第51話 精霊使い

 ライラは庭に出ると、朝陽を浴びてこれまでの悪夢を浄化するように身体を伸ばしていた。

 ユグドラシルにもたれ掛かるようにラウネは昼寝ならぬ朝寝をしていた。

 その様子は小さな子が遊び疲れて眠っているかのようである。


 光合成のようにライラが伸びをしていると、後ろからレティシアが姿を現した。

 まだ起きて間もないのか、寝間着のままの姿で。


 「ねぇライラ……」

 レティシアに声を掛けられたライラは、伸びるのを止めた。


 「?」

 首を傾げてレティシアの方を向いて、頭の上にははてなマークを浮かべている。


 「その、ライラの後ろとかでふわふわ浮いてるのはかしら。」


 ライラはきょろきょろと首を左右に振って確かめる。

 

 「あ……これは……」



☆ ☆ ☆


 昨晩の事。

 ライラはメイに案内されると、一つの部屋をあてがわれる。

 回復により、身体の見た目上は何ともないように見えても、心の中までは快復とは言えない。

 休む時間が必要であると身体が言っているように感じてる。

 

 実際に、何かをしようという気にはなれず、部屋の片隅をじっと見つめて

 夕飯の時間には集まって食道に向かったけれど、ライラに食欲はほとんどないに等しい。

 まともな飲食自体が約5年振りという事もあり、元々他の人と同じというのも無理はある。


 これまで横にいた人が今はもういないというだけで、心に受けるダメージは計り知れないものがあった。

 

 新しい人達の温かさが胸に染みて込み上げてくる感情こそあるものの、涙までは出て来ない。

 枯れてしまうにはまだ若すぎる。


 ライラには特別に軽めのメニューが運ばれてきた。



 自分の部屋に戻ると、ライラは自分と一緒に回復……復元した指輪を眺める。

 遺骨と一緒には埋めず、それぞれ一つだけでもと一人一人が身に着けていた指輪を。

 効果は当人の不足を補うもの、長所をより活かすものと人によって様々だ。

 武器や防具と同じようにその人の魂が宿っている。

 

 指輪を眺めていると、一緒に冒険をしていた想い出が良くも悪くも脳裏に浮かんでくる。

 クエストを廻って喧嘩した事、報酬を廻って喧嘩した事、タゲ取りに失敗して喧嘩した事、詠唱を噛んで喧嘩した事、口だけのイケメソ冒険者を皆でざまぁした事。


 ろくな想い出ではなかったけれど、今となってはどれも楽しい記憶として脳裏に刻み込まれていた。


 指輪をボックスにしまい空間収納に保管すると、ちょうど入浴の準備が整ったとメイが迎えに来る。



 介助というわけではないけれど、メイはライラに寄り添い浴場へと案内をする。

 メイの手には着替えの入った袋を下げている。下着類はラフィーが超速で製作していた。

 安らぎと安定をもたらせるように、精神力向上と精神安定の効果と何故か魅力向上の効果が付与されていた。 


 メイの手伝いもあって入浴を済ませたあと、再び空間収納から指輪の入ったボックスを取り出した。

 これが誰、これは誰と指輪を見ながら元の持ち主を思い浮かべる。

 すると指輪が光り出し、窓の外へと誘われる。


 ライラは何かに呼び寄せられるように部屋を出ると、庭に出てそのままユグドラシルの木の方へ足を進めていく。


 正確にはユグドラシルのその先。

 光が指しているのはその先の建造物。

 輝いているのは墓石の周辺だった。


 指輪の光と墓石の光が重なると、光はやがて収束し人の形を取る。

 最初は見覚えのある4人。

 そして幾人の小さなシルエット。


 彼女らが何かを語る事はなかった。

 

 「あなたたち……」

 

 彼女らは、そして子供達はみんな微笑む。

 死した事も其処に至るまでの恨みも見せずに。


 ライラの仲間達を形どった光のシルエットは、一条の光となってライラに集約されるように伸びていく。

 ライラの胸に抱かれるように引き寄せられ、胸の奥が熱くなっていく。


 枯れたと思っていたライラの両のまなこからは、熱い想いが涙となって頬を濡らしていた。



 ライラの天職は精霊使い。

 彼女らの魂ははライラの精霊となって見守り続ける。


 「私、生きる。みんなの分も生きるよ……だから傍で見届けて。」

 ライラは両手を天に広げて咲いた。

 広がった十指には合計5つの指輪。

 仲間達の証でもある指輪に想いを込めると……


 天まで昇る不死鳥達が飛び交い、星屑のように煌めいていた。




☆ ☆ ☆


 「そう、あの光はそういう事だったのね。」

 正直立ち直るまで何日もかかるだろうと予測していたレティシアだったけれど、たったの一晩で前向きになったライラを見て感嘆としていた。



 「それなら二つ名として、【星屑の不死鳥】とかどうかしら?」

 下唇の下に人差し指を当ててレティシアはライラに提案をする。


 「それは遠慮致します。」

 ライラは思考する間もなく、即断っていた。




 


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