28 集結
たまたま今出川女子大学の合宿施設が空いていたのは、この時期が冬休み前で誰も使うサークルがなかっただけに過ぎなかったのであったが、それにしても直前で集まれるのは大きなメリットではあろう。
程なく、夜行バスで来た白澤翼と星野真凛が合流。
「もう少ししたら佐賀からひなたちゃんも来るから、それまでイノダコーヒあたりで茶でもシバかへん?」
江梨加の言葉に思わず翼が吹き出した。
「ホンマに茶シバくって言うんや」
「いや、普通やん? ねぇ桜花…な?」
「あんまり女子は使わへんかも…」
コロコロ皆で笑っているところに、千沙都が改札を出た江藤ひなたに気づいたらしく、
「ひなたさん、来たよ」
手を振って駆けてくる江藤ひなたに、全員が応じた。
さらに夜行バスで来たのは、東ルカと神崎アリスであった。
「たまたま秋田も弘前も京都行きのバスあるから、じゃあ一緒に行こうってなって」
東ルカが弘前まで移動して1日過ごしたあと、一緒のバスで京都まできたらしかった。
「でも京都までバスで来られるんだったら、いつでもせつ菜ちゃんに会いに行けるんじゃないって話してたんだよね」
ルカは東京の専門学校への入学が決まったばかりで、
「でもルカちゃん、ホンマに高校でバンド辞めちゃうの?」
美織が訊いた。
「子供の頃から声優さんになりたくって」
楽器が出来たほうがプラスになるかも知れない──それで地元の強豪である秋田学院に行ったことを明かしてから、
「でもまさかこんな、アニメみたいな展開になるとは思いもしなかったけど」
典型的な秋田美人でありながら、ルカは気取ったところがない。
──そんな子やからチームまとめられるんやろけど。
宥は内心、そんなことがふとよぎった。
午前中いったん相国寺裏の合宿所に荷物を置いて、再び京都駅に来ると、楠かれんと児玉可奈子が改札のそばの自販機の脇で缶コーヒーを手に雑談をしていた。
「京都駅って初めて来たけど大きいねぇ」
児玉可奈子は海外への遠征は経験があるが、意外にも京都には来たことがなかったらしい。
「まぁだいたい関西公演って大阪やもんね」
かれんも地元に戻ると関西弁に戻る。
「みんな受験どうしてる?」
3年生組6人の合言葉はほぼそれで、かれんは受験と、大手芸能事務所が主催するオーディションが重ならないか不安な中での上洛である。
「さて、これで9人揃ったね」
「本格的なリハーサルはこれが最後だから、しっかり詰めていかないと」
リーダーらしくせつ菜が言うと、
「…ほな、行こか」
敢えてラフに宥が言ったのは、ある意味での機転であったかも分からない。
合宿が始まると、普段からリモートで練習をしたりしていたので感覚はすぐさま掴めたらしかったが、
「問題はフォーメーションかぁ」
宥が見て指摘したのは、9人をどう配置するかであった。
一番の問題は、ドラムである。
ダブルでドラムというのも有りといえば有りなのかも分からないが、とりあえず宥が白澤翼に諮ってみると、
「…うちが譲らな、どうもならんやろ?」
相手は世界大会5位の児玉可奈子である。
そこを翼は、もしかしたら分かっていたのかも知れない。
「まぁうちはドラムやらんでもボーカルできるき、センターでボーカルすりゃえぇ思うとったきね」
それは宥も気が引けたのか、
「…パーカッション、他に何か出来るのある?」
「うーん、パーカッションではないけど…昔よさこいでカラーガードならしたことがある」
カラーガードというのはマーチングバンドの先頭でフラッグを持ち、バトントワリングのように旗をさばく演技のことである。
よさこいのカラーガードなるものを宥は知らなかったが、調べてみると勇壮なもので、
「間奏にカラーガード入れてみるの、面白いかも知れへん」
「…よっしゃ、たまには旗振ってみるか」
宥の提案に、翼は乗った。
フォーメーションは、宥が練習を見ながら決めたものを試してみると、
「真凛ちゃんとルカちゃんを、1段前に出したほうがいいと思う」
児玉可奈子のアイデアを容れて試すとしっくり来たので、最終的にはそれで固まった。
まずバックには向かって
前段はV字型に6人を配置し、左から清家カンナ、星野真凛、カラーガードを手にしたボーカルの白澤翼。
翼の隣にはギターボーカルの楠かれんを置き、さらに東ルカと神崎アリス──という、真上から見ると3人ずつトライアングルに並ぶフォーメーションである。
宥が図面を前に、顎に手を当てフォーメーションを悩んでいるときの姿を見た楠かれんが、
「何かトドメ刺すときの将棋の棋士みたい」
と言ったので、その場がドッとウケた。
およそ3日間の短期集中型の合宿でセットリストも定まって、明日は全員それぞれ帰宅という前夜、宥のカフェを貸し切りにした状態で、合宿の打ち上げ会が開かれた。
「宥ちゃん家ってカフェなんだ、いいなぁ」
甘いものに目がない児玉可奈子は羨ましそうに言ったが、
「可奈子ちゃん…毎日スイーツが食べられるって思ったら大間違いだって」
実家が松江の和菓子屋という星野真凛なんぞは、
「うちなんか毎日おやつが賞味期限ギリギリの練り切りとか和三盆糖だったから、中学の頃なんか飽きて、こっそりコンビニのケーキを買って食べてたりしたもん」
などと、身も蓋もないことを言った。
「和三盆に飽きる…一度でいいから言ってみたいセリフだ」
東ルカがボソッと言うと笑いが起きた。
打ち上げの最後に、
「ね、みんなで何か交換しない?」
何気なく言った江藤ひなたの一言から、全員で練習着として持って来ていたシャツを交換することとなり、順番を決めてから、それぞれが持っていた着替え用のシャツを交換した。
順番はリーダーのせつ菜から始まり、名字の五十音順に東ルカから江藤ひなた、神崎アリス、楠かれん、児玉可奈子、白澤翼、清家カンナ、星野真凛──という順である。
デザイン的に人気があったのは左袖だけ色が違う秋田学院のシャツで、ルカのシャツはひなたが譲り受けた。
「茅ヶ崎のはサッカーのユニホームみたいでカッコいいね」
しかし可奈子はかれんから渡されたので、
「カナちゃんだけ変わらないのは可哀想やき」
翼は浦戸ヶ崎のシャツを可奈子に渡し、可奈子はカンナに茅ヶ崎商業のシャツを渡した。
カンナの鳳翔女学院のシャツが最後の星野真凛に渡り、真凛がせつ菜に八重垣高校のシャツを渡すと、
「これでみんな交換終了だね」
八重垣高校のシャツに袖を通したせつ菜は述べた。
スタイルのいいせつ菜が小柄な真凛のシャツを着るとよりスタイルが強調されて、
「何かせつ菜ちゃんセクシーよね」
これには一同から笑いがドッと起こった。
いっぽう。
背の高いカンナのシャツを貰い受けた真凛は少しサイズが大きかったらしく、
「これはシャツワンピみたいになりそう」
などと首を傾げながら言い、少し考え込んでいるようであった。
そこで宥が、
「私ので良かったら交換する?」
そう言って2階の部屋から持って来たのは、なぜか神居別高校のシャツである。
「これって…もしかしてノンタン先生の?」
「前に雨の日にずぶ濡れになったとき、ノンタン先生がこれに着替えなさいって貸してくれて」
着たのはその時だけらしい。
「返そうと思ったらあげるって言われて、でもそれから着てなかったんだけど…で、私にはちょっと肩幅が小さかったから、真凛ちゃんにどうかなって」
真凛が袖を通すと、誂えたようにピタリと合った。
「実は私も交換の輪に入りたかったけど、カンナのならいいかなって」
真凛ちゃんはどう?──宥は問うた。
「宥さんさえ良ければ」
「もちろん!」
宥は快く返答した。
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