性愛者なんじゃ……」

「うん、そうだけど、別に異性に恋しないとは言ってないわよ?」

「一香先輩はそっちも知ってて……?」

「どっちも恋愛対象だって、言われてその時に」

 まっすぐ自分の目を見つめてくるミリアに対して、少しずつ気まずそうに目を逸らしていく一香になんとなく状況を察した千尋は、同時に数日前の水着撮影の時の事を思い出す。


 数馬が自分やミリアを女性として見る分には特に問題はない。

 しかし、ミリアが数馬を男性として、恋愛対象としてみているのなら、千尋にとって大きな問題であった。


 撮影の最中、幾度となく数馬と密着していたミリア。それがもし、数馬への口説き文句を耳元で囁いていたのだとしたら───


「もしかして、この中で一番遅れてるのって私なんじゃ……」


 途端に、千尋の頭はパニックになっていくのであった。

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