第4話 不思議な後輩との日々①





春日谷舞はどうやら学校では有名らしい。


赤いヘッドフォンを常着し、四六時中それこそ歩いているときでさえ分厚い本を両手で抱えているんだからそれは目立つに決まっている。もっとも一番の要因は彼女の美しい顔立ちではあると思うが。



そんな春日谷舞をあの駅での一件以来よく見かけるようになった。否、彼女はよく僕の前に現れるようになった。


『よく会う』や、『よく見かける』ではなく『よく現れる』と表記したのには訳がある。



例を挙げるとすれば、あれは久しぶりに登校した学校での昼休みのことだ。


三限目の授業が終わりクラスメイトがわらわらと動き出し始める。緑色の頭をした空気であるところの僕は教室にいると息苦しくて仕方がないので、どこか静かな場所で一人で食べるのが日課になっていた。


「屋上でも行くか……」


僕はそう思い、一人で落ち着いて食べられそうな屋上を目指していた。屋上には行ってはいけない決まりになっているらしいが先生は僕には何も言わないらしい。別に言われたらやめるが、言われないのだからやめるつもりはない。


周りの情報をシャットアウトしてただひたすらに廊下を歩いていく。そして屋上まで続く階段に差し掛かったそのとき、僕の袖を誰かが引っ張ってきた。


「ん?」



そこには細くて白い綺麗な手が掃除用ロッカーの中の陰から生えていた。



「ひぎゃあっ!?」


「羽賀先輩、こんちは。」


「お前は妖怪か!!」


「ひっ!?さ、叫ばないでください!心臓に悪いです!」


「心臓に悪いのはどっちだ!」


「ひぃ〜ん!!」



赤色のヘッドフォンに肩のところで切りそろえられた黒髪、そして白磁のような肌。


僕の袖を掴んでいたのは言うまでもなく春日谷舞だった。



何を隠そうこの女。学校の特別棟や駅のホーム、その物陰からニョキと手が現れ僕の服や鞄を掴んでくるのだ。


しかも僕のことを待ち伏せしてる節がある。ストーカーという名の立派な犯罪行為だった。



「はぁ……今日も一緒に食べるか?」


「よ、よろしくお願いします。」



しかし、もう付き纏わないでくれと言えば彼女は号泣し、とんでもないことをやらかしかねないし、第一僕もそれほど嫌というわけではないので放っておいた。


僕と彼女のファーストコンタクトから1ヶ月。お互い友達がおらず学校でも浮いているからだろうか。



僕と春日谷舞は共に時間を過ごすことが多くなった。







「そろそろ寒くなってきましたね。」


「屋上で食べるのも限界かもな。」


僕たちは例のごとく二人で昼食をとっていた。

僕が誘ったわけではない、春日谷が毎度僕の袖を引き一緒に食べようと無言で訴えかけてくるのだ。特に断る必要もないので野放しにしている。


「先輩は冬の間はどこでご飯を食べるんですか?」


「僕は……寒い日はサボるかもな。それか抜くかも。」


「そ、そんなのアリなんですか?」


「去年の冬は今よりサボってたから進級も危なかったけどな。春日谷はどうするつもりだ?」  


「え」


ポロッと春日谷が箸で摘んでいたおかずを落とした。彼女の膝に乗せていた参考書の上にポトリと乗る。


「べ、べべ」


「なんだよ。」


「便所飯とか…一学期はそうしてました……。」


「………そうか。」


全くもって美しくない、僕の憧れた人だったらそう言うだろう。だってトイレはご飯を食べる場所ではないのだ。


いや、平気で学校をサボる僕の方が美しくないのか?



「先輩?」


「え?」


「いや…考え込んでいた様子だったので。」


「ああ、なんでもないよ。」


「?」



僕は春日谷の膝の上に乗った参考書に目を落とす。どうやら物理学のようだった。


「そういえばテスト、もうすぐだっけ?」


「もうすぐどころかあと二週間もないですよ。先輩そんなんで大丈夫なんですか?」


「さぁ、どうかな。勉強はしっかりしてるつもりだけど。」


「え、そんな見た目でですか!?」


「どう言う意味だよ……」



正直、僕は学校が嫌いだ。もしかしたら明日もうやめてるのではないかというぐらいには嫌いだ。

いや、春日谷と仲良くなってからはやめると言う選択肢もあまり頭をよぎらなくなったが、それでもわからない。


だから僕は高校を辞めてもいい準備をしている。


高校をやめたとしても高卒の認定試験を受ければいいし、大学では高校ほど人から干渉されることもないだろう。


まぁ、これらの考えは先輩の受け売りなのだが。



「春日谷も、勉強はしっかりとした方がいいよ。」


「だからこうして勉強してるじゃないですか、見たらわかるでしょう。」


「……そうだな、見たらわかることだったよ。」


「あ、そうだ。先輩勉強してるならここ教えてくださいよ。よくわからないんです。」


「え、どこ?」



僕はその日、春日谷に勉強を教えた。次の日もその次の日も、テスト期間が終わっても彼女に勉強を教えることになるのはまた別の話だ。


彼女がわからないと言った場所を説明し終えると彼女は目から鱗と言った様子で僕を見ていた。



「ほ、本当に先輩ですか?」


「おい…ちゃんと聞いてたのかよ。」


「いや、先輩って本当に頭良かったんですね……そんな髪なのに。」


「髪は関係ないだろ。それに頭がいいわけじゃないよ、ちゃんと勉強してるだけだ。」


「……………」


「………なんだよ、そんなジロジロ見て。」


春日谷が参考書から目を離し僕の方を見てくる。なんだ?僕の顔?いや、頭か。


「先輩なんで髪そんなんなんですか?」


「は?」


「いや、私先輩のこと誤解してたなって…勉強できないんだろうなとか。今もたくさん誤解してると思うけど。」


「まあ、勉強できる見た目には見えないかもな。」


僕は自分の姿を思い浮かべる。

奇抜な緑色の髪、鋭い目つき、広い肩幅、高い上背、おまけにピアス穴だってある。もっともつけてはいないが。


立派な非行少年だな。


「せめて緑色の髪にすればもっと生きやすくなるんじゃないですか?」


「確かにそうだろうな…」


ぼくは自分の髪を触る。春日谷の言う通りだ。人より不器用でたいそうな変わり者である僕だがせめて黒髪に戻して眼鏡でもかけたら少なくとも話しかけられないということもないだろう。それでも…。



「あ、チャイムだ。」


「え」



彼女の言う通り、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴っていた。彼女はいつのまにか弁当も参考書も脇に抱えて立ち上がっていた。


「先輩、次の授業始まっちゃいますよ?」


「ああ…そうだな。」


僕が発した言葉とは裏腹に、僕はいまだに屋上に座り込んだままだった。

そんな僕を春日谷は不思議そうに見つめてくる。


「先輩……?」


「いいや、僕もう少しここでぼんやりしてるよ。」


「さ、さっそくサボりですか!?テスト期間なのに!?」


「関係ないよ。ほら、授業始まるだろ?さっさと行け。」


「もう……じゃあ先輩また放課後に。」


「おう。」


そう言って彼女は早歩きで屋上から出て行ってしまう。放課後もあいつに付き合わなきゃならんのかと僕は苦笑いを浮かべた。



『和季、あなたのその髪の毛好きよ。素敵だもの。』



どうしても思い出してしまう大好きだったあの人の言葉。あの人にフラれてもう1ヶ月が経つ、それでも僕の心のなかにはいつまでも春澤澄歌がいた。


「……………」


それでも、記憶のなかの彼女が前より彼女ぼやけてきたのはきっと春日谷のおかげだ。懐いてくれた彼女のおかげで僕は騒がしい日々を過ごせている。


僕だってわかってる。いつまでもあの人への恋慕を引きずるわけには行かないのだ。僕も世界も年老いていく。

いつかは黒髪に戻さなければいけないし、サボり癖だって直さなきゃいけない。



「わかってるんだけどなぁ……。」



どこからか、号令の声が聞こえた。授業が始まったのだろう。だけど僕は屋上から立ち去れないし、緑色の髪をやめることもまだできそうになかった。


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