殺人鬼!?


 殺人鬼は口元に笑みを浮かべながら近寄ってきて俺の肩を掴んだ。俺は蛇に睨まれたカエルのように身動き一つ取れなかった。そして、

「こんなところで何やっているの? 僕と同じで一人で修行?」

そう言うと偽まもるは【変身(シフト)】を解除した。

「ふう。なんだ、グリーンか。脅かすなよ。殺人鬼かと思ったよ」

「殺人鬼? こんな早い時間に出るわけないだろ。第一なんでこんなところで殺すんだよ。君を見つけたのもたまたまだし、僕が殺人鬼だったらもっと夜遅くに街でやるよ。だいたいそれが殺人鬼の手口じゃないか」

「それもそうだな。お前ここで一人で修行しているのか?」

「うん。そうだよ。君も?」

「えっ? あ、ああ。そうだよ」

 俺は落ち込んでいただけだったが、恥ずかしいので修行していたことにした。

「そっかー。まもる君才能ないもんねー」

 自分でもわかっていたけど結構傷ついた。

「うるさいな。そっちこそあの二人よりはできないだろ」

「うん。だからこっそり修行して少しでも追いつくようにしているんだ」

ムキになって反論した自分が恥ずかしい。こいつは影でこんなに頑張っていたんだな。

「そうだったのか、知らなかったよ」

「そうだ! まもる君も一緒に頑張ろうよ。落ちこぼれ同士二人で頑張ろう!」

「え? でもいくら頑張っても俺には」

「そんなことないよ! 僕にだってできたんだ。それに殺人能力(キリング)を発動できない人なんて聞いたことがないよ」

「でも俺は現にできないでいる」

「まだできていないだけ」

「それにジャックにはお前は本当に一生懸命やっているか聞かれたし、自分では一生懸命やっていたつもりなのに」

「ジャックに一生懸命やっているのか聞かれてなんて答えたの?」

「一生懸命頑張っていないって、嘘をついた」

「まもるくん、自分の才能や運の良さは否定してもいい。だけど自分の努力は否定しちゃダメだ。才能の有無や運の良さは君にはどうすることもできない要素だ。だけど努力は正真正銘君が自分の力で成し得たことじゃないか」

「でも、まだ能力を発動できないってことは俺の努力が足りなかったってことじゃ」

「うるさい! 失敗の言い訳に努力を使うな!」

初めてグリーンが声を荒げた。

「だけどもうとっくに発動できていなきゃおかしいんだ! 俺なりに一生懸命頑張っている。だいたいなんでレッドラムだけホイホイ進んで行くんだよ。毎日遅刻してきて、練習なんてせずにダラダラ漫画を読んでばかりだ」

俺も声を荒げた。

「その通りだよ。理不尽だよね。いつも勝つのは一番一生懸命やった人じゃなくて一番運のいいやつ。僕達がどれだけ努力しようが、才能がある奴が僕達と同じだけ努力すれば敵いっこない。頑張ればできないことがないだとか、夢は信じれば叶うとか、そんなセリフは努力をしたことのない奴のセリフだ! どれだけ努力しても運がいいだけの奴に負けることは必ずある」

こんなに喋るグリーンを見るのは初めてだ。

「もちろんわかっているよ。才能があるやつに勝てないことくらい。だけど俺はそんなやつらに知った風な口を聞かれ笑われるのは嫌だ」

「僕だってそうだ。だけどそういう時はぐっとこらえて笑って流すんだ。『そうだね。君にはかなわないよ』、『やっぱり君はすごいな』そう言っておけばいいさ。そして才能がなくても努力ができることをいつか証明できる日を待つんだ」

俺はグリーンに圧倒され黙って聞いていた。

「それに、ジャック先生の修行のペースは尋常じゃないくらい早いからね。成果が現れる前にやめたらできるわけないだろ? だから一緒に頑張ろう! それともずっと近所のおばさんの家を尋ねて皿を洗って過ごす?」

「絶対にごめんだ」

俺とグリーンは笑いあうと、湖畔を後にした。

ここ一時間でグリーンと本当の意味で友達になれたような気がした。さあ、明日から頑張り直しだ。



[翌日 午前五時]


「【気体の剣(サファイアソード)】発動!」

 クソまただ。空気中の物質変化が起こっているのは感じるのだがどうしても剣の形にならない。だがこんなところで諦めてたまるか。費やした時間とかけた苦労がコストなら特大のコストを支払ってやる。

俺と少し離れたところにいるグリーンは【黒子分身(ドッペルゲンガー)】の修行に明け暮れていた。【変身(シフト)】は昨日披露したように相当上手くなったらしい。

 俺とグリーンは一日の大半の時間を湖のそばで過ごすようになった。

 前日まではメソメソと湖の前でただ座っていただけだった。だけど、もう湖は落ち込むための逃げ場所ではなくなった。この日から、目標に向かって頑張るための場所になった。


[数ヶ月後]


それからどれくらいの時間を湖の前で過ごしただろうか。

 グリーンはというと、出せる【黒子分身(ドッペルゲンガー)】の数が七人にまで増えた。だが多くの分身を出すほど疲労がたまり、分身を維持できる時間が短くなるらしい。

朝の修行を終えると一番に教室についた。いつものように時間ぴったりにブルースが到着。やや遅刻気味でレッドラムが到着。

「おいお前らまだ諦めないのか?」

 ヘラヘラ笑いながらまたいつものようにレッドラムがバカにしてきた。俺は無視して修行を続けた。

「グリーンは遅いだけで成果が出るけど、まもるてめーはここ数ヶ月で何ができるようになったんだよ。お前がいると邪魔なんだよ! ジャックが俺たちの修行を見てくれなくなるだろ!」

そういうとズカズカと俺の机に近寄ってきた。

「おい! 聞いているのかよ。落ちこぼれ! 才能がないんだからとっとと諦めろ!」

「ちょっと、言い過ぎだよ。まもるも何かいいかえせよ」

 と心配そうにグリーン。ブルースは我関せずといった様子で座っている。

「いいんだ。グリーンは修行に戻ってくれ」

「う、うん」

 グリーンは席に戻った。教室では俺とレッドラムが向かい合っている。静まり返って空気が重たい。

「確かに、俺は才能がないな。落ちこぼれかもしれない」

「そうだ。よくわかっているじゃないか。ならさっさと教室から出て行け。邪魔だ」

「嫌だ。俺はまだ諦めていない。お前が出て行け」

「なんだと偉そうに。俺に命令しているんじゃねー!」

そういうと【気体の剣(サファイアソード)】を発動した。レッドラムの作った【気体の剣(サファイアソード)】はプラスチックや氷のような脆い物体ではなくなっている。鋼鉄か何かでできているに違いない。

「おい! いい加減にしろ」

ブルースがキレた。その時バンと音を立ててドアが開いた。ジャックが入ってきたのだ。

「先生! レッドラムとまもるが!」

と涙目のグリーン。

「わかっている。二人を止めるな!」

耳を疑うようなことをジャックは言った。

「え? なんで? 刃物まで出しているのに」

とグリーン。

「おいレッドラム。【気体の剣(サファイアソード)】は脅しに使う道具じゃないぞ。それを発動したらためらわずに殺せ」

「チッ。うるさいな」

舌打ちをするとレッドラムは席に戻ろうとした。

「どこに行くんだ? 俺は殺せと言った」

教室が静まり返る。

「いや、俺は殺す気なんて最初からねーよ。悪かったよ。これでいいだろ。さっさと修行を始めようぜ」

 ジャックはズカズカとレッドラムに近寄り胸ぐらを掴んで言った。

「俺がお前に言っているんだよ。そこの落ちこぼれを殺せ。そいつの面倒はもう見切れない。そいつ一人のせいでどれだけペースが落ちているかわかるか。それとも落ちこぼれ一人殺せないのか、お前は?」

 そういうと胸ぐらを掴んで俺の方へレッドラムを突き飛ばした。レッドラムは冗談だよな? という顔でジャックの方を見た。

「殺せ」

ジャックは冷たく言い放った。

「でも」

レッドラムは顔が真っ青で手がガタガタ震えている。

「やれ! この根性なしの腰抜け野郎! 殺せっ!」

しびれを切らしたジャックはレッドラムに再度近寄ると彼の手を掴んで無理やり俺に【気体の剣(サファイアソード)】を突き刺した。

 俺は自分の体に突き刺さった剣と震え上がったレッドラムの顔を交互に見た。剣はぶっすりと奥深くまで突き刺さっている。レッドラムは気づいたら泣いていた。

「お前はあれだけギャーギャー叫んでいて人を一人殺すこともできないのか? この腰抜野郎っ!」

ジャックはレッドラムの耳元で囁いた。レッドラムはガタガタ震えている。ブルースは放心状態。グリーン目を見開いて驚いている。

そして、教室からもう一人ジャックが入ってきた。

「そこまでだ。いい加減にしろ馬鹿ども。まもる、さっさと席に着け」

そういうと床にあったまもるの死体がだんだんと揺らいで薄くなり、やがて消えて無くなった。今教室にはジャックが二人いる。

「わかったよ。【変身(シフト)】解除」

 そういうと最初に教室に入ってきた方のジャックに【変身(シフト)】していた俺は元の姿に戻り自分の席に着いた。本物のジャックはレッドラムを落ち着かせると席に着かせた。

「まったくお前らは何をやっているんだ。まずは、まもる、殺人能力(キリング)発動おめでとう。だけどせっかく発動できるようになったのに、そんなことのために使うのか」

呆れている。

「だけど最初に突っかかってきたのはそこの鶏頭だ!」

「なら口で言い返せ!」

「次にレッドラム。お前がそもそもの原因だからかばわないぞ。人の進捗状況にいちゃもんをつけるな。こんなのだと先が思いやられるな。まあいい。今日からはまもる、お前は俺と二人で修行する。あとの奴らは各々殺人能力(キリング)を高めるように」

「だけど先生それじゃ僕の修行が」

 ブルースが言い終わる前にジャックが遮った。

「黙れ。お前も見てないで止めろ。同罪だ。当分の間、別々に修行する。特にレッドラムとまもるは口も聞くな。各自質問があれば来い。以上」

そうして俺はジャックと二人で修行することになった。レッドラム、ブルース、グリーンは各々やりたい能力を調べて各自勝手に修行することにした。レッドラムは【幸せの赤い鳥(ブラッドバード)】、ブルースは【人体に刻む活字(メタファー)】、グリーンは【鏡のない部屋(ムールーラミ)】の修行をそれぞれ行った。


【幸せの赤い鳥(ブラッドバード)】

効果、強制的に幸福な出来事を引き起こす。

コスト、自ら進んで不幸な出来事を起こす。例、日本円で五千万円ほどお金をわざと落とす。すると、将来不治の病などお金で解決できないような不幸が起こった時に病が突然治る。

備考、要は不幸の前借り。事前に不幸な目にあっておいて後を楽にする。幸運な出来事が起こるタイミングは選べない上に、幸福と不幸のバランスがシビアなため上級者向けの能力といえよう。大金を落とす。右腕をわざと切断するなど本人の覚悟や願いが大きければ大きいほど、幸福は何倍にも膨らみ帰ってくる。どれくらい大きい幸福になって帰ってくるかはわからない。

練習方法、最初は十円玉やリンゴ一つ落とすなどして小さい不幸を背負うことから始めよう。徐々に幸運な出来事が起きるタイミングがわかるようになるため練習次第では幸福と不幸をコントロールできるようになる。非常に危険な能力なために無理はしないようにしよう。


【人体に刻む活字(メタファー)】

効果、自分のついた嘘を信じた相手にのみ発動可能。読んだ本の中の直喩表現、隠喩表現を抜き出し現実のものにする。例、『彼女の弱り切った細い体は小枝のように折れてしまいそうなほどだった』と言うと、敵の体が小枝のように折れてしまいそうに脆くなる。

コスト、本を可能な限り多く読むこと。そして直喩表現、隠喩表現を丸暗記すること。千冊程度だと弱い表現しか使えないが。十五万冊ほど読むと大体どんなことでもできるようになる。

備考、何十万冊も読むことができれば本に書いてあることならなんでもできるようになるため大器晩成型の能力といえよう。


【鏡のない部屋(ムールーラミ)】

効果、鏡のない部屋、または近くに鏡がない屋外でのみ発動可能。敵一体を対象とする。自分の姿が相手の弱点をついた何かになる。自分はそれが何かわからない。

コスト、能力獲得までに費やす時間と努力。


備考、それが武器なのか別の生物なのか別の人物なのかは相手の反応や視線、間合いの取り方、言動などから推察する。能力が強い割にコストが少ないがそれは、自分の姿がどんなものになるかがわからないこと自体が大きなハンデとなるため。事前にいろんな能力者の弱点や武器を調べておくと有利になるだろう。ちなみに自分がどんな姿をしているかを第三者に教えてもらうことはできず、自分の目には普段の自分が映る。(なので鏡の有無は実質関係ない。)



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