27 盟友

 月が、改まった。


 期末テストを終わらせ、あとはエッフェル塔広場でのライブに向けた直前合宿を迎えるだけとなった頃、ユズ先生から選抜メンバーと宥に衝撃的な連絡が入った。


 ──まだ使用許可がおりていないので、ライブがどうなるか分からない。


 というのである。


「それは…どういうことですか?!」


 バンドリーダーの神崎せつ菜が問い合わせてみると、唖然とするような実相が判明した。


 そもそも御船さおりが交渉を始めたのは、プロジェクトの立ち上げで企画そのものが決まってすぐの段階であったので、そこは早かったといっていい。


 ところが、である。


 その御船さおりの交渉が不調であったことと、すぐに担当者が児玉健次郎に変わって、引き継ぎの間に早い段階で俊敏に動けなかったことから、申請は出ているものの、許可が今もっておりていない──というようなところが真相であったらしい。





 宥が聞いたのは、せつ菜の問い合わせのから程ないタイミングで、これを宥は堺雪菜に相談した。


「いったい、誰かサポートする人はいなかったんですか? 世の中大事なのはホウレンソウでしょう?!」


 雪菜は半ば呆れ気味に言った。


 いわゆる雪菜が言うホウレンソウとは報告・連絡・相談の頭文字を取った報連相ほうれんそうという3箇条のことで、生徒会長時代によく口うるさいほど言っていたことでもあった。


 それが、である。


 大のおとなが、しかも国を代表する機関でそれがおろそかになっていた──そう言われても仕方のない無様な体たらくなのである。


 これには宥も、どうしたものかと頭を抱えざるを得なかった。





 ともあれ。


 このままではせっかく、必死になってここまで準備をしてきたライブそのものが出来なくなってしまう。


 せつ菜が招集をかけ、リモートでメンバーだけでのミーティングを始めると、やはり先行きを不安視する意見が噴出した。


「このままじゃ、どうにもならんろうが」


 白澤翼もそこまでは述べたが、かといって名案がある訳でもない。


「児玉さんに連絡は?」


 楠かれんの問いは「それはユズ先生がやった」と児玉可奈子から答えが示された。


「1年生と2年生の意見も聞こうよ」


 東ルカの提唱で、まず2年生の星野真凛が意見を求められた。


 真凛は少し考えていたが、


「…これは賭けでもあるんだけど、私たちが直接交渉をしてみるってのはどう?」


 星野真凛いわく、フランス語は話せないが翻訳機能を使って補いながら文面で直接話してみる──返答がすぐ来るかどうかは不透明ながら、やらないよりはマシであろう…という。


「あと何かもう一手打てれば…」


 江藤ひなたは画面越しで頬杖をついた。


「カンナ先輩はどう思うの?」


 何気なく星野真凛がたずねてみた。





 カンナは少し間を置いてから、


「宥、新島さんってフランス語できたっけ?」


「確か必修科目やったはず」


 宥は口にしながら何かひらめいたらしく、


「…ちょっと待って! もしかしたら突破口があるかも知れへん!!」


 その場で宥は新島実穂子にメッセージを送信すると、すぐ帰ってきた。


「まだそんなに話せないけど、フランス語は必修だから大学で習ってる」


 カンナのファインプレーであったといえる。


 宥は事情を話し、


「何かいいアドバイスがあれば…」


「取り敢えずフランス語のできる教授に話してみるけど、すぐには動かないと思う」


「それはしゃーないと思う」


 それでもいとぐちが全くないよりはいい──宥はこのときほど、祈るしかないという心境になったこともなかった。





 20分ほどして新島実穂子から返事が来た。


「教授の留学時代の知り合いで、向こうの外務省にいる人がいるって話だから、掛け合ってもらえることになった」


 宥は気が抜けたのか、椅子から崩れ落ちそうになった。


「宥、大丈夫?!」


 側にいたカンナが支えると、


「いや…思わず力が抜けてもうて」


 宥は苦笑いを浮かべた。


「それにしても、よう新島さんがフランス語習ってるって知っとったよね」


「何か、覚えてた」


 カンナによると、前に宥のカフェで雪菜や実穂子が雑談をしていたときに、習い初めのフランス語が難しい──というような話を小耳に挟んでいたらしい。


「しかも宥ちゃん、そんなところからキラーパスよう繋いだわ」


 興奮気味の楠かれんは、地金の関西弁が出た。


 するとそれまで一言も発せず黙っていた神崎アリスが、急に拍手を始めた。


「…こんな最強のマネージャーがいるんだもん、そりゃ私なんか勝てないよ」


 日頃口の重いアリスなりの賛辞であった。





 結論は未だ出なかったのであるが、それでも合宿の日取りだけは近づいてきていたので集まることとなった。


「いちばん集まりやすいから」


 という理由だけで京都での合宿という決定であったが、


「東京のほうが集まりやすいような気がするけど」


 カンナだけは、少しばかり不満げであったが、


「まぁえぇやん。知らん土地でストレス溜まるより、慣れた京都でみんなを迎えるのも、悪い気はせんと思うけどね」


 宥は出迎えの支度に余念がなかった。


 施設は新島実穂子の協力を得て、今出川女子大学の設備を借りることができるようになり、


「今出川かぁ、私志望校なんだよね」


 と言った神崎せつ菜が仮に合格すると、雪菜や新島実穂子の後輩となる。


「宥ちゃんはどこを受けるの?」


「私は…宇治市立大学受けようかなって」


 お世辞にも宥の篠藤家は、裕福ではないのである。


 それで市立大学を受けて学費を安くするつもりであったらしかった。





 合宿の初日。


 朝早く起きた宥は制服に着替え、朝食をとると足早に出るや、今出川浄福寺のバス停でカンナと待ち合わせ、やってきた循環バスで京都駅を目指した。


 少しばかり渋滞にハマったが、どうにか時間までにはたどり着いて、コンコースに着くと何故か、新しいバンドリーダーの江梨加を始め1年生と2年生のメンバー5人が勢揃いしていた。


「京都で合宿やったら、うちらにも少しは手伝わせてぇや」


 江梨加は言った。


「ほら…貴子先輩もカンナ先輩も宥先輩も、3年生は受験もあるし、自由きくのうちら下級生やしね」


 おそらく江梨加なりに気を遣ったのであろう。


「でも役所も勝手やねぇ…受験生取っ捕まえて、海外遠征せぇって」


「江梨加ちゃん…ちょっと気ぃ遣ったほうが」


 桜花がたしなめた。


「そのあたりは、相変わらずやね」


 宥は江梨加と桜花のやり取りを見て、思わずクスクス笑いだした。


「んな、笑ってる場合やないですって」


 桜花が真顔で注意しているところへ、新幹線口の改札を抜けたメガネ姿の神崎せつ菜が出てきた。





 神崎せつ菜も気づいたらしく、


「お待たせ」


 私服にメガネをかけた神崎せつ菜は、少し大人びた印象である。


「いつも困るのが、うちの高校制服ないからさぁ」


 姫路一高には制服がない。


 というより、せつ菜が1年生のときに制服が廃止となり、しかし合宿や遠征の際には制服がないと困るときはあったらしい。


「たまに家出と間違われちゃって」


 職務質問を受けたことすらあったようで、


「でも警察って、こっちが素直に応じたらそんなに怖くないし、案外優しかったりもするよ」


「それはせつ菜ちゃんが可愛いからやろ?」


 江梨加の反応は、メガネを外したライブでの姿がキラキラしていることを指したものらしかった。

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