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 京都予選の中央第2ブロック1次予選、その組み合わせ抽選が行なわれ、West Campの鳳翔女学院高等部は、1次予選Aに入った。


 1次予選Aは、


  鳳翔女学院高等部〈West Camp〉

  双ヶ丘高校〈ダブルヒルズ〉

  二条高校〈けーおん隊〉

  壬生商業高校〈ミブロ〉


 という、鳳翔女学院以外はすべて府立高校という組み合わせとなった。


「でも1位通過しなあかんのやろ?」


 去年のような2位通過はなく、すべて1位通過で突破しなければならず、中央ブロック予選の結果は上位4校に入らなければならない。


 初めての予選に緊張の面持ちをしていたのは美織で、


「なんか武者震いするわぁ」


 冗談めかしてはいたが、顔は少し強張っていた。






 いっぽう沖縄予選を毎年、中学時代に観に行っていた千沙都は、何となく雰囲気を知っていたからか、


「初戦はみんな音が硬いから、どこまで平常心でパフォーマンス出来るかってのが鍵だよね」


 などといい、中学時代に姉の貴子の予選の様子を見知っていた薫子も、それにうなずいている。


 貴子と薫子は、あまり話をしない。


 しかし仲が悪い訳ではなく、かといってベッタリと仲が良い訳でもない。


「お姉のマネしてウチが入っただけやし」


 あとは言わなくとも伝わるのか、セッションのパートになると見事なまでに息が合うので、


「ここは活かしたいよねぇ」


 作曲の江梨加がアレンジを書き直すこともあった。





 美織に話を戻すと、京都市内の予選なので気は楽であったが、


「問題は遠征なんよね…」


 交通費を美織は気にしていた。


「なんで?」


 江梨加が訊いたが、美織は口を閉ざした。


 穿鑿したがる江梨加を桜花が、


「江梨加ちゃん…美織ちゃんかて、言いたくないことあるんやし、あんまり問い詰めへんほうがえぇんとちゃう?」


 そうやって止める一幕もあった。


 宥は昼休みに食堂で美織を見かけると、


「話…いいかな?」


 美織は普段は威勢がよいのだが、こと自らの話柄となると歯切れが悪くなるところがあって、


「言いたくないなら別にえぇんやけど、あんまり言わなさ過ぎるのも却ってこっちが負荷かかるから、言わなあかんことは言うてもらわんと困るし」


 宥はそこを突いた。





 美織は観念したような顔をしてから、


「宥先輩やから言いますけど…ウチ、実の親いてないんです」


 語り始めたのは美織の身上で、美織の父親は生まれる前に他界し、母親は美織を産み落としたあと、施設に美織を置き去りにして蒸発してしまった──というのである。


「せやから、ホンマは名字も笹森かどうか分からへんくて」


 ちなみに笹森という姓は、施設で美織の面倒を最も見てくれた、笹森先生という恩師から採られた。


「そんで鳳翔女学院が学費が安くて、奨学制度があるから入って、トランペットとサックスも、施設で誰も吹く子がおらんくてたまたま習っただけやし…」


 そのときに体験教室で教えに来ていたのが、貴子の父親の交響楽団のメンバーで、薫子ともその関係で知り合ったらしい。


 どれも、宥は初めて聞く話ばかりであった。






 美織は息を深くついた。


「あんたスジがえぇから本格的にやってみぃって言われてもお金なくて…そしたら週末の子供向けの無料体験を手伝う形なら、なんとかなるんちゃうかって」


 そのようにして、薫子のいる海士部家の教室で手伝いながら腕を上げ、入学金が6万円と安い鳳翔女学院に入った──との由であった。


「ウチが頑張ってスクバンに出られたら、それを見て親にウチのことを見てもらえるかも知れへんって…でも」


 施設なので当たり前ながら遠征費は難しい。


「せやから、今からでも遅くはないから」


 メンバーから外して欲しい──美織は言った。


 宥はしばし黙ったままであったが、


「…分かった。うちが何とかしたる」


 宥は肚を括ったようなキリッとした顔つきになって、


「美織ちゃんは心配せんと予選しっかり戦いや」


「でも宥先輩…」


「うちはマネージャーやで? メンバーのサポートが仕事なんやから、難題が出たら解決するのが仕事やって」


 宥は昂然と言ってみせた。






 とは言うものの。


 宥に金策のあてがあるわけではない。


 そこで宥が相談をしたのは、今出川女子大学に入ってもカフェによく来る雪菜であった。


「うーん…遠征費ねぇ」


 さりとて鳳翔女学院は、事情が許さない限りアルバイトは基本的に禁止で、すれば停学である。


「…うちの女子大の写真部のモデルの仕事は?」


 写真部で楽器の出来るモデルを探している話を、新島実穂子から聞いていた雪菜はその場で実穂子に連絡を取ると、


「空きがあるから、日曜日にどうかって」


 写真部のモデルの仕事なので、安いながらもギャラは出る。


「あくまで学生の写真部のモデルとしての謝礼やから、バイトでも給料でもあれへんし、まぁ詭弁っちゃ詭弁やけど、問題はないはずやで」


 なんとも屁理屈に近いが、生徒会長までつとめた雪菜らしい理論ではある。


「実穂子ちゃんがついてくれるって話やし、大丈夫やと思うで」


 雪菜の提案に、宥は賭けてみることにした。





 写真撮影の日、美織は雪菜と宥のカフェで待ち合わせ、智恵光院中立売のバス停から四条堀川で乗り継ぎ、撮影場所の最寄りである河原町四条の阪急百貨店までたどり着くと、新島実穂子が待っていた。


「実穂子ちゃん、おまたせ」


「大丈夫、私も着いたとこです」


 ここから高瀬川沿いに少し歩いた、洋館風の喫茶店が撮影場所らしい。


「そこのオーナーさんが今出川女子大のOGさんで、頼んだら快くOKしてくれまして」


 美織は前もって宥に指示された通り、テナーサックスを持って来ていた。


「女子でテナーサックスとは…かなりの腕前と見ました」


「いや…普通なんですけどね」


 消え入りそうな声で美織は実穂子に返した。


 木屋町通を少し北へ上がり、歌舞練場の手前の駐車場が見える手前に目的の喫茶店はある。





 喫茶店の中に入ると、


「こちらの衣装に着替えてください」


 スタッフに手渡されたのは古風なワンピースである。


 言われるがまま美織は着替え、撮影が始まると、宥と雪菜も様子を眺めていたが、テナーサックスを軽く吹きながらの撮影であったからか、あまり緊張した様子もなく小一時間ばかりで写真の撮れ高が満杯になったらしく、


「撮影オールアップです!」


 カットの声とともに、美織は力が抜けたのか椅子に座り込むと、ぐったりした顔で疲れ果てていたようであった。


「これ、謝礼です」


 スタッフに渡された封筒をあとから美織が開けると、中には一万円札が5枚入っている。


「いわゆるタクシー代です」


 実穂子によると撮影モデルの世界はそうしたものらしく、


「私も前に読者モデルをしたときに、そのぐらいいただいたことがありました」


 ともあれ高校生で5万円は大金なので、取り敢えず遠征費用の貯蓄に何とか回せそうで、美織はそこでようやく、少しは安堵したようであった。


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