第31話 初めてのお部屋

「噂で知ってはいましたけど、やっぱり部長の家ってすごいおっきい……」

「ここならいくらでも素振り練習し放題なのでは……あとでミリア先輩に相談してみようかしら」

「いや、一香先輩それはおかしいです。なんで部長の家に来てまで剣道の事考えてるんですか」

「あまりの広さについ……」

「ついじゃないですよ……。せっかくの休みの日くらい剣道の事は忘れてリラックスしましょう? まぁ、私も分からなくもないですがね……?」


 ミリアの家、もとい、広々した豪邸を目の当たりにしてから遠くを見つめるような目で、淡々と言葉を交える千尋と一香。

 日常生活ではまず見ることの出来ない広さの庭に、一香は何を思ったのか竹刀を振り回したいと言い出す。

 千尋は慌てて小柄な体を精一杯使って前に出ると、錯乱した一香を止めるが彼女を強く否定しきれない様子。

 それどころか、一香が変な事を言わなければ千尋が変な事をやらかしそうな、そんな様子だ。


 そんな二人を余所に、ミリアは自然体のままに歩みを進める。

 ミリアにとってここは自分の家なのだから当たり前ではあるが、豪邸以上にもう一つの光景に千尋と一香は驚きを隠せなかった。

「何してるの? 早く行くわよ〜」

「使用人さんの列の間を何食わぬ顔で歩いていく……やっぱり、部長の家ってすごい……」

「そうだねぇ……」


 ミリアが到着するや否や、豪邸の中からゾロゾロと出迎えるスーツ姿の執事や質素な服装のメイドさんなど、非日常にさらに非日常が掛け合わされているのだから、驚くなと言う方が無理だろう。


 だが、それは中に入ってしまえば案外、すぐに日常に戻るもので───

「それで早速本題に入りたいのだけど……さっきから、二人は何してるの?」

「いえ、部長のことですし部屋のどこかに隠しカメラがあったりしないかなと、少々探索を」

 ミリアの部屋に入るや否や、お楽しみだったとばかり漁り始める千尋。

 ベッドの下やタンスの中、カーテンの裏などなど、心のそこから楽しそうに探索している。


 それに対して一香はといえば

「私は、その……数馬の部屋以外に人の部屋に入った事無くて、どうしたらいいか分からなくて……」

 そう言って、部屋の隅っこで正座をして、千尋とは違った意味で落ち着かない様子だった。

 友達の家に行くという機会には恵まれなかった一香にとって、ミリアの部屋は未知の場所そのものなのだ。


 それぞれ違った反応を見せる二人に対して、ミリアは特に怒ることはせず、むしろ笑顔の状態で声をかける。

「えっと、とりあえず剣道ちゃんは床に座らないでこっちの椅子に座ってね?せっかくのお召し物が汚れちゃてるわよ」

「あ、すいません。自分の部屋の癖でつい」

「そうなのね。まぁ、勝手は違うだろうけど、自然体でくつろいでくれていいから」

 ミリアの落ち着いた対応に、恐る恐る立ち上がりながら「はい」と呟きつつも、驚きを隠せない一香。

 部活の先輩としてでは無く、豪邸のお嬢様としての落ち着いた様子のミリアに、見惚れていた。

 少なくとも、同級生との秘密の撮影会の事で脅しながら一香にキスを求めた人物とは思えない。


 しかし、やはり彼女は写真部の部長でもあった。

「それと、小悪魔ちゃんは物色し過ぎ。流石の私でもそんなわかりやすい所に期待してるようなものは無いってば」

「そうですよね。必死に探して損しました」

「それって、わかりにくい所には」

「一香ちゃん、はい、ここ座って」

「……あっ、はい」

 千尋が読み取れなかった言葉の裏を一香が口にしようとした途端、ミリアが彼女に椅子を差し出す事で言葉を遮った。

 そんなミリアの行動に何も察しが付かない一香ではなく、それ以上は何も言わず、差し出された椅子にゆっくりと座るのだった。


 やがて、ミリアがボロを出しそうに無い事を悟ると千尋も用意された椅子に座り、準備が整う。

「さ、冗談はここまでにしてそろそろ本題を始めましょうか」

 部屋の隅からミリアがガラガラと持って来たのはそこそこ大きめのホワイトボード。

 そしてそこには、数馬の写真。


 そんな彼女らがこれから織りなす議題は───

「チビ助くんを写真部に引き戻す為の会議を」

 どうやったら写真部にまた来てくれるようになるのか、であった。

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