東京タワー

こんなところにあるはずのないそれは俺に故郷に帰ってきたかのような安心感と不安感を与えた。赤と白で塗られている三百三十三メートルの巨大なタワー。東京タワーがポツンとマタマタの上の街に立っていたのだ。俺があっけにとられてみていると

「どう? すごいでしょ? 言葉も出ないって感じね! そのレーダーを使って正確な位置を送信するの! もちろん暗号化してね」

俺が東京タワーの迫力にあっけにとられていると勘違いしたのか自慢げに説明してくれた。だが俺は迫力に驚いていたわけではなかった。

「おい、なんでこんなところにこれがあるんだ? これ俺の世界にある建造物だ」

「え? まもるちゃんの住む異世界にも? たまたま似ているだけじゃない?」

「そう、かもな」

俺はあまり納得ができなかった。それは東京タワーみたいな建物ではない。間違いなく東京タワーそのものだった。

そのあと、生活用水はマタマタの汗を分解して得ていること、電力は発電機を使っていること、農場や森があってそこで取れる食べ物を主に食料にしていることを教えてもらった。東京タワー以外にもいくつも類似点があった。発電機やコンロが日本のものと同じなのだ。この世界オリジナルのものはひかりちゃんが俺を助けにきたときに使った魔導車くらいだった。

 魔導車の原理は聞いてもよくわからなかった。反物質装置がどうのこうのって言われても。適当にわかったふりをした。

この日はずっと東京タワーに似た建造物のことで頭がいっぱいだった。またひかりちゃんに肩を貸してもらって部屋に帰ると死んだように眠りについた。


[翌日の朝]


 今朝もひかりちゃんが尋ねてきて飛び起きた。もはやこれが日課になってしまった。ウサギ小屋で生活していた時から朝は苦手だ。朝早起きして勉強したり、部活している人は素直に尊敬する。よくそんなことできるな。そんなことを考えながら慌てて用意をした。

「今日は街外れまで行ってみましょうか! この国の全てを知っておく必要があるわ。良いところも、悪いところも」

そう言うひかりちゃんの顔は少し嫌そうに見えた。

 町外れには、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。そこら中にストリートチルドレンらしき子供達がいた。みんな目から希望の光が消えて絶望しか映らない真っ黒な瞳が遠くを見つめていた。

「どうしてこの国でこういう子供達が生まれてしまうのか、不思議って感じの顔ね」

俺が何か言う前にひかりちゃんが言った。

「うん。だって努力すればどうとでもなる御都合主義のチート国じゃないか? なんで不幸な人が出るんだよ?」

当然の疑問をぶつけた。

「ここは努力の国(エンデヴァー)。努力する事自体ができない場合は何もできないのよ」

 ひかりちゃんは続けた。

「この子たちは何らかの理由で、努力する事が出来ないのよ。生まれつき病気だったり。重い障害があったり。目が見えない。耳が聞こえない。歩けない。そういう人たちは死を待つしかないの。誰も助けようとしないの。それがこの国なのよ。努力の国(エンデヴァー)だなんて、一見聞こえはいいわよね? でもね、よく考えて見て。努力で何でもうまくいく国なのよ? 努力で差がつくことはほとんどないの。みんな努力する事ができるから。そしたらどこで人間の価値に差がつくと思う?」

「運の良さだ」

 苦虫を嚙みつぶしたような顔で答えた。

「そうね。その通りよ」

感情のこもらない悲しげなトーンの声でひかりちゃんが答えた。

「この国ではね、運の良さがその人の人生のほとんどを決めるのよ。それが努力の国(エンデヴァー)よ」

 俺とひかりちゃんがしばらく喋っていると一人の男の子が歩み寄ってきた。

「お願いします。何か食べ物をください」

 遠くを見つめるように暗い表情を浮かべて、藁にもすがるように尋ねてきた。

「ごめんなさい。あげられない決まりなの。最低限の生活は保障されているはずでしょう? それにこの国では努力しない人間に手は貸さない決まりがあるのよ。第九王国の処刑隊の攻撃に対して十分な戦力はないの。処刑隊がいる限り、無理よ」

冷酷に事実を告げるひかりちゃんを見て今朝のことを思い出した。これを見せたくなかったのだ。この国の悪い部分を見せたくなかったから嫌そうな顔をしていたのだろう。

「お願いします。栄養失調で目が見えなくなりました」

きっと嘘じゃないだろう。さっきから変な方向を見ながら話しかけてきていたのは目が見えていなかったからだったのだ。

「本当にごめんなさい。さ、もう行こうかしら。まもるちゃん」

うつむきながら言った。

「う、うん」

「両親が処刑隊に殺されました。誰も助けてくれる人がいません。お願いします。」

 その子は俺たちが無視して行こうとしているにも関わらず助けを懇願してくる。一人また一人とそれを聞きつけて村のあちこちから貧しそうな子供達が出てきた。そしてどの子も助けを求めてきた。


「お願いします」「助けてください」「努力じゃどうにもならないんです」「お願いします」「あなたにしか頼めません」「お兄ちゃん。お腹が空いたよう」「足が痛くて仕方ないです」「もう三日も何も食べていません」「助けて」「お願い」「君なら私たちを助けることができるでしょう?」「お腹が減ったよ」「妹が病気なんです」「お母さんはもう死にました」「助けて」「助けて」「助けて」「帰る家がないんです」「喉が乾いた」「耳が片方聞こえなくなった」「苦しい」「お姉ちゃん助けて」「お願いです」「助けてください」「助けてください」「助けてください」

 

俺たちは聞こえないふりをしてその場を後にした。

「ねえ。ひかりちゃん」

「何?」

「俺に殺人能力(キリング)を教えて欲しい」

 俺はぼそりと呟いた。

「ええ、一緒に頑張りましょう」

 ひかりちゃんも同じくらい小さな声でぼそりと呟いた。


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