第5話 不思議な後輩との日々②





「では、これで今日の授業は終わりだ。号令。」


教師の指示により、学級委員長が号令を出す。みながそれに従い頭を下げた。


目の前にいる年増の女が本当に頭を下げるに値する人間なのか考えもしていないのであろう。


そんな面倒なこと普通なら考えないのはわかっているけれど、ひねくれた私はどうしても考えてしまうのだ。


「……急がなきゃ。」


私は参考書と筆記具を鞄に詰めていく。部活はやってない、心的ストレスが増えるからだ。


先輩はまだ屋上にいるだろうか?それとも授業に出ていたのか?今日の先輩の6時間目はたしか数学だ。


何にしろ早く会って話したい。

 



羽賀和季、それが先輩の名前だった。緑色の髪をした大きな男の人。私と同じで学校の腫れ物らしい。


初めて会ったのは駅のホームでのことだった。あの日は担任の先生に生活指導で呼び出されていた帰りだったこともあり少しイラついていたのだろう。電車の乗り込み口で彼が通せんぼするように立っていたのを私が注意したのだ。


『あの…邪魔なんですけど。』


ヘッドフォンをして、本を抱え込んだ私は気が大きくなっていた。強気な声でその邪魔な男に声をかけたのだが、初めて顔を見た時は思わずちびりかけた。 


なんせ彼の見た目はとても怖いのだ。あれでは誰も寄り付きたくは無いだろう。


しまいには乗るはずだった電車が行ってしまい本気でここで死ぬんだと思って子供のように泣いてしまった。


でも本当の彼は優しく、理知的な人だった。


触れそうな二人でベンチを探している時も彼は優しかった。ジュースを買ってくれたし、私が変なことを言っても怒ることはなかった。


それに、彼の目は赤く腫れていた。泣いていたことは明らかだった。こんな人でも泣くんだと思った。もっと血も涙もない人だと思っていたのだ。


そのギャップに絆されたのだろうか?


私は彼の瞳を見つめていた。彼が私を見つめ返した時も私は彼の瞳から目が離せなかった。


初めてだった。親とも目が合わせられない私が初めて目を合わせても平気だと思える人だった。




「よし。」


私はヘッドフォンをつける。本は今日は持たないことにした。先輩のもとまで突っ切ってしまえば誰とも目を合わせずに済むだろう。


しかし、その考えが甘かった。



「春日谷さん。」


「!」



私の前に通せんぼするように現れたのは学級委員長の細田君だと声でわかった。いつも号令をかけるのは彼なのだ。なんでもイケメンで評判らしいが私はろくに顔も見たことがないので知らない。


「……………」


本を持っていればよかったと後悔した。私は今不自然に下を向いてしまっているだろう。いや、立ち止まってしまったのもよくなかった。聞こえないふりでさっさと歩き去ってしまえば良かったのだ。


「あの…春日谷さん?」


「…なんですか?」


「いや、ちょっと心配なことがあって……」


「なんですか?」


「え…あーいや、ほら。最近春日谷さん2年の先輩とよく一緒にいるだろ?」


「それが何か?」


強気な声で細田君の問いに答えていく。心を沈めて当たり障りのないことを言うことに私は必死になった。


そうすれば大抵の人はすぐどこかに行くのだ。



しかしながら、細田君の次の言葉で私はらしくもなく感情的になってしまった。




「脅されてるんだよね。春日谷さん美人だし、あの不良に何か言われたんじゃないかって。そうじゃきゃ君があんな男と一緒にいる意味がわからないよ。」




「は?」


瞬間、私の頭に血が上った。先輩が私を脅す?不良?あんな男?何で何も知らないあんたが先輩を語ってるの?先輩の何を知ってるって言うの?


私は思わず拳を握った。


「もしそうなら力になりたいって言うか……」


「先輩はそんな人じゃない!!!!」


まだ人も多くいた教室で私は叫び、弾かれたように飛び出した。走ってる最中何度も何度もやっちまったと吐きそうな気持ちになった。


「! か、春日谷さん!!」


後ろから細田君の声が聞こえた。私の名前を呼ぶのはやめてくれ。皆が私を見ちゃうじゃないか。


嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。こっちを見ないで。


私は無我夢中で走った。右肩にかけたリュックサックがガタガタと揺れる。とにかく人の目がないところを探して走った。


廊下には人がいて、玄関にも人がいて、駅までの道にも人がいて、私はパニックになっていた。


私は学校の裏側へと回る。この学校は海に面しているため、裏側は小さな浜になっているのだ。


そして私は……。




「春日谷?」


緑色の頭をした大柄な男を見つけた。


その瞬間、極端に狭まっていた私の視界が大きく広がるのがわかった。空には雲一つなく、涼しい風が吹いていた。


スッと私は心が軽くなるのを感じた。




「せ、先輩……」


「顔色が悪いぞ、大丈夫か?」


「先輩……」


いつも通りの間抜け面をしている先輩に私は肩の力を抜いた。乱れていた呼吸も穏やかなものになっていく。

私はつけていたヘッドフォンを肩にかけた。


「大丈夫です、さんきゅうです。」


「ならいいけど…それより何でこんなところに?」


「それは……えと、先輩こそどうして?」


まさか教室で叫んで人の視線から逃げてきたなんて言えるはずもなかった。言ったところで先輩を困らせるだけだと思ったのだ。


「……………」


「?」


いつまでも黙っている羽賀先輩を不思議に思い、見上げると先輩はぼんやりとした顔をしていた。


「先輩……?」


「サボりに来てたんだよ。」


「え、こんな寒いのに海でですか?」


羽賀先輩は学ランの上にマフラーとジャンパーを着ていた。温かそうだがそれはわざわざ海まで来た理由にはならないだろう。


すると先輩が呆れたような声を出した。


「多分お前が想像してるようなことじゃないぞ。あの海岸をずっと行くと小屋があるんだよ、汚いけどな。そこにストーブが置いてあってそれを使って暖を取ってた。」


「無断使用じゃないですか……怒られますよ?」


「………はは」


「?」


私が咎めると羽賀先輩は何がおかしかったのか笑った。そして私の肩を叩いて、歩くよう促した。


「え、な、なんですか?」


「なんだ、帰るんだろ?駅まで行かねぇの?」


「いや、行きますけど。」


「さっさと行こうぜ。この季節は一気に暗くなって危ないからな。」


「……………はい。」



先輩は何も変わらない様子で歩き出すので、私もその後を追った。先輩に触れられた肩がやけに熱いことに私は未だに気づかないでいた。

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