第32話 書き出されるホワイトボードと真剣な眼差し

「それで、早速だけど剣道ちゃん。チビ助くんが部活に来ない理由は何か分かったの?」

「えーっと、それがですね、いまいちよく分かりませんでした」

「あら、それは残念」


 ホワイトボードの前に立つミリアに、数馬が写真部に来なくなった原因についての聞き込み結果を発表した一香は、成果無しだった事に申し訳なさそうに頭を下げていた。

 それに対してミリアは『原因不明』と大きくホワイトボードに書き記す。


 どうやら、ミリアは形から入りたいタイプらしい。

 そんな事を今日知った一香は、付け足すように、頭を上げて口を開く。

「あ、でも戻るつもりはあるみたいですよ? いつまで逃げるのかって聞いた時は『いつまでも、とは思ってない』って言ってましたし」

 と。

 すると、一香のその言葉を聞いたミリアはどこか嬉しそうに笑みを零した。

「そう。なら良かったわ。流石に戻る気がない子を引き戻そうとしても時間が勿体無いもの」

 笑みを浮かべると同時に、一香の言葉を聞かなければ諦めていた事をそれとなく明かすミリア。

「案外、サバサバしてるんですね、ミリア先輩って……」

 思わぬ発言に、一香は驚きを隠せない様子だった。


 しかし、ミリアは至って冷静だった。部活の時の自由奔放な彼女と同一人物かと疑わしい程に。

 そんな彼女が放つ言葉も総じて、そう言うものだった。

「感情的に動く時と、冷静に物事を見極める時を使い分けてるだけよ。別に、チビ助くんを追い出そうだなんて思ってないわ。ただ、そこに長く時間をかけるのはどうかと思ってるだけよ」

 と。

 必然と、一香が感じ取る印象も変わるもので

「真面目なミリア先輩、かなり意外です。……本当にミリア先輩ですか?」

 と、本物かどうか疑う始末。

 だが、やはり彼女は本物のミリアであり───

「失礼な! こんなパーフェクトボディな私が他にいる訳ないでしょ!」

「あ、本物のミリア先輩だ」

 いつもの彼女の文言を聞くと、一香は心の底から安堵していた。

 そんな一香の様子に、ミリアは少しばかりドヤ顔をするのだった。



「それで、これからどうするんですか、部長。藤宮先輩が部活に来ないとなると私の楽しみが減って困るんですが……」

 二人の様子をおとなしく眺めていた千尋がようやく声を発したのだが、その声は少々重々しいトーン。

 それは後に続くミリアにも影響される。

「完全に私欲じゃない。……って言いたいところだけど、実のところ私もあまり部活に身が入ってないのよねぇ……」


 うーーーん、と深く悩みこむ写真部メンバー。

 異性である数馬がいるからこそ、写真部が活発に活動されているところもあり、数馬の逃走は彼女たちに多大なる影響を与えていた。


 しかし、たまに部活に参加する程度の一香にとって、いまいちピンとこない感覚。

 数馬に誘われるがまま剣道部と兼部する形で入っているのだから、仕方ない。

「そんなに悩むんでしたら本人に直接聞けばいいんじゃ……」

「それで逃げられたらどうしたらいいんですか!? 多分、それ以降かなりキツく当たってしまう自身がありますよ!!?」

「そこまで思い詰めてたの!? というより、数馬にキツく当たる癖をやめたらいいんじゃ!!?」

「それができたら苦労してません!」

「確かにそうだったね!!」

 あまりにも悩みすぎてテンションがおかしくなったのだろう。千尋の先ほどまでの落ち着きようはどこへ行ったのかと言うほどに振り切れていた。

 そしてそれは一香へと伝播し、今の状態である。


 すると、ホワイトボードに書かれた『戻るつもりはある??』と言う文字をひたすら眺めていたミリアが二人のやりとりに何か閃いたようだった。

「そういう事なら、逃げられない状況でチビ助くんを問い詰めるって言うのはどうかしら?」

「と、言いますと?」

 食い気味の千尋に、ミリアは言葉を続ける。

「例えば、明日の剣道ちゃんとチビ助くんのデート、とか。もちろん、剣道ちゃん次第だし、タイミングもちゃんと考えるわ」

 そう言って、ミリアは一香に一歩、また一歩と詰め寄る。

 しかし目は真剣そのもので、今までのような揶揄うような目ではない。


 そんな目で、ミリアは声を発する。

「どうかしら、剣道ちゃん? 」

 と。


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