シフト


「まもるの進捗状況が遅いようだが、まあいい。殺人能力(キリング)の習得には個人差が必ずあるからな。【気体の剣(サファイアソード)】は一旦無視して次の修行に移ろう。ひとまずは全員良くやった。特にレッドラムお前の才能は凄まじいな! こんな短時間でもうこれだけできるなんて! 俺も若い頃修行した時もっと時間がかかっていたはずだ。よく頑張ったな。流石だ。次に、ブルース。お前も見事に能力を発動させたな。よく頑張ったよ。能力獲得までの時間は平均程度だが、しっかり発動できている。そして、グリーン。能力獲得まで時間がかかったらしいが、完成度は随一だ。お前も良く頑張ったみたいだな。苦労すれば苦労するほど能力の完成度自体は高まる。自信を持っていいぞ。最後に、まもる。お前はこの国に来てからまだそう時間が経っていない。必ずお前にもできるようになる。一生懸命頑張ったことを自覚するんだ。次できればいいさ。他の人に負けないように頑張れよ」

 ジャックはみんなを励ましたつもりだったのだろう。だけどジャックが俺にだけ良くやったと言ってくれていないことに気づいた。内心はできの悪い生徒にがっかりしているのだろう。

「今日からは【変身(シフト)】の修行に移ろう。【変身(シフト)】は今、町を騒がせている殺人鬼の犯行にも使われているであろう能力だ。他人の姿形になることができる」

ジャックは次の修行について説明していた。だけど俺はほとんど説明が耳に入ってこなかった。俺一人だけが【気体の剣(サファイアソード)】を発動できなかったのだ。悔しくて仕方なかった。せっかくジャックに選ばれたんだ! 今度こそ絶対に期待を裏切らない。俺もジャックによくやったって言われるんだ。絶対にやってやる。みんなよりも何倍も頑張って絶対に俺が最初に【変身(シフト)】を発動させてやるんだ。この国でやればどうせ失敗することはないんだ。絶対にできるんだ。前とは違う。チート能力があるんだ。絶対にやってやる。


【変身(シフト) シフト】

効果、頭の中に任意の人物の姿形を思い浮かべる。その人物の姿形になる。その人物との接触、会話、行動する時間が長ければ長いほど正確にその人物の姿を真似できる。その人物との会話を録音し何度も聴く。声を真似する。その人物の絵を何度も書く。などで効果は上がる。

コスト、費やす時間と苦労





[数日後]


「よし! お前はもう【変身(シフト)】を習得できたようだな。流石だ。よく頑張ったな」

まもるに向かってジャックが言った。

そしてまもるは【変身(シフト)】を解除して元の姿に戻った。

「よっしゃ! また俺が一番だ」

赤髪のレッドラムは嬉しそうに叫んだ。

「すごいな! レッドラムは!」

と青髪のブルース。

「やっぱりレッドラムにはかなわないな」

羨望の眼差しを向けるグリーン。

そして俺は黙り込んで下を向いていた。自分が恥ずかしかったわけじゃない。ただあれだけ気概があったので少しショックだっただけだ。


[数日後]


「よし! 【変身(シフト)】の修行はここまでにしよう。みんなお疲れ」

ジャックがみんなに労いの言葉をかけた。

「やった。今回も俺が一番だ!」

とはしゃぐ赤髪のレッドラム。

「レッドラムには勝てないけど、無事に習得できてよかったよ。これも先生のご指導ご鞭撻のおかげです」

やや謙虚な青髪のブルース。

「二人ともすごいな。僕なんかまだまだ安定して発動できないや」

と二人を褒める緑髪のグリーン。

「今回も進み具合にばらつきがあるようだが、前回も言ったように気にする必要はない。ただレッドラム。前回同様良くやったな。他の人の進捗状況が遅れている場合は手助けしてやってくれ」

ジャックは前回と同様にレッドラムを一番褒めた。

「じゃー俺も先生ってことだよな。みんな俺のことは天才レッドラム先生と呼んでくれていいぜ」

調子に乗り出すレッドラム。

「嬉しいのはわかったが、話はまだ終わっていない。この調子で修行を進めていこう。そしてまもる少しみんなより遅れているようだな。お前だけ残って、他の奴らは帰っていいぞ」

またジャックは俺にだけ良く頑張ったと言ってくれなかった。そして三人は何も言わずに帰路についた。

そして、教室で俺とジャックの二人きりとなった。

「俺が何を言いたいかわかるか?」

ジャックは俺の目を見て聞こうとした。だけど俺は少しうつむいてわざと目線が合わないようにした。

「うん。俺がみんなよりもできるようにならないのは、俺に才能がないからで」

俺が言い終わる前にジャックは叫んだ。

「違う! そんなこと俺が言うわけがないだろ。お前は誰よりも一生懸命やってるよ。よく頑張ったな。それをお前に言いたかったんだ。さ、今日はもう帰って休みな。おやすみ」

俺は帰り道うつむきながら帰った。今まで本気で何かに頑張ったことがなかったから分からなかっただけだ。俺には才能がない。だけど頑張ることができるかどうかに才能は少しも関係ない。才能がどんなになくても頑張ることはできる。帰り道で少し泣いた。嬉しいような悲しいような不思議な気持ちだった。何事にも一生懸命にならなかったからこの気持ちがなんなのかわからない。悔しいってこういうことなのかな。誰にも泣き顔を見られなくてよかった。


[翌日]


 俺は早起きすると一番に教室に向かって【気体の剣(サファイアソード)】と【変身(シフト)】の練習をしていた。【気体の剣(サファイアソード)】と【変身(シフト)】はもう気にしなくていいから次に行けと言われたがそうもいかない。ここでやめたら目標が達成できなくなる。あの目標期間は滞りなく努力をした場合の期間だ。一人で練習しているとジャックが入ってきた。

「お! 早起きして修行しているのか。関心だな。その調子で頑張れよ」

「はい!」

俺は遅刻魔レッドラムと同じくらい元気に挨拶すると修行を黙々と続けた。

しばらくしてグリーンが入ってきた。その次に時間ピッタリくらいにブルース。そして最後に少し遅刻してレッドラム。

「今日は、【黒子分身(ドッペルゲンガー)】の修行に移る。今まで俺はお前たちの修行にあまりかかってこれなかったが、これからさらに関われなくなる。元から俺がおんぶにだっこのつきっきりでお前らを助けるつもりはない。殺人能力(キリング)の修行は自分との戦いだ。教師や環境はおまけだ。主役はお前たちなんだ。引き続き頑張るように」

とジャックが言った。日本の学校でお前らのことを助ける気がないなんて言ったら大問題だがそんな常識この世界にはない。

「「「「はい!!」」」」

 四人とも元気に返事をしたが、とりわけ俺の声が大きかった。

「いい返事だ」

ジャックと目があった。その瞬間ジャックが俺に期待してくれているように感じて少し嬉しくなった。



【黒子分身(ドッペルゲンガー) ドッペルゲンガー】

効果、自分の分身を作り出す。

コスト、努力と苦労

練習方法、できるだけ詳細に自己分析する。自分の長所、短所、性格、信条などなるべく多項目にわたって分析すると良い。第三者から見た自分への評価と自己評価が近ければ近いほど精巧な分身を生み出せる。自画像のスケッチ、自分の年表を作る、両親に自分の幼少時代のことを聞く(自分が覚えていない頃の様子を知ることができるので自己理解につながる)などでも効果が上がる。


俺の自己評価はもちろん、『才能がない』だ。そしてその後に俺は付け加えた。『一番の努力家』と。


レッドラム

自己評価 天才 才能がある 努力家

他己評価 天才 才能がある 努力をしない うぬぼれや 自信過剰




ブルース

自己評価 真面目 きっちりしている 細かい性格

他己評価 真面目 きっちりしている 細かい性格


グリーン

自己評価 気弱 腰が低い 勤勉

他己評価 気弱 腰が低い 勤勉 謙虚すぎる


まもる

自己評価 才能がない 一番の努力家

他己評価 才能がない 努力をしていない


今度こそ絶対に俺が一番に発動してやる。何倍も何倍も努力してやる。俺ならできる。絶対に諦めない。自分を変えるんだ。やってやる。

そして、自己評価と他己評価がずれているレッドラムがいの一番に【黒子分身(ドッペルゲンガー)】を発動させた。

「なあ、能力を発動させるコツってあるの?」

俺は修行を終えて漫画を教室で読んでいるレッドラムに聞いた。

「いや、特にないぜ。ジャックに言われた通りやっているだけだ。何か特別なことをしなくても最初からできるんだ。やりたいと思ったことができる。それだけ」

めんどくさそうに答えた。正直何の参考にもならない。

「そう。ありがと参考になったよ」

そういうと修行に戻った。来る日も来る日も【気体の剣(サファイアソード)】と【変身(シフト)】と【黒子分身(ドッペルゲンガー)】の修行。化学を勉強して、友人の絵を何枚も書いて、毎日友人の声を聞いてそれを真似した。


そして修行は終わった。

「今回もみんな良くやった。教師として誇らしいよ。前回行ったように俺は今回ほとんどお前たちの面倒を見てやることができなかった。にも関わらず、しっかり能力を発動することができたみたいで鼻が高いよ。レッドラム、今回も一番だったな。こんな短期間で同時に五体も生み出せるようになるなんて素晴らしい成果だ。ブルース、非常に精巧な分身体だったぞ。グリーン、もう少し自己評価を高くしたほうがいいな。それ以外は言うことなしだ。そしてまもる、次は頑張ろうな。お前だけのこれ。他は帰っていいぞ。以上だ」

「おい、またお前がドベか? 次も頑張れよ。一番の努力家なんだろ?」

嘲笑するレッドラム。俺は無視した。この頃からレッドラムの俺に対する態度が悪くなってきだした。これだけ能力に差があるんだ。仕方がないことだがムカつく。

「前から思っていたけど、まもる君。真面目にやっている?失礼だけどあまり努力しているようには見えないな」

真面目な顔でブルースが言い放った。

「そういうこと言うのはやめなよ」

味方についてくれたグリーン。

「おい。いい加減にしろ。お前ら生徒の分際で人にあれこれいう資格はまだない。ほらとっとと帰れ」

イラついたようにジャックは教室を後にして俺たちも帰路についた。帰るときは全員無言だった。前はみんな仲が良かったのになんだか少し気まずい。

ジャックと二人だけ教室に残された。

「俺が何を言いたいかわかるか?」

 座っている俺の方にジャックは近寄ってくると、前と同じ台詞を口にした。

「うん。俺は誰よりも一生懸命やっているから」

言い終える前にジャックが遮る。

「違う、今日はそんなことを言うつもりはない。前回もお前だけできなかった。そしてその前回もお前だけできなかった。同じ方法で同じように練習してお前だけできていない。お前本当に頑張っているのか?」

ジャックは淡々と感情を殺すようにして俺の目を見ないように言った。

「え、俺は、一生懸命に」

 それ以上は言葉が出なかった。

「一生懸命頑張っているって? 俺はそうは思わないな」

俺は何も返せない。

「今まで色々な生徒を見てきたがみんな能力を開花させることができた。もちろん個人差や多少の誤差はあるが、全くできない奴はいなかった。もう一度聞くぞ? お前は本当に頑張ったのか?」

「いや、本当は真面目に練習していなかった」

俺は能力を発動できない自分が恥ずかしくて嘘をついた。

「だろうな。そんなことだろうと思った。もしやる気がないのなら明日からは来なくていい」

俺は、家には帰らずに湖のほとりにきた。最初にひかりちゃんに街を案内してもらった時に訪れたところだ。落ち込んだ時にはここに来る。湖に映った月を見ていると考え事が捗る。明日は休みだし今日はここでゆっくりしてから帰ろう。殺人鬼もこんな早い時間には来ないだろ。第一俺なんか殺しても何の特にもならないだろうしな。少しネガティブになっていたけどそのまま考え事をしていた。その時だった。

¬¬¬¬ ガサッ。後ろの方の茂みから音が聞こえた。まさか? 気がついたら結構な時間が経っていた。今、何時だ? 月は空高くにまで昇っていた。

「誰かいるのか?」

俺は恐る恐る音のした方に尋ねた。

ガサガサガサガサ。凄い勢いで何かは近づいてきた。辺りは草をかき分けるような音以外何も聞こえない。静寂の中でガサガサと言う音が俺を襲う。

「くそっ! やるしかないな。ここでやらなきゃ殺される。修行の時はできなかったが今ならできる気がする。いける! いや、やるしかない。【気体の剣(サファイアソード) 】発動!」

俺は、意を決して能力の発動を試みた。

だが何も起こらなかった。空気の流れが少し乱れただけで何も起こらない。くそ。失敗した。まずいまずいまずい今襲われたらひとたまりもないぞ。ひかりちゃんにも勝てないのに大の男と取っ組み合いになったらひとたまりもない。

「くそっ! 次だ!【変身(シフト)】発動!」

俺はひかりちゃんの顔を思い浮かべた。強い彼女に変身すれば殺人鬼は怯んで逃げ出すかもしれない。

だが何も起こらなかった。水面に映る俺の姿が一瞬揺らいだだけだった。

「くそっ! まだだ。まだ諦めない。最後の一つ。これでダメなら死ぬ。頼む! 出てくれ! 【黒子分身(ドッペルゲンガー)】発動!」

辺りが一瞬光ったかと思うと次の瞬間草むらからまもるが飛び出してきた。やった成功だ。できた! 俺にもできたんだ。

そして、もう一人のまもるは俺に近づいてきた。

「よかった。俺のふりをして時間を稼いでくれその間に俺は街に逃げる」

 分身は返事をせずにまっすぐ俺の目を見て近寄ってくる。何か変だ。

「おい。聞いているのか?」

 なお無視して近づいてくる分身に違和感を感じた。そうだおかしい。なんで【黒子分身(ドッペルゲンガー)】の分身が草むらから出てきたんだ? そんなところに召喚していない。俺の真横に出てくるはずだ。しかも、もう一人のまもるは身体中に草をひっつけている。なんで分身が汚れているんだ。

 しまった。殺人鬼は【変身(シフト)】の達人だ。俺は【黒子分身(ドッペルゲンガー)】の発動に失敗していたんだ。こいつは【変身(シフト)】した殺人鬼だ。


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