3 衝突

 4人のメンバーとマネージャー・宥で始まった鳳翔女学院高等部の軽音楽部は、出だしからぶつかった。


 部長はマネージャーの宥でほぼ一致した。


 ところが、バンドリーダーを誰にするかで紛糾したからである。


 最終的にはくじ引きで貴子に決まったものの、


「ほぼリーダーシップあれへんからなぁ」


 この一言で再び引き直すかどうか──という話が出た。


 このとき。


 それまで腕をこまぬいて、黙って話を聞いていたユズ先生はたった一言のみ、


「確か明智光秀は本能寺に行く前、何度かくじを引き直したなぁ」


 とニベもなく述べた。


 一瞬、沈思が流れたものの、それが「何度引き直しても結果は引く前から決まっている」というメッセージであることに宥が気づいて、


「もう決まったんだから」


 これでようやく落ち着いた。





 他にも。


 バンド名がまた、これが決まらなかった。


「いっそのこと学校に募集箱でも置いて、決めてもらってはどうやろかって」


 江梨加が突拍子もないことを言ったが、


「案外その手はあるかも」


 貴子が乗ってきたので、これは採用となった。


 まだ他にも決めなければならないことはあったが、それは追々その都度決めていくことでまとまり、この日はどうにかおさまった。


 記録を残しながら宥は、


「最初からこんなんでは、先が思いやられるわ」


 書類を提出しに来た生徒会室で、思わずこぼした。


「まぁ、人をまとめるのってそんなもんやって」


 生徒会長の堺雪菜は諭すように述べた。





 生徒会に身を置く雪菜には、雪菜なりに苦労もあったようで、


「あちこち足りないピースを補いながら、あーでもないこーでもないって言ってくる人たちを納得させなきゃならないし、これほど手間のかかる話はない」


 これが社会に出たら、ほとんど同じことが約50年続くかと思うだけでゾッとする──雪菜は溜息をついた。


「雪菜ちゃん、それは言うたらアカンような気がする」


「ま、宥ちゃんやから言えるんやけどね」


 1学年違う立場とは思えない言い方をしてみせると二人はクスクス笑いあった。


 雪菜にはどこか悟り切っているようなところがあって、


 ──まるで解脱したお坊さんみたいやんな。


 などと言われることがあったが、それはこうしたところに起因するものであったのかも分からない。


「無理にまとめようなんて思わんと、カヌーみたいに流れを軽く操るような気持ちでいったらえぇんとちゃう?」


 雪菜に言われて、宥は少しだけ気楽になったような気がした。




 さて。


 これだけ衝突の絶えないメンバーでありながら、いざ音合わせをしてみると不思議なことに、サウンドがしっくり来るのである。


 特に。


 リードギターにカンナを据えたことが功を奏し、日頃あれだけ物言いをつける江梨加が、カンナにだけは弱かったのであるから世の中はわからないものであろう。


「先輩にも物怖じしない、あの江梨加ちゃんがねぇ…」


 江梨加には逸話がある。


 1年生は入学すると先輩から校内のルールについて説明を受ける習わしがあって、そのときも説明をひとしきり受けたのち、


「分かったら着席!」


 と言われたので江梨加は、


「分かったら座れ言われても、分からんから座れません」


 これで揉めたことがある。


 とにかく筋の通らない話が嫌いなようで、


 ──あれでは付き合いたいって物好きもおらんやろ。


 という噂すら立ったことがあった。





 ところが、である。


 これが順序立てて説明をし、それが納得がいくものであるとほとんど文句を言わないばかりか、


「えぇやん、そうやって決まってるんやし」


 余りに人が変わったようにジタバタしないので、他人には理解し難い面があった。


 これを桜花だけは的確に分かっていたようで、


「あの子ほど分かりやすい子はあれへん」


 そういえば桜花も江梨加も、ともに得意な科目は物理であった。


 宥も次第に江梨加のトリセツが分かってくると、


「江梨加ちゃんに頼みたいことがあって…」


 などと、のちには上手くプライドをくすぐりながら操作できるようになっていたらしい。





 中間テストが終わってスクバンのエントリーが近づいた頃、部室前に置かれた募集箱に一枚だけ何やら書かれたメモが挟まっているのをカンナが見つけ、宥に渡した。


「…これ、恐らくグループ名やで」


 そこには「West Phoenix」とだけ書かれている。


「西の鳳凰、かぁ…」


 確かに西陣で翔女学院であるから、間違いではない。


 これを、全員が集まった段階で宥は諮ってみると、


「West Phoenix…悪くはないけど」


「でも、Fenixってスペルもある」


 英語に強いカンナが筆記体でサラサラと書いてみせた。


「取り敢えずWestは外してPhoenixのほうが、名前としての座りはえぇよね」


 貴子は述べた。





 少し間があって、


「…カンナちゃん、西陣って英語でなんて言うの?」


 ふと桜花は問うた。


「West camp」


 ネイティブ英語で応えた。


「むしろWest Campのほうが良くない?!」


 宥が何気なく言った。


 ホワイトボードに桜花が書き留めながら話は進んでいったが、


「こうやって見たら、West Campがいちばん馴染みやすいね」


 最後は多数決を取り、全員一致でWest Campで決まったのであった。





 最後にグループ名が決まったことを、宥から職員室のユズ先生が報告を受けると、


「いい名前だね」


 ユズ先生は穏やかに言い、あとはすべて任せるような顔をした。


「あの…先生」


「ん?」


「投函した人、誰か分かりますか?」


「それは僕には分からないなぁ」


「だってせっかく投函してくれたのに…」


「でも君たちが多数決で決めたのだから、それでいいんじゃないかな」


「はぁ」


 宥はどこか納得がいかない部分もなくはなかったが、それでも自分たちが決めたのだからと言われると、抗弁することは難しかったらしく、


「分かりました」


 キリッとした目つきに変わると、


「失礼します」


 昂然と廊下へ出た。


 西陽の射し込んだ金色こんじきの廊下は、どこまでも眩しかった。


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