4 披露


 エントリーを無事に済ませたWest Campは、本格的に練習を開始した。


 第14回全国スクールバンドグランプリ全国大会、というのがスクバンの正式な名称で、その仕組みはまず47都道府県の各代表と前年度優勝校の計48校のスクールバンドがリーグ戦を戦い、上位8校が横浜スタジアムでの決勝戦を闘って優勝を決める。


 前年度、すなわち第13回大会優勝校は京都代表の桜城高校〈cherryblossom〉で、今年は京都から2校出場することとなっていた。


 京都府予選は全部で66校がエントリーしており、初エントリーは鳳翔女学院高等部の他には府立双ヶ丘ならびがおか高校や、共学化したばかりの枳殻からたち学園高校など5校ある。


 昨年全国制覇を果たし、桜城高校はすでに出場を決めていたので予選は不参加であったが、


 ──期待の1年生ボーカルあらわる。


 として、桜花の双子の姉である白川桃花が注目を浴びていた。





 桃花が注目を浴びていることに桜花は、


「お姉ちゃんはお姉ちゃんやし」


 などと涼しい顔をしていたが、それでも白川桃花の妹という見方をされることには異論があったようで、


「たまに何で私、双子なんかに生まれてきたんやろって思うときはある」


 宥にだけは本音を漏らしたことがあった。


 それでも桜花は、


「うちらはうちら、桜城は桜城。──さ、どんどん練習して勝てるようにしなアカンね」


 どこか気持ちを切り替えようとしていたようであった。





 他方で。


 江梨加は別の問題を口に出せずにいた。


 というのも。


 勢いで軽音楽部に入ってしまったものの、まだバンド活動の話を母親に話していなかったのである。


 桜花がそれに気づいたのは、江梨加の態度が現に怪しかったことがあって、


「ちょっとごめんね…うち、ちょっと今日は寄るところあるから」


 そう言って帰るのだが、どこかに寄る様子もなく聚楽廻の自宅まで直行で帰ったりしていたからである。


 桜花は気づいても、敢えて黙っていた。


 ──江梨加ちゃん家、親が厳しいからなぁ。


 いつも制服で路上ライブをしていたのも、母親には予備校に行くと言って出て、教室に普段置いてあるキーボードを寄り道して携え、烏丸の予備校に行って最初の授業だけ受けてから、ライブをするために烏丸から移動し、髪型を変えてから弾き始めていたのである。


 それでいて成績を落としたことはない。


 それを知ってしまうと、桜花は江梨加を咎め立てすることもためらわれて、黙るしかなかった。





 夏休みを控えた練習日、4人揃って音合わせをしていると、ユズ先生が部室に来た。


「能勢、ちょっといいか?」


 先生に呼ばれ、伴われてやってきたのは最上階の図書室である。


「…能勢、路上ライブやってるらしいな」


「えっ…」


「学校にうちの制服を着た生徒が、路上ライブをしてるのを見たって話が来ててな」


 ユズ先生の言葉に江梨加は、ついにこの日が来たかという顔をした。


「あの…ユズ先生、私…」


「辞める、っていうのかい?」


 先回りして言われた。


「はい」


「それで校則を調べてみたんだけど、路上ライブをしてはいけないとは書いてなかった。だから問題はない」


 ユズ先生は路上ライブを咎める気はなかったようである。





 ユズ先生は江梨加に椅子を出し、対面で同じように座った。


「しかし能勢、嘘は良くない。──そこで、予選前に保護者を集めてお披露目ライブを開いてはどうかと、篠藤に話した」


 江梨加は全身から血の気が引いてゆくのを、どうすることもできなかった。


「黙って路上ライブをする──よくよくのことがなければ、そんなことはしないだろう?」


 ユズ先生は江梨加の本意を汲み取ろうとしていたらしい。


「…先生、実は私…どうしても歌いたくて」


 江梨加の家が家計的に裕福ではないことも、ユズ先生は知っている。


「少しでも早く売れて、早く家を楽にしたくて…」


「…なんとなく、そういったことかなとは予想していたけど、簡単なことではないよ」


「そんなことは言われなくても分かってます」


「…どうやら本気のようだね」


「はい」


 力強い江梨加の返答にユズ先生は頷いてみせた。





 でも──江梨加が言い掛けると、


「この前の期末テストでも能勢は優秀だった」


 それは江梨加にすれば当たり前で、落ちこぼれれば絶対に夢への道を断たれてしまうことは自明の理と思っていたようである。


「そこまで努力を惜しまない生徒が頑張っていることを止める権利は、教師にも親にもない」


 だからこれからは正々堂々ライブが出来るように披露する──と言うのが、ユズ先生の考え方であった。


「ユズ先生…」


「いいかい…好きなものを好きとまともに言えないようでは、この世は終わりなんだよ」


 そんな世界なら変えるしかない──ユズ先生はそう続けてから、


「あとは能勢の努力次第、気にしないで精進しなさい」


「…はいっ!」


 半分泣きべそをかいていた江梨加は、ようやく笑顔になることができた。





 終業式の午後。


 ユズ先生と宥がセッティングしたお披露目ライブが、ついに始まった。


 江梨加の母親には、


 ──娘さんの進路についてお話があります。


 とだけ伝え、会場である講堂へ来ると、ライブを聞きつけた生徒やメンバーの保護者などが集まっていた。


 ステージの幕が開いた。


 そこにはギターのカンナ、ベース貴子、ドラム桜花に囲まれて、キーボードボーカルの江梨加がセンターに陣取っていた。


「これより、鳳翔女学院高等部軽音楽部〈West Camp〉の、第14回スクールバンドグランプリ出場壮行ライブを開催いたします!」


 宥の声で紹介があると、


「それでは聴いてください、『キセキをつかめ!』」


 江梨加のキーボードから始まるミディアムナンバーからライブは始まり、次第に講堂は盛り上がっていく。


 呆然とする江梨加の母親の隣にユズ先生が来ると、


「あなたの娘さんは、これをするために成績も落とさず、睡眠時間や食費すら削って努力しています。私は少なくとも、それだけ頑張っている生徒を止めることは人倫の道に反すると思っています」


 とだけ言い、あとは何も言わずライブの盛り上がる様子を腕組みし、身じろぎもせず眺めていた。





 ライブが、はねた。


 夏休みの初日、練習にやってきた江梨加は満面の、それまで誰にも見せなかったような、ピカピカと輝けるスマイルを全開にし、


「親から軽音楽部やっていいって許可出た!」


 メンバーに伝えると、桜花はたまらず泣き出してしまった。


「良かったね江梨加ちゃん…」


「何で桜花が泣くのー」


「だって私が軽音楽部入るって言わなかったら…、江梨加ちゃんを私が巻き込んでもうたみたいで…」


「そんなことないって…うちが自分で決めたことやから」


 互いに分かり合っていたようで、それだけに内心はかなりつらいものがあったのかも分からない。


「それにしても良かったぁ…江梨加ちゃんがダメってなったらどうしようって、ずっとそんな心配ばっかりしとったからさぁ」


 宥は笑いながらも涙を流している。


「さぁ、練習しよ!」


 カンナの声で、それぞれキビキビと支度を始め、この日のメニューを淡々とこなすべくチューニングが始まった。



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