努力

第二章 殺人能力(キリング)開花編


[翌日]


そして翌日から早速修行が始まった。

「今日は殺人能力(キリング)の基本的なルールと発動条件について教えるわね」

「よろしくお願いします!」

「はい。元気があって大変よろしい。こちらこそよろしくお願いします。じゃあ早速殺人能力(キリング)のルールについて説明するわね。まず、殺人能力(キリング)は基本的には一対一(ワンオンワン)交換よ。叶えたいことと支払うコストが釣り合っていないといけない。例えば、好きな人に長生きしてほしいと思うなら自分の寿命が削れる。そして、好きな人の代わりに自分が長生きできなくなる。能力の内容自体は個人の自由で制限はない。どんな能力でも思いつく限り作れる。ただし、その分支払うコストが増える。だからそんなに都合のいいものは作れないのよ」

「え? それならそんなに強くないんじゃないの?」

「当たり前じゃないの? そんなに都合のいいものがあるわけないでしょ。でもしっかりと訓練すればすごく便利な力よ。それに、この力を持っていないものとそうでないものが戦った場合は持っていない方がまず負けるわね」

「修行はレベル一から三までの三段階あるわ。第一段階のレベル一は普通に努力して何かできるようにする練習。例えば料理が得意になりたいならあなたならどうする?」

「そうだな。料理の得意な人にコツを教えてもらいながら何度も料理するかな、上手にできるようになるまで」

「そう! それが殺人能力(キリング)を発動する上で必要な要素よ!」

「でもこれって特別なことではないよね? サッカーが上手になりたいなら、みんなサッカーの練習をしてコーチに教えてもらって徐々にできるようになるよね? これって普通のことじゃない?」

「そうよ! 普通のことよ。この殺人能力(キリング)も普通に練習をして勉強をして習得するものよ。誰にでもできるし、何も特別なことではないわ。スポーツをしたり勉強をしたり料理をしたりするのと同じよ。一流のスポーツ選手でもシェフでもやったことは同じ。一生懸命練習して気がついたら一番になっていただけ。それをできなかったり、夢を叶えることができない人たちが自分の努力不足を見ないようにするために特別だと思い込んでいるだけ。誰にだってチャンスはあるし努力する権利があるの。あなたなら絶対にできるわ」

 俺は少し嬉しくなって照れて愛想笑いだけした。

「でも、そうは言っても頑張んなきゃ絶対できないから油断しないこと。第一段階の修行ではこの努力して何かをできるようにするということを何度もしてもらうわ。このとき重要なのは目標を達成するための努力と費やした時間を能力発動のコストだと意識すること。具体的に、料理をするという特殊能力発動のためのコストつまり犠牲はたくさんの失敗と試行錯誤の時間よ」

「なら普通に今までやってた努力して何かをするということを、能力発動のためのコストとして意識するってことだね」

ひかりちゃんはにこりと頷く。

「次に第二段階のレベル二の説明をするわね。第二段階では通常できないようなことをやってもらうわ。怪我の治療よ。怪我の種類は問わないけど擦り傷とか切り傷とかほっといてもすぐ治るような傷を治療しましょう」

「でもなんで小さい傷を治すの? どうせなら大怪我とかを直した方が練習になるんじゃないの?」

「いい質問ね! 確かに大怪我を治したり、スケールのでかい能力を使うことはいい経験になるわ。だけど忘れないで、この能力には必ずコストを支払わなければならないの。例えば、胴体を切断された人が目の前にいたらあなたはどうする?」

「それなら、殺人能力(キリング)を使って助けてあげるよ!」

「ダメっっっっ!」

 いきなりひかりちゃんが叫んだ。俺は驚いて黙り込んだ。

「そういうと思ったわ。だけどそれはやってはいけないことなの。大怪我をした人に対して、殺人能力(キリング)を使って治すことはできるわ。その人は助かる」

「それならなんで?」

「コストよ」

「コスト?」

「そう。治す怪我が大きければ大きいほど比例してコストも大きくなるの。さっきの例なら胴体を切断された人は生き返るわ。でも次の瞬間あなたの胴体が真っ二つに切断されて確実に死ぬわ」

「そんな能力なら覚える意味なんて全くないじゃないか! 覚えても自分が死ぬのなら意味がないよ」

「そうよ! だから言ったでしょう。この世にそうそう都合のいいものなんかないのよ。だけどこの能力を死なずにあるいわ極端にコストを減らして発動することができるの」

「そうか! 費やした努力の時間だ。それをコストにすればいいんだ。対価を払う必要があるなら時間をかけてゆっくりと払っていけばいいんだ」

「その通りよ。だから第一段落で意味のないような努力をしないといけないの。ここへ来た時医療チームがなんの苦労もなくあなたの頭蓋骨陥没を治したでしょう。あれは殺人能力(キリング)の一種よ。医療チームの医者たちはあなたの世界の医者とは違うの。手術なんてできないわ。その代わりに、気の遠くなるほどの時間を殺人能力(キリング)習得に費やしたのよ。来る日も来る日も医学の知識を頭に入れ続け、目の前で人の死を見続けて、目の前で何人もの助けられない人がいて、ある時は恋人が死んで、ある時は友人が死んで、ある時は目の前で息子が死ぬ。人を助けたいという気持ちと失う苦しみ、そして弛まぬ努力があってこその能力よ。そういう風にして殺人能力(キリング)は身につくの」

「具体的にはどうするの?」

「私があなたの目の前で怪我するから治して」

「え? でもそれじゃ」

「そうするしかないのよ。こればっかりはいくら口で言ってもダメ。しっかり目の前で傷ついている人を見つけて助けたいと願わないといけないの」

「そしてそれができたら第三段階のレベル三の修行に移るわ。はっきり言ってここまでは遊びみたいなものよ。第三段階の修行は次元が違うの。なんでかわかる?」

「コストを払うことができない」

「その通りよ。一対一(ワンオンワン)交換がわかってきたじゃない。例えば相手の命を奪うことを目的にして能力を発動するとするわね。そしたらこちらが払わなければいけないコストは?」

「自分の命だ」

「その通り。だから基本的には直接相手の命は狙わないの。例えば、相手の目を五分見えなくする。これのコストは自分の目も五分見えなくなる。でもお互い目が見えなくなるなら意味がないと思わない?」

「いや違う! 事前にそのコストを支払うことを知っていたら、目を閉じていても戦えるように練習できる!」

「その通り! なかなか飲み込みがいいじゃない。事前にコストがわかっているという情報が最大の強みになるの。普段から目を隠して生活して常に目以外の部分で周囲の人物の動きを捉えるようにしておけば絶対に自分にだけ有利な条件下で戦うことができるわ。そして相手にとどめを刺す時だけ能力を使わないのよ。でもこの戦術はかなり古いもので対策されきっているわ」

「みんな目を使わずに戦う練習をするんだな」

「ええ。あなたもそのうちやらなきゃいけないわ。あなたがそういう能力を使うかはわからないけど相手は使ってくるから。第三段階の能力は普通には使えないからみんな工夫して使うわ。他には自分の弱点を長所に変える人もいるわ。どんなのだと思う?」

「弱点を長所に変える、うーん、自分の苦手なことをできなくするとかかな。例えば、絵を描くのが下手なら金輪際絵を描けないという条件をコストにして能力を使えば能力をほぼノーコストで使えるんじゃ」

「うーん。残念それだと縛りが少し弱いわね。正解は歩くことができない人が」

 言葉を遮って俺はいった。

「金輪際歩けなくなるという条件をコストにする! つまりもともと歩けない人が歩けなくなる代わりに能力を使う! これなら実質ノーコストだ!」

「その通りよ。これだともともと歩けない人が歩けなくなるからコストを支払っていないように見えるわよね。でもなぜかコストを支払ったのと同じ扱いを受けるのよ。皮肉なものよね。歩けない人が歩けないという個性を長所にして、できるようになることは相手を歩けなくさせること。相手を苦しませるだけで誰も幸せにならない。自分が傷つき相手も傷つく。あなたの世界でいうと核兵器みたいなものかしら。誰もが使うのをやめればメリットしかないはずなのに、誰も捨てないからみんな使い続ける。自分が死ぬか相手が死ぬかしかないの。だから殺人能力(キリング)と呼ばれているのよ。レベル三が殺人能力(キリング)の本来の使いかたなの。レベル二はいわばおまけ、人を殺す力を応用させて直しているだけ。修行中、殺人能力(キリング)は人を傷つける力だということを常に認識してね」

 俺は力強く頷いた。

「説明はだいたいこんなものね。じゃあ実際に第一段階から順にやってみようかしら」

 そういうとひかりちゃんは持っていた大きなカバンの中身をぶちまけた。

「さあ! この中から好きなのを選んで!」

 床に落ちたのは、けん玉、お手玉、おはじき、こま、めんこなどなど一昔前のレトロなおもちゃだった。

「え、こんなに地味なの?」

「文句言わない。これくらいのレベルのものが一番効率よく経験値を詰めるのよ」

その日から俺はけん玉の練習に明け暮れた。最初の三日は一番簡単な大皿の練習。次の二日は中皿の練習。最後の小皿にかかった時間はわずか半日だった。難しいけん先も小皿を習得した日に同時に習得した。

 練習をするときは、しっかりと諦めずに時間をかけて練習するという努力を対価に『けん玉ができると』いう特殊能力を発動させているのだと意識しながら行った。

 ひかりちゃんに見せると、

「わあ。すごいこんな短時間で! あなたけん玉の天才よ。けん玉をさせればこの世界一ね! かっこいい! あなたのことをこれからけん玉って呼ぶわ! すごいわけん玉!」

褒められて悪い気はしないが内容が内容なだけにあんまりすごくないような。

「けん玉! けん玉はその辺で止めましょう。次は、お手玉ね」

俺の名前を呼んでいるのかわかりにくい。


あれから一ヶ月経った。村人とも随分と仲良くなったが、依然として俺の生活は地味だった。朝起きて飯を食ったらすぐに修行開始。少し疲れたら今度は村のみんなの家事を手伝いに行く。今は修行中の身だから別に働かなくてもいいと言われたが、流石にこう何日もただ飯を食うと気が引けてくる。

洗濯や料理、皿洗いなどを少しだけ手伝うと修行に戻る。一日十八時間、起きている間はほとんどかかりっきりだ。ウサギ小屋に住んでいた時は毎日ダラダラ過ごして家事なんてろくに手伝わなかったな。昔はあれだけ面倒くさく思えた皿洗いや洗濯も修行の合間にやればいい息抜きになる。

「まもるちゃん。今日もありがとうね。いつもとっても助かっているよ」

 一軒目は野菜売りのおばちゃんの家を手伝った。お金はもらえないけど、人を手伝うことはすごく気分がいい。

「いえ。とんでもないです。こちらこそいつも美味しい野菜をありがとうございます」

 野菜のお礼を言うと次の家に向かった。


「坊主これ持って行きな。今朝取れた魚だ。家事を手伝ってくれたお礼だ。遠慮すんな」

二軒目は漁師のおっちゃんのとこ。

「わざわざありがとうございます」

 魚なんて前はほとんど食べなかったのに運動の後だとすごく美味しく感じる。こちらの世界に来て食生活はかなり改善した。そんなことを考えながら三軒目に向かった。


「ふぅー。今日はここが最後だな、やだな」

 三軒目はいつも嫌味を言ってくるおばちゃんの家だ。正直行きたくないが、ここだけ行かないとなると格好がつかない。渋々ドアをノックした。

コンコンコンコン。乾いた音がこだまする。

「誰だい? うるさいよ」

いきなり部屋の中から怒号が聞こえる。

「まもるでーす。家事のお手伝いに来ました。開けてください」

心の中で静かに溜め息をつきながら言った。金をもらっているわけでもないのになんで怒られないといけないんだ。まるで理不尽なクレーマー相手の接客みたいだ。

「またあんたかい。さっさと入んな」

 そう言うとドアを開けて乱暴に俺を家の中に引きずり込んだ。

「うわっ」

 危うくこけそうになりながら家の中に入った。

「あんた修行の調子はどうだい?」

いつも聞いてくるけど魂胆は分かっている。

「まだちょっと苦戦していて」

 少しうつむきながら答えた。

「はっ。そんなことだろうと思ったよ。さっさとやめちまえばいいんだよ。あんたになんかどうせ才能ないんだから」

始まった。この嫌味なおばちゃんの家に来るといつもこれだ。毎度毎度修行の進捗状況を聞かれそれに関して嫌味を言われる。もううんざりだ。

「今日はどこを掃除すればいいですか?」

¬¬ かれこれ五分くらい嫌味を言われただろうか。話が進まないので、痺れを切らして尋ねた。

「今日はリビングとキッチンを掃除しとくれ。後ゴミ出しと炊飯も。じゃーあたしは出かけてくるから帰るまでには終わらせとくんだよ」

そう言うと俺は家で一人になってしまった。

「さっさと終わらせて修行に戻ろう」

一人で呟くと家事に取り掛かった。


一通り終えると修行に戻った。

 修行に費やした時間と努力が自分の中で多いものであればあるほど、効果は早く強く現れるらしい。家事を手伝っている時間と睡眠の時間以外はだいたい修行に明け暮れている。だからそろそろ効果が現れてもいいはずなんだが。そう思いながら修行を続けた。

 最初はかなり辛かったが、耐えられた。今までの俺の人生を振り返って考えてみた。いつも普通でいることを求めていた。普通に生活して普通に努力して人並みの成績をえる。これも生き方をして間違ってはいない。

 今の生活は昔と違う。朝から晩まで何かに没頭して努力しなければならない。確かにきつい。だけどそれ以上にやりがいと達成感を得ることができる。

 もちろん失敗した。何度も何度もうまくいかなかった。

俺の中では次第にそれが当たり前のことになった。

 最初から全部うまく行くなんて都合のいいことはない。だけど最初から最後まで成果が出ないなんて都合が悪いこともない。成果は必ず出てくる。

そうして俺は地味な努力をひたすら真面目に続けていまではけん玉、お手玉、コマ回しができるようになった。けん玉は飛行機(球を手で持ち、けん玉の通常にぎる方を球に突き刺す技)ができるようになった。

「第一段階はこんなもんでいいわね! それじゃ第二段階に移るわよ」

そういうとひかりちゃんはいきなりナイフを取り出し俺に斬りかかってきた!

チクッ。びっくりする俺と対照的に腕にとても小さな傷をつけられた。

「いてっ! 何すんだよ」

「ごめんね。口で説明するよりみた方が早いから。それに痛いのは私もだから勘弁してね。それじゃ今から私がやることをよく見ていて」

「【癒える傷跡(ライトオン)】発動」

 そう言うと俺の腕の傷がみるみる消えて行った。

「すごい! こんなことができるなら怪我し放題じゃないか! こんなチート能力があるなら楽勝じゃないか」

「そうならよかったんだけど、もうコストについて忘れているみたいね」

そういうとひかりちゃんはシャツをまくって少しお腹を見せてきた。

「え? 何やってんの?」

 いきなり女の子が肌を見せてきて戸惑わない男はいない。

「いいから見て! 恥ずかしいんだから」

 脇腹の辺りにさっきまで俺の腕にあった傷とよく似た傷ができている。

「え? どういうこと? なんでひかりちゃんが怪我しているの?」

「これが回復系の能力の代償よ。相手の傷を癒すのではなく、傷の場所を移し替えるだけなの。あなたの腕にあった傷を私のお腹に移動させただけ」

「じゃあ発動しても傷はなくならないのか? じゃあこんなのなんの意味もないじゃないか?」

「そうよ」

 俺は絶句した。

「でもそれは何も練習しなければの話。もっと傷をよく見て」

 俺はまじまじと傷を見た。

「少し小さくなっている」

「そう。相手から移された傷は少し小さくなるのよ。小さくなる条件は相手との親密度。仲が良ければ良いほど、大切だと思えば思うほど傷は小さくなるわ。さらにその時の感情や精神状態にも左右されるわ」

 ひかりちゃんはシャツを戻しながら言った。

「俺とひかりちゃんの仲はどれくらいいいの?」

「傷を見た感じ、まあまあね。心の底から信頼できるくらい仲が良くなったらほとんど消えてなくなるらしいわ」

 気まずそうに笑いながら言った。

「そっか」

少し残念。

「そしてこの能力には回数制限があるの」

「回数制限?」

「そう! 傷を移せるのは一回のみ。何度も何度もお互いの間で傷を移せばいつか消えるだろうけど、この縛りのせいでそれはできなくなっているの。それじゃあ今日はこの辺にしようかしら。あしたからは毎日傷だらけになりましょう」

 笑顔で恐ろしい事を言った。

第二段階の修行は順調に進んだ。毎日修行して少しずつ強くなっていることがわかる。


[数日後]


「まもるちゃん。今日も手伝ってありがとうね」

 と野菜売りのおばちゃん。

「いえいえ。これくらいしかできないので」

 村人とはだいぶ仲良くなって来た。

しかし、あの嫌味なおばちゃんとは相変わらずだ。家の手伝いに行くたびに嫌なことを言われる。才能がないだと根性が無いだの。だけど、ここで行くのをやめたら負けたことになる。それだけは絶対に嫌だ。

 手伝いを終えて家に帰る途中、公園の隣を通るときに人だかりができているのに気づいた。何だあれ? 人だかりのほとんどは小さな子供たちだった。

そして、中心に座っている金髪青目の背の高い男が紙芝居をしていた。今時紙芝居かと思ったが少し見ていくことにした。その時公園の人だかりの中にあの嫌味なおばちゃんがいることに気がついた。嫌味なおばちゃんはじっと黙って紙芝居と子供達を見ている。あの嫌味な人にこんな一面があったなんて信じられない。

 紙芝居の内容はいたってシンプルだった。努力すれば夢は必ず叶うこと、努力することの大切さ、そんな内容だった。努力の国(エンデヴァー)というだけあって小さい頃からこういう風に努力することの大切さを教え込んでいるんだな。思えば俺の人生は平凡だった。何をやっても平凡、学校では落ちこぼれ。だけどこの国では違う! 俺でもできることがあるんだ。

 紙芝居をひとしきり見た後は帰路についていつも通り早めに寝た。


[翌日]


「今日からは第三段階に移るわ。第三段階では攻撃能力を学んでもらうわ。悪意を持って敵を攻撃するの。でも第三段階の修行教えるのが難しいの。だからあなたには専属の先生と一緒に修行してもらうわ。私は他の任務が入っちゃったから少し開けるけど、頑張るんですよー」

そういうと早速学校へ連れてこられた。

「紹介するわ。先生のジャックよ」

そういうと金髪青目背の高い絵に描いたようなイケメンが教室から出て来た。

「あ! 紙芝居の!」

「紙芝居? ああ公園でやっているやつか。みてくれたの?」

「はい! 少し」

「そうか! それは嬉しいな。それと、殺人能力(キリング)に関してはひかりから聞いているね?」

「ええ。大体は」

「最初に言っておくけどここからは危険が常につきまとう。危ない、怖いと感じたらすぐに自分の判断で中止しろ。この能力に限界はない。どんなことできるし、なんでも思いの儘だ。君が空を飛びたいと思えば飛べるし、雨を降らせたいと願えば降らせることができる。そして誰かを傷つけたいと願えば誰かを傷つけることができる」

「そして誰かを助けたいと思えば助けることだってできる」

「そうだ。その通りだ。流石は選ばれし者だ」

「選ばれし者? 俺のことを言っているの?」

選ばれし者! すごくいい響きだ。物語の主人公になったような気がする。

「もちろん君のことだ。明日からみっちり努力してもらうから。頑張れよ! 実をいうと、ひかりちゃんが君を俺に紹介したんじゃないんだ。俺が選ばれしものである君を選んだんだ。君は選ばれたんだよ!」

「選ばれた? 俺が?」

 俺はこの時自分が運命の渦の中に巻き込まれていく事にまだ気付けないでいた。

「そうだ! 君が選ばれたんだ。何で君かはまたいずれ」


【気体の剣(サファイアソード)】

効果、空気中に存在する元素を任意の元素に変える。次にその元素を気体から個体に強制的に変化させる。個体は任意の形状に固めることができる。

コスト、元素と物質の三状態の知識を学習すること。鍛錬と訓練に長い時間がかかること。またその鍛錬に対する苦労、努力がコストとなる。


[翌日]


 俺はジャックに言われた通り教室に着くともうすでに一人他の生徒がいた。

「おはよう。君もジャックの生徒?」

 俺は尋ねた。緑の髪の毛で緑の瞳、気の弱そうな大人しい男の子はこちらを振り返ると爽やかな笑顔を見せた。結構前に教室に着いていたのだろう。そのことから真面目で律儀な性格なのであろうことが伺える。

「やあ。おはよう。僕はグリーン。君はまもるだろ?」

なぜか俺の名前を知っているグリーンは気さくに挨拶を返してくれた。

「なんでグリーンは俺の名前を知っているんだ? 初対面だろ?」

すぐに相手の名前を呼ぶことは相手の名前を覚え易くする上に相手に警戒心を与えない。人と仲良くなる俺なりのコツだ。

「みんな知っているよ。ジャックから事前に聞かされていたんだ。あの人ああ見えてマメだからね。これから一緒に頑張ろうね。何かわからないことがあったら遠慮せずに聞いてね」

「ああ。ありがとう。グリーンは優しいんだな」

会って五分以内に何か褒めるところを見つけて褒める。これも俺なりの仲良くなるコツだ。容姿でも性格でもなんならファッションでもいい。相手に『他人を素直に褒めることができる』と印象付けることができれば、その第一印象は簡単にはひっくり返らない。

「はは。よしてよ。それよりまもるは他の国から来たんだって? まもるのことをもっと聞かせてよ」

どうやらうまくいったようだ。この分だとうまく友達になれそうだ。

そして俺は一通り身の上話を説明すると今度はグリーンの身の上話を聞いた。

「俺の話はもういいだろ。今度はグリーンの故郷の話を聞かせてよ。この世界を知ってからまだ日が浅いんだ。色々教えてくれよ」

そう尋ねるとグリーンの顔が少し険しくなった。しまった地雷を踏んだか? くそっ。せっかく仲良くなり始めたのにこんなことで。

「何か変なこと聞いたらごめん! ごめんね。こっちの世界のことよく知らないのにプライベートなことだもんな」

慌てて訂正する。

「いや、そういうわけじゃないんだ。ここでも身の上話を聞くことはもちろん失礼にはあたらないよ。というより、僕がさっき君に聞いたじゃないか」

それもそうだ。グリーンは続けた。

「僕には身の上話がないんだ」

 完全に地雷を踏んだようだ。

「そっか。ごめん。よく知らないで」

「いや、謝らないで。僕には小さい頃の記憶がないんだ。なんでかわからないけど、思い出せないんだ」

「え? 本当に? なんだ! じゃあ俺たち、似た者同士かもな」

俺は笑顔で言った。

「え? じゃあまもるも小さいことの記憶がないの?」

 少し驚いた様子のグリーン。なんとか雰囲気が悪くならずに済みそうだ。

「うん。ウサギ小屋に閉じ込められる前の記憶はないんだ。物心つく前だったけどそれを差し引いても記憶が足りないんだ」

「そっか。僕もここに来る前の記憶がないんだ。気がついたらこの国にいたんだ。」

そうしてなんとか険悪な雰囲気にならずに、というより共通点を見つけて仲良くなることができた。そして授業開始の時刻になり。ほとんどぴったりの時間でドアが開いた。そしてそこには真面目そうな眼鏡をかけた青年が立っていた。青年の青髪にあっけを取られたがこの世界なら普通なのだろうか?

「おはよう。今日も時間ぴったりだね。ブルース」

その青年に向かってグリーンが挨拶した。

「ああ。おはよう。今日もグリーンは早いな。ところで君は?」

 ブルースと呼ばれた青髪の青年はグリーンに挨拶を返すと早速俺に話しかけてきた。

「初めまして! 俺はこの国に来たばかりの」

「君がまもる君か? ジャックから聞いたよ! 僕たちと一緒に修行するんだよね! これからよろしく」

言い終わる前に遮ってブルースは言った。

「うん! 一緒に頑張ろう」

そうこうしているうちに教室にジャックが入ってきた。

「ほらお前ら席に着け。一人、二人、三人。はーまたあいつは遅刻か。まあいいや。そこの黒髪は、この前言っていたまもるだ。もう仲良くなったみたいだから自己紹介は省く。ちょうど今やっていた修行が終わったところだから今日から新しい修行に全員で取りかかってもらう」

ジャックの口調は昨日と違って力強かった。昨日は初対面だから遠慮したのだろう。

 それと、ジャックの言うあいつって誰だ? もう一人この教室には生徒がいるのか? ジャックの言い分から察するに遅刻の常習犯のようだが。

「今日から【気体の剣(サファイアソード)】の修行に入ってもらう。空気中の窒素なんかを鋼鉄や宝石に変えて武器の形状に固める能力だ。各々空気中の元素と元素表などの知識を学習すること。わからないことがあれば各自聞きに来い。俺が修行を見てやれる時間は朝だけだ」

ジャックが修行内容について説明した。

「え? ジャック先生は、授業で元素とかについて教えてくれないんですか?」

 俺は聞いた。俺が行っていた学校だと先生が黒板に板書してそれを理解して覚えるのが普通だったから戸惑った。

「教えるわけないだろ。説明は全て教科書に載っている。本でもなんでも読んで自分で調べろ。俺は忙しくてそこまで見てやれないんだ。すまないな」

ただ授業を聞くだけじゃないのか。これは思ったより大変になりそうだな。

「【気体の剣(サファイアソード)】の練習に入る前に」

 ジャックは何かを説明しようとした、その時、バタンッ。勢いよく教室のドアが開いた。

「おはようございまーす」

 気の抜けたような挨拶をしながら赤髪の気の強そうな青年が入ってきた。正直第一印象は悪い。仲良くなれなさそうだな。

「遅いぞ。さっさと席につけ!」

 ジャックは授業を中断されてかなり怒っているが、いつものことなのだろう。言っても無駄だと言わんばかりの呆れた表情で赤髪の青年を席につくよう促した。

「おっ! お前がまもるか! 初めまして! 俺の名前はレッドラム! これからよろしくな」

 赤髪のレッドラムは俺にズカズカ近寄ってそういうとすぐに席戻った。レッドラム、俺は彼の名前が妙に引っかかった。

 教室に入る前は異世界の学校がどんなものかと心配していたが思ったより普通だった。普通の先生と普通の生徒。俺はウサギ小屋の中での生活を思い出してしまった。みんなは元気にしているかな。かな。妹。親友達。でも本当はわかっていた、嘘で塗り固められた昔を思い出しても傷が広がるだけだってことを。辛くて苦しい記憶でもいつかは向きあわなければならない。あいつらとの友情は全部嘘だった。だからこれからは新しい人生に向き合うんだ。俺ならできる。

そうして修行が始まった。まずは、化学の知識の詰め込みからだ。異世界にまできてこんなことをするなんて思ってもいなかったが、やるしかない。今まで勉強やスポーツから逃げてきた罰だ。現実世界で勉強がしたくないからって異世界にきても結局同じだ。そんな都合よくやりたいことだけをずっとやっていられるわけなんてないんだ。

他の人の様子を見るとなんと、赤髪のレッドラムはもう【気体の剣(サファイアソード)】よりも難しいルビーブレードを発動できるようになったらしい。信じがたいが本当に何もない空間から剣を作り出したのだ! 剣は宝石でできているようだ。ルビーブレードという辺り多分ルビーでできているのだろう。美しいだけどそれは部屋に飾るためのものではない。正真正銘人を殺すための凶器だ。青髪のブルースは【気体の剣(サファイアソード)】ができる。ブルースは化学の知識自体はもう理解していたから、すぐに剣の作成に取りかかれたらしい。そして、緑髪のグリーンと俺は、まだ何もできないでいた。二人とも教室で教科書と向き合っている。異世界の特殊能力修行がこんなに地味だと思っていなかった。そして辺りはだんだんと暗くなってきた。

「人にはそれぞれ得意、不得意があるからさ。仕方がないよ。まあそのうちできるようになるって」

 と得意げにレッドラムが言った。レッドラムは化学の知識無しでいきなり【気体の剣(サファイアソード)】ができたらしい。本人が言うには才能らしい。異世界にきても才能があって最初からできるやつはいるらしい。どこに言っても同じだなと思ったが口には出さなかった。そしてレッドラムは一人そそくさと帰って言った。

「僕たちだって最初は全然できなかったから気にするなよ。僕たちは殺人能力(キリング)自体何度も習得しているから勝手がわかるんだ。いきなりうまく行く奴なんてそうそういないよ。俺もそろそろ帰るけど一緒に帰るか?」

レッドラムが帰ってしばらくしてから青髪のブルースが言った。

「うん。俺も帰ることにするよ」

俺は正直もうヘトヘトだった。早く誰かが帰ることを提案しないかと待っていた。ウサギ小屋の学校であれだけ勉強ができなかったのに、いきなりできるわけないな。そりゃそうだ。

「グリーンはどうする?」

俺は自分の席で黙々と勉強している彼に尋ねた。

「僕はもう少し頑張ってから帰るよ」

一緒に帰りたかったが本人がそう言うのだ。無理に誘うのは良くない。

「わかった。じゃあまた明日」


学校を後にすると、帰り道で俺とブルースは他愛もない話をした。

「まもる君。君たしか、殺人鬼マーダラーと会ったんだって」

「殺人鬼マーダラー? ああひかりちゃんに化けていたやつか。うん会ったけど」

 俺は心の中でマーダラーという名前を反復されていた。マーダラー、マーダラー、マーダラー。何か引っかかるな。

「よく会って生きて帰ってこれたね。運が良くて助かったね」

「うん。それよりマーダラーってどういう意味か知ってる?」

「マーダラーなら殺人者って意味だよ。そのまんまだよな。まあ本名なわけないけどね」

「うーん。何か引っかかるんだよなこの名前」

「なんで? まさか本名だと思ってるの」

「いや俺も本名ではないと思うけど」

「じゃあアナグラムとかかな? 文字を並び替えて別の単語を作るやつ」

 単語を並び替える? それだ! 最初にあいつの名前を聞いた時からずっと引っかかっていた。レッドラムはマーダラーのアナグラムだ。だけどこんなの憶測に過ぎない。レッドラムが殺人鬼だと決まったわけではない。

「それより、まもる君の話を聞かせてよ! 住んでいた場所や、家族、幼馴染とか、色々!」

「幼馴染か」

俺はかなのことを思い出していた。

「まもる君にも幼馴染がいるの?」

とブルース。

「幼馴染だと思うけど、うまく説明できないや」

かなと俺の関係は少し複雑で説明しにくい。

「いつからその子と友達なの? それも思い出せない?」

とブルースが俺に聞く。

「実は俺、子供のことの記憶がないんだ。物心ついているはずの時期の記憶ですら思い出せないんだ」

「きっと事故か何かで忘れちゃったんだろ。でも何かのきっかけで思い出すこともあるらしいし一緒に思い出してみようよ。今思い出せる記憶で一番古いものは?」

ブルースの第一印象は真面目で固そうなやつだと感じたのに、話してみると案外優しくて思いやりのある人なのかもしれないな。

「ブルースは優しいんだな。そうだな、やってみよう。今思い出せる記憶で最も古いのは確か俺の誕生日。何歳の誕生日だったかは覚えていないけど、欲しいおもちゃをお母さんが買ってくれたんだ。青と緑の二つ。そして二つの内一つだけ選んでもう一つは誕生日会に来てくれた友達にあげたんだ。俺は青を選んだけど、後になって緑のやつのほうが良くなって一日中泣いていた」

「その誕生日会の記憶より前の記憶がないんだね?」

「うん、でも」

俺は力無く頷いた。

「他にもあるの? 言ってみてよ」

回答を催促するブルース。

「土砂降りの雨の日に、小さい子がずっと泣いている記憶だ」

「うーん。それだけだといつの記憶なのか全くわからないな」

ブルースは少し顔をしかめた。

「今言った話は記憶じゃないんだ。記憶じゃないけど。覚えている。そんな気がする」

俺は変な人だと思われたくなかった。だがそれ以上に真剣にブルースが聞いてくれている。だから正直に話した。

「どういうこと? 言っている意味がわからないよ」

ますます顔をしかめるブルース。だけど俺の真剣な表情を見てこれが冗談ではないことはわかってくれたみたいだ。

「誰かの記憶を無理やり植えつけられたような感覚なんだ。だってその泣いている男の子は俺なんだから」

「その話が勘違いでないなら、能力の副作用か何かの可能性があるな」

「どういうこと?」

そうだ! この世界にきて新しく殺人能力(キリング)というものが存在することを知ったんだ。新しい可能性が見えて来て少し興奮した。

「殺人能力(キリング)はどんな能力でも作ろうと思えば作れるんだ。例えば他人の記憶改竄、記憶消去、記憶錯誤とかね。もちろん強力な力になればなるほど危険になり、習得するのも難しくなるけど」

「じゃあ俺は誰かに記憶操作されたのか?」

俺は興奮して声を荒げた。

「待て待て。そうと決まったわけじゃないよ。だけどその記憶はあまり当てにしないほうがいいな」

「確かにその通りだな。」

「じゃあ俺ここだから。また明日」

「うん。今日は相談に乗ってくれてありがとう。また明日」

第一印象をよくしてすんなり友達になろうと思っていたのにだいぶ変な人だと思われたな。そんなことを考えながら不可解な記憶はあまり気にしないようにして床についた。一日目はそうして終わった。


[翌日]


翌日からも似たような生活だった。朝起きて少し早めに学校へ行ってグリーンと少し予習する。時間ぴったりにくるブルース。ジャックが来てから遅れてくるレッドラム。知識の詰め込みを終えた俺はみんなと一緒に剣の作成に入った。剣の作成は今までで味わったことがないほど難しかった。本当にこんなことができるのか? できるようになる気がしない。こんなに難しいことに挑戦したのは生まれてから初めてだ。何もない空間から剣を作り出す。魔法の力でサクサク進んで、漫画の主人公みたいにすぐにできるようになると思っていた。だけど漫画のようにうまくいかなかった。現実世界で何をやっても平凡なやつは結局異世界に来ても何もできないんだ。

「まもるくん!」

 そうだもうやめようこんなこと剣を作り出せて何になる? そんなことをして何の役に立つんだよ。普通にその辺の店で剣を買えばいいじゃないか。

「まもるくん!」

 二回目の問いかけでようやく気がついた。グリーンがこっちを見ている。真剣な表情だ。

「ごめん気が付かなかった」

「どうしたの? 思いつめているみたいだけど?」

グリーンは第一印象と違わず優しい。不自然なほど優しい。

「うん。こんなこと本当にできるのかなって。自信がなくなっちゃって」

俺は修行二日目にして弱音を吐いた。

「みんな最初はできないよ。でも思い出して見て。ここは努力の国(エンデヴァー)! 努力が無駄になることはないんだ」

「でも」

俺は言葉に詰まった。

「でもじゃない! 例外はないよ。絶対に努力は無駄にならない。今の目標は【気体の剣(サファイアソード)】の作成だよね? なら目標達成期間をみてみよう。『目標達成期間を表示』って言えばいいよ」

「わかった。目標達成期間を表示して」

俺は誰もいない宙に向かって言った。すると目の前にポップアップウィンドウが表示された。

『現在のまもる様の目標 【気体の剣(サファイアソード)】の作成。目標達成までの所要時間 二十五日』

「ほらね残り二十五日頑張れば必ず達成できるってこと」

自分のことのように嬉しそうにグリーンが言ってくれた。

「本当だ!」

俺は驚いて声があまり出なかった。

「僕は才能がないけどまもるくんにならきっとできるよ」

 グリーンはなお元気付けようとして励ましてくれた。

そして二日目もブルースと一緒に帰った。


それから三日経ち。五日経ち。二十五日が経った。来る日も来る日も空中に手をかざし元素を別の元素に帰るイメージを頭の中で思い描いた。しかし、【気体の剣(サファイアソード)】が目の前に出現することはなかった。


そしてついに、グリーンが【気体の剣(サファイアソード)】を発動し、能力を発動できないのは俺だけになった。

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