第27話 謁見

何とか王城へとたどり着くと、すぐさまその一角に強力な結界が張られた。

より強い魔力を持つ幾人もの貴族たちが、今回の標的となったセルバーとわたしを守るために張った、特殊な結界だ。

セルバーは意識を取り戻してはいないものの、その容体は、想像していたよりも重篤ではなかった。攻撃のショックと著しい出血によって意識を失っているだけだという。

城に駐在する医師や薬師の尽力により、すぐに容体は安定し、今は回復に向かっている。

わたしもかなりの精神的なショックを受け、帰城後すぐに寝込んでしまった。そのため、国王夫妻への謁見をする頃には、既に遅い時刻となっていた。

謁見の際には、事件の概要について、犯人の処罰について話し合わなければならない。

「謁見の間へ参りましょう」

「……ええ」

夏ならばまだ日暮れも済んでいない時刻だが、エルランスの冬は日照時間が短い。

長い冬の夜の寒さ対策に、エマがローブを着せかけてくれる。

重い脚を引き摺って、白い息を吐く。

謁見の間へ入ると、そこにはわたしの両親である国王夫妻と、近衛騎士団団長が待っていた。

「お待たせしてしまい、申し訳ございません。陛下のお召しに従い、只今参上致しました」

「こちらへ来なさい」

「はい。陛下」

軽く手招きをしてわたしを呼び寄せるお父様の顔には、疲弊の色が浮かんでいた。

お母様が心配そうに、ちらりとこちらをうかがってくる。

それに微笑で返し、騎士団長がゆずった場所へと歩を進める。

国王夫妻の正面へ進み出たわたしは、跪いて頭を垂れた。

事件に関わる報告や決め事を行うこの場では、親と子でなく、君主と臣下として接しなければならないからだ。

「国王陛下、王妃殿下におかれましては、此度の騒動により大変なご迷惑をお掛けしましたことを、心よりお詫び申し上げます。本来であればわたくしの解決すべき問題であったにも関わらず、力及ばず、こうしてお力添え頂きましたことを、心よりの感謝と共に心苦しく思っております」

「いや、よい。体調はどうだ」

「……問題ございません」

「そうか」

頷いてこちらを見下ろすお父様は、本当に大丈夫なのだろうか、というように心配気に眉を少し下げた。

けれど、それも一瞬のこと。

すぐに王の顔に戻ったお父様は、話を進める。

「早速ではあるが、面も揃ったので話し合いを始めたいと思う。王女は面を上げ、騎士団長は王女の隣まで登るがよい」

わたしが顔を上げると、端に控えていた騎士団長がわたしの一歩後ろまで登り、足を止めた。

「それでは、王女から事件の概要について話してくれ」

「承知致しました」

わたしは、淡々と事のあらましを話していった。

ディウラートの名は伏せておき、匿名の密告があったと伝える事にしている。

匿名の密告。セルバーの護衛強化と王弟一家への警戒。学院からの出立。王都での襲撃。王弟派閥であるリドマン侯爵の存在。黒服。セルバーとわたしの味わった恐怖。

わたしが言葉を重ねる事に、お父様の表情は厳しく、眉間には深い皺が刻まれていく。お母様も、凛とした態度は変わらぬものの、表情は固い。

「以上が、わたくしの知る全てでございます」

部屋が剣呑な空気に包まれていく中、わたしの報告は終わった。

「騎士団長。其方の報告も聞こう」

そう命じるお父様の声は、地を這うように低い。それを怯えもしないのだから、流石、騎士団長は肝が据わっている。

騎士団長の話によれば、王命を受け、わたしたちの護衛に向かったのは、確かに第二部隊だそうだ。

ただ、第二部隊の隊長が命を下す前に、何処からか情報を聞き付けたリドマン侯爵に騙されたとのことだった。

第二部隊の隊員たちは、隊長が諸用により隊を率いる事ができないため、第三部隊の隊長と数名の隊員が応援に来たと知らされたと言う。

リドマン侯爵が第二部隊の指揮の引き継ぎを許可されたことを示す証明書を持っていたことから、第二部隊の隊員たちは疑う余地が無かったということだった。

「こちらがその証明書でございます。こちらの許可印は、陛下と王弟殿下のみが持つもの……。暗殺の情報が漏洩したことに気が付き、慌てて制作したのでしょう」

「なるほど」

お父様は、顎を撫でて目を細める。

近衛騎士団を動かす権限をイルハルドに持たせていたことを悔やんでいるのだろう。

「そしてこちらが、リドマン侯爵のマントの切れ端と、勲章の一部です。死体は残念ながら残ってはおりませんが、目撃証言と、辛うじて残ったこれらの物証により、身元はリドマン侯爵に間違いないかと存じます」

側仕えによって目の前へ運ばれてきた物証を、お父様がじっくりと観察する。

「ふむ。リドマン侯爵の物のようだな。王女の証言によれば、第三部隊の隊員だけではなく、黒服の者達も攻撃を仕掛けてきたそうだが?」

「ええ、その通りでございます。しかし、黒服の者は皆、逃げるか自爆をするかで、身元を確認できませんでした。王弟殿下の私兵が黒の衣服を纏っているという話は有名ですし、王弟殿下の紋章付きの持ち物を持っていたという騎士の目撃証言もあります。まず、王弟殿下の私兵とみて間違いはないでしょう」

騎士団長はそう言うと、ちら、とわたしを見やった。

「王女殿下に届いたという密告にも、黒服の私兵についての情報があったとか?」

武骨な顔と鋭い眼力に負けぬよう、背筋を伸ばす。

「そうです。匿名で密告してきた者が、その情報も伝えて来たのです」

正確には、以前ディウラートが話していただけなのだが、ここは嘘をつく他致し方あるまい。

「……けれど、その密告者が何者で、何故この密告をしようとしたのか疑問ですわ。誰とも分からぬ密告者など、疑うなと言う方が無理な話です。けれど、皆の証言や物証と照らし合わせると、密告の内容が正確であったと分かりますわね」

お母様が、悩ましげなため息をついて言った。

お父様は肯定するようにお母様を見る。

「確かにそうだな。密告を受けたことにより、セルバーが命を取り留めたこともまた事実。これがなければ、おそらく助からなかったであろうからな。密告をしてきた者が何者であれ、セルバーを救った者だ。私はその者に感謝している」

お母様の言う通り、密告者など普通は疑ってかかるべきだ。 密告者が処罰を受ける場合さえ、ままある事だ。

だが、ディウラートの密告内容と、以前彼から聞いた幾つかの話をうまく繋げて話したことで、“密告者“としてのディウラートの信頼は得られたようだった。

これは、彼をあの離宮から救いたいというわたしの願いを叶えるための助けとなるかもしれない。

さらに、何か密告者の援護となる言葉を言おうとしたのだが、騎士団長の言葉に遮られてしまう。

「とにもかくにも。目撃証言、物証、状況証拠共に、王弟一家が今回の襲撃の犯人であることは明確です。動機も十分にございます。密告者も重要ですが、まずは王弟一家への処罰をお考えになっては如何でしょうか?」

「それもそうだな……」

騎士団長の言葉に、お父様は頷いてしばし思案するように目を伏せた。

「……王女には、予定通りセルバーと婚約してもらう。その上で王弟一家全員を、直系王族及びその配偶者の殺害未遂で処罰する」

鉛を吐き出すかのごとく、重々しくも苦い声音で、お父様は言った。

例え誰か一人の犯行だとしても、その一族全員が連帯で罪を負う。これは常識だ。

一人でも残しておけば、いつ復讐のために反乱を起こすやも知れない。ならばいっそのこと、一族を皆処刑してしまった方が、幾らも安全と言える。

自らの右腕として側に置き、信頼していた実弟がこのような形で自分を裏切ったことは、お父様にとって酷く辛い事だと言うことは、想像に容易い。

この国では、死刑は極刑ではない。死刑より厳しく重い刑罰があるのだ。

極刑から順に、名捨ての刑、終身刑、死刑が最も重い刑とされている。

当然、王弟一家もこの内のどれかに処されるだろう。

「主犯であると思われる王弟妃ウォルリーカとその夫である王弟イルハルドを終身刑。その子供であるゼウン、ディウラート両名を死刑とする」

お父様の言葉に、わたしは息をのんで呆然と立ち尽くした。

雷に打たれたような感覚が、全身を駆け巡り、身体が動かない。

ディウラートが、死刑?何を言っているのか、意味がわからなかった。

そう思う一方で、彼もまた王弟一家の一員であったと気付かされる。その事をどうして失念して居たのかと、自分を恨む。

「陛下……ゼウンだけでなく、病床に臥せっているという末子までも死刑に処すのですか?」

「仕方あるまい。何かしら事件に関わっているかもしれないのだ」

お母様の言葉に、お父様は静かに首を振る。

辛辣な、王の顔。普段わたしに見せる穏やかな表情ではなく、罪人を裁く君主の表情だった。

「そうですわね」

お母様も、仕方なしという様に頷く。

わたしの両親は、一体何を言っているのだろうか?

そもそも、ディウラートの存在を知っていたという事実に、体が震える。

ならば何故、彼を助けなかったのか?

彼が床に臥せっているとは、どういう事なのだろう?

お父様とお母様の会話に、わたしは立っていられず、よろめいてその場に崩れ落ちた。

「マリエラっ!」

お父様とお母様の、悲鳴にも似た声が鼓膜を揺らし、酷く頭を打った時のように頭がズキズキと痛み出した。

騎士団長の手を借りながらふらふらと立ち上がると、わたしは両親に聞き返す。

「今、何と仰いましたか……?子供二人を死刑、と?ディウラートを……死刑にすると、そう仰ったのですか?」

心臓が早鐘を打つ。息が出来ない。鼻の奥がつんとする感覚さえ、苦痛へと変わる。

必死に絞り出した声は震えるどころか、何処までも冷めて鋭く尖っていた。

酷い目眩の最中、わたしは国王を睨んだ。

わたしの声を聞いてなのか、両親は一度顔を見合わせた。

「ディウラートが王弟の末子であることは、知っているか?母親に似たのか、幼い頃から床に臥せっている虚弱な子供だ。故に、其方とは面識がないであろう。私とて、会ったことがないのだ」

母親に似て虚弱?一体誰のことだろうか?

ディウラートから、彼の母であるフローリアが虚弱であったとは聞いている。しかし、彼はそうではない事を、わたしは知っていた。

日々の虐待と繰り返し毒を盛られた事によって、痛みの感覚は麻痺し、毒に慣れざるを得なかった彼が、虚弱?

冗談も甚だしい。

「例え虚弱であろうと、王弟の、犯罪者の子であることに変わりはない。ディウラートも死刑に処する。これは決定事項だ」

お父様の言葉に、王弟一家が、ディウラートについて嘘で塗り固めたでたらめな情報をお父様に伝えていたのだとわかる。そしてお父様は、それを信じてしまった。

ああ、とわたしは心の中で呟く。

お父様の言葉が、悪魔の言葉の様に感じる。凶悪な殺人犯の様だ。

頭では、分かっている。お父様は国王として正しい判断をしている。

罪人を持つ一族は、王国に反旗を翻す前に処刑しなければならないのだから。

それは、理解できる。大好きで、尊敬するお父様の判断は、間違っていないのだ。

けれど何故、何の罪もないディウラートが、連名で罪を負わなければならないのだろう?

何年も孤独の中で苦しみ続けた彼が、何故?

彼だって。いや、彼が一番の、王弟一家の被害者だと言うのに。

涙さえ、出てこなかった。

目の前は真っ暗になる。

最も救いたいと望んだ彼が、死を迎えようとしている。

彼の傷だらけの背中を。笑顔を忘れた白い顔を。守り、癒し、包み込んであげたかった。

――それなのに、彼は死ぬ。死んでしまう。

それも、大好きなお父様の手で。いつかわたしの手に譲られる、法典のせいで。

大切なもののせいで、大切なものを失ってしまう。

ただその事実を受け入れる事が出来ず、全てを拒否するように身体がすくんだ。

「……あ……ああっ!」

涙のかわりに、魔力が身体中を駆け巡り、暴走する。否、涙も共に溢れていたようだ。

視界がはっきりとしない。

「――!っ、――!!」

膝から崩れ落ちたわたしに、誰かが何かを叫んでいる。

遠退く意識の中で、わたしはディウラートの姿を見た。

――首を失い、冷たく真紅に染まった彼の姿を。

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