5 夏空

 京都の夏を告げる祇園祭の花傘巡行が終わって、夏休みも本格的に始まり、府予選の組み合わせ抽選の結果が部長の宥のもとへもたらされ、宥はメンバーを実家の京町家カフェへ招集した。


「プリントアウトしたから見といて」


 そう言って配られた組み合わせ結果を見て、一同はみな目を見開いた。



 京都府予選1次予選 グループB

  養教館ようきょうかん高校〈養教館軽音部〉

  向日むこう実業高校〈サンフラワー〉

  鳳翔女学院高等部〈West Camp〉

  福知山第一高校〈カンパニュラ〉



 これを見た桜花が、


「養教館って、確か優勝したことあるよね…」


 第1回大会の優勝校で、しかも府立ながら音楽コースがある強豪校ではないか。


「まぁ予選は上位2校が勝ち抜きやから、最悪でも2位やったら何とかなるかもしらんけど…」


 貴子は指摘した。


「いきなり強豪と戦うのは、ハードル高いなぁ」


 江梨加の一言にカンナが、


「ここは当たって砕けろ、でしょ?」


「いや、砕けたらアカンって」


 貴子のツッコミで一同が笑って、取り敢えずの場は和んだ。





 学校での練習が本格化し始めたのは7月の末で、この頃には全員がおおかたの宿題も片付けてあったが、


「──合同合宿しませんか、やて!」


 ユズ先生に呼ばれていた宥が部室に駆け込んできた。


「…どこと?」


「今出川女子大の付属高校」


「…い、今出川ァ?!」


 貴子が驚いたのも無理はない。


 今出川女子大学といえば御所の近くにある、超がつくほどの名門の大学ではないか。


 そんなところに誰もつてコネはないはずである。


「それが…ユズ先生の高校時代の後輩って人が今出川女子大学にいて、ものは試しで訊いてみたらOK出たんやて」


「ユズ先生…いったい何モンやねん」


 江梨加は思わず呟いた。





 ともあれ。


 予選前に合同合宿が出来るのは希福ともいわるべき出来事で、しかも先方の厚意で今出川女子大学の施設を使わせてもらえることとなった。


「うちもスクバンはひさびさのエントリーなので」


 初対面で今出川女子大学付属高校〈八重桜〉の3年生リーダー・新島実穂子みほこいわく、第2回大会以来のエントリーで、ルールも変わっていてよく分からなかったところに、鳳翔女学院からの問い合わせがあったので賛同した──との由であった。


「みなさんのお披露目ライブも動画見ました。能勢さんの歌が上手くて感動しました」


 新島実穂子の感想に江梨加は顔を赤くした。


「私たちも負けないように、お互い切磋琢磨していきましょう!」


 部長の宥が挨拶をすると、


「みなさん、とても仲がいいんですね」


「…えっ?」


「前にうちの大学の学園祭に桜城さんのチェリブロが来たことがあるんですけど、すごくピシッと統制がとれてて、あのぐらいプロ意識がないと勝てないのかなって思ってましたけど、でも鳳翔さんのメンバーはとても明るくて雰囲気が良くて、私はそういう楽しそうなほうが好きです」


 実穂子は特に理由もなく〈West Camp〉に好感を持っているようであった。





 さっそく合宿がスタートすると、お互いの練習の仕方の違いや演奏の技術の交換など、好感触の内容となった。


「裏が世界遺産のお寺さんなので、あんまり騒げないのですけど」


 そう言いながらも施設の中庭で夜に花火をしたり、学生時代に落語研究会にいたという今出川女子の顧問の先生による怪談ばなしで黄色い悲鳴を上げたり、バンドを離れるとそこは普通の女子高校生たちであることは変わらず、あっという間の3日間の合宿は終了した。


 最後に別れ際、新島実穂子は宥に、


「あなたのようなマネージャーさんがいれば、もっとスクバンも変わるような気がするんですけど」


 実穂子は宥がいつもパソコンを前に、練習の様子をデータベース化していることに関心を寄せ、


「そのソフトは何を使ってるのですか?」


 などと質問をしたりした。


「音楽って多分に感性に俟つところがあるけど、でも実際はデータベースとか統計学とかそうしたものを駆使したほうが上手くいくような気が私はしていて」


 なので今回は参考になりました──実穂子は頭を深々と下げた。





 盆休みが近づいた8月の初め、予選が始まった。


 グループBは予選の3日目の登場である。


 当日の朝、宥は会場に早めに着くと、まず演奏順のくじを引いた。


 順番は、4番。


「いちばん最後かぁ」


 それが吉なのか凶なのかまで宥は分からなかったが、それでも初めてのスクバンであっただけに、高揚感だけは強く感ぜられたらしい。


 程なく、メンバーが楽器を手にあらわれた。


「順番どうやった?」


 貴子が訊くと宥は「4番やで」と応じ、


「あー、トリかぁ」


「トリ?」


 カンナが首を傾げた。


「そっかぁ…トリって、最後のことね」


 カンナは納得した顔になって、


「だから日本語って難しい」


 小学校はアメリカ、中学は日本…という履歴のカンナには難しかったのかも分からない。





 予選が始まると、1番の福知山第一高校〈カンパニュラ〉の演奏が始まり、


「ほんとにスクバンってオリジナル曲をガチで弾くんやね」


 よく話で出てくるだけのことかと思いきや、真剣勝負なのであるから大概の初見者は驚くらしい。


 2番の養教館〈養教館軽音部〉は、スクバン界の古豪とも呼ばれるだけあって、パフォーマンスに落ち着きと風格が漂っており、基本に忠実な演奏ながら音に厚みがあった。


 3番の向日実業〈サンフラワー〉は、スタンバイの舞台袖で見た。


 全員がヒマワリの髪飾りをつけ、全体的に明るい雰囲気のステージを披露した。


 ステージの入れ替えが始まると、


「4番・鳳翔女学院高等部、〈West Camp〉」


 アナウンスと同時にステージに立ち、ギターやドラムのセッティングを済ませ、


「それでは聴いてください、『ボクラノミライ』」


 江梨加が作詞作曲したアップテンポのナンバーである。





 演奏が終わって結果発表を待つ間、休憩時間でロビーに出た宥は、


「篠藤さん!」


 声のほうを向くと新島実穂子がいた。


「観に来てくれてありがとうございます」


「初めてとは思えないぐらい堂々としたステージですごかったですね」


「ありがとうございます!」


「私たちも負けてられないです」


 今出川女子大学付属高校〈八重桜〉はグループCであるから、グループBのあとに登場する。


「お互い勝ち進めるように頑張りましょう」


 宥と実穂子はグータッチをしてその場は別れた。


 結果発表が始まり、京都予選の場合は大画面に一斉に映し出される。


 ステージが明るくなり、結果が出た。


 1位は養教館。


 その下には──鳳翔女学院高等部とあった。


 2位である。


「2位通過や!」


 江梨加が叫んだ。


 初めての予選で2位…という好発進に、メンバーはハイタッチをして喜びをあらわした。





 その場で宥は2次予選の抽選を引き、次はグループAに入った。


「まだどこが来るかわからへんから、また練習して次のナンバーおぼえないとね」


 宥は気を引き締めていた。


 それに同調したのは江梨加とカンナで、


「まだまだ先が長いから、モチベーション維持するのも大変やね」


 などと語り合っている。


 他方で。


「何か…過酷やね」


 桜花が小さくポツリと述べた。


「お姉ちゃん…大丈夫かなぁ」


 鳳翔女学院のように初めてで歴史も浅いバンドであればプレッシャーも皆無に近いが、桜城高校の〈cherryblossom〉といえば全国制覇を果たし知名度も高く、中学時代から和泉橋女子高や聖ヨハネ学園津島高校といった、あちこちのスクバンの強豪私学のスカウトが、姉の桃花をチェックしていたことを知っている。


 それだけに比較されることも多く、


 ──妹は大したことない。


 などと露骨に言われたりすることも始終あったりもしたので、姉のことが気がかりではあっても、余り口に出す気にはなれなかったらしい。


 そんな桜花の気持ちを察してか、


「桜花ちゃん今度、一緒に雑貨見に行こ」


 貴子は桜花を休みの日に、遊びに誘ってみたのであった。

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