第26話 帰城と襲撃

翌朝。

お父様の指示のもと、わたしはセルバーと共に帰城することとなった。

ディウラートの様子も気になったが、下手に王弟一家を刺激してしまうと彼の身にさらなる危険が及び兼ねないことから、行動できずにいる。

定期的に王都と学院を行き来しているセルバーは、もともと今朝帰途につく予定だったらしく、それにわたしが同行する形となった。

朝早くに設けた面会の席で、殺害計画と帰途に同行する旨を伝えると、セルバーもその側近たちも、驚いてはいるようだったが、どこか落ち着いて見えた。

「あまり、驚かないのですね……?」

「そうですね。ゼウン様を差し置いて王女の婚約者となる訳ですから、これくらいのことは覚悟しておりました」

少し困ったような笑顔で、セルバーは言った。

自分の命が狙われているのだ。恐怖しないはずがない。

それでも気を乱さないセルバーは、本当の意味で王族に相応しいような気がした。

わたしたちは、諸々の話し合いをして、今後の行動を確認する。

準備が整い次第、直ぐに学院を出立すること。

今すぐに襲撃があるとも思えないが、万が一に備えて学院の騎士を護衛につけて帰途につくこと。

王都に着けばすぐに王城へ登り、来る襲撃に備えて守りを固めること。

よりセルバーの立場を確固たるものにするため、王城ですぐに正式な婚約をすること。

その婚約によって、王女の婚約者襲撃というより重い罪を、ウォルリーカを含む計画犯・実行犯全員が背負うことになることが、この場に居る全員が周知することとなった。

「わざわざ正式な婚約を早めるのですか?」

「ええ、そうです。これはお父様の命、王命です。ウォルリーカやゼウンのこれまで行いをご覧になって、お父様も憤りを感じておられました。身分の低い者を手にかけようとするより、身分の高い者を手にかけようとする方が、罪が重いでしょう?これまでの行いの罰も含め、王女の婚約者襲撃の罪にとう方が、何かと都合が良いのですよ」

「なるほど……。確かに、目を覆いたくなるような行いを繰り返しておられましたからね。陛下も、いくら弟君のご家族といえど、我慢ならないのでしょう。大義名分を得た上で、これまでの罪ごと償わせると?」

「その通りですわ」

セルバーは納得したように頷いて、けれど少し憐れむような表情で窓の外を見た。

「ところで、情報提供者が居たとお伺い致しましたが、何方なのですか?」

ふと思い出したように、セルバーが首を傾げた。

わたしは逡巡の後、笑顔でこたえる。

「申し訳ありませんが、情報提供者についてはお教えできませんわ。さあ、早く出立の準備を致しましょう」

わたしの言葉に、皆が一斉に動き始めた。


王城へ戻る数日間を一時の休学とし、わたしはセルバーと共に馬車へ乗り込んで魔術学院を後にした。

「悪かったね、マリエラ。私のために休学することになってしまって。けれど、君のおかげで危険にさらされずとも済む。ありがとう」

揺れる馬車の中。二人きりということもあってか、口調を崩したセルバーが申し訳なさそうに言った。

「いいえ。わたくしたちは、婚約者同士ですもの。未来の夫婦として、支えあうのが当然でしょう?それに、このような緊急事態では休学も致し方ありませんわ。セルバー兄様が謝ることではありません」

わたしの言葉に、セルバーは少しだけ表情を和らげた。

「それにしても、ものものしいね。自分の命が狙われているなんて、正直あまり実感がないな」

馬車の外には、魔術学院の騎士たちがこの馬車を囲むように隊列を組んでいる。王都への転移魔法陣に乗った後は、王都の近衛騎士団が護衛としてつくことになっていた。

「襲撃をしてくるのなら、おそらく今夜か、明日の明け方です。守りは固めますが、セルバー兄様も重々にお気をつけ下さいませ。……人が傷付くのは、もう見たくありませんもの」

ふと、あの日の傷付いたディウラートの姿が浮かんだ。

昨晩の手紙以来、何度手紙を送っても返事が届かなくなってしまった。気を失っているのか、魔力枯渇によって魔法陣を使えないのか。

いずれにしても、ディウラートが危険な状態にあることは明確だった。

助けに行きたくても行けない。またあの日のように心も身体もぼろぼろになっているかもしれない彼の、側に居ることが叶わない。

こんな悔しい思いを再び抱くことになれば、わたしはきっと耐えられないだろう。

「もう、見たくない……?」

セルバーが、そっとわたしを見つめた。

しまったと思ったけれど、もう遅い。わたしは、とっさにどう言い訳をしようかと考える。

ちょうどその時、突然の浮遊感に襲われ、わたしは転移魔法陣によって王都に転移したことを知った。

「王都の門をくぐりましたね」

「話をそらしてはいけないよ、マリエラ」

セルバーは一瞬苦笑して、けれど話を聞き出さんとする姿勢を崩すことなく言った。どうやら、明け透け過ぎたらしい。

うっ、と言葉に詰まる。

助けを求めるように車窓の外を見やり、わたしは悲鳴を上げた。

「きゃあぁぁ!」

馬車の外では、魔術学院の騎士と近衛騎士団による、護衛の引き継ぎが行われていたのだが――。

魔術学院の騎士たちが転移魔法陣で学院に戻った瞬間、近衛騎士の一人が隣の騎士に剣を振るったのだ。

攻撃を受けた騎士は、突然のことに反応できず、剣で受け止めるとこも防衛魔法を展開するこどできずに、その場に倒れた。

いつのまにか降り積もっていた雪に、じわりと赤がにじむ。

わたしは、目を覆って窓から飛び退いた。

いくら目をきつく瞑っても、今しがた見た鮮血が頭から離れない。

「マリエラ!」

セルバーがわたしの肩を抱き寄せて身を固くする。

あの攻撃を皮切りに、怒声や魔法を展開する声、悲鳴や金属がぶつかり合う音、衝撃音などが、馬車を囲むようにして響きはじめる。

「近衛騎士同士で、攻撃し合っている……」

不自然なほど凪いだ声が、絶望の音をのせて零れ落ちる。

顔を上げてセルバーを見れば、顔色を無くして窓の外を凝視していた。

ガタッ、と馬車が揺れ、わたしたちは抱き合うようにして崩れ落ちる。

一体、何が起きたと言うのだ。

セルバーへの襲撃であることは理解できる。ただ、騎士同士で攻撃し合う今の状況は、まさに異常としか言えない。

不安と焦りが募る。

全てが想定外だ。これほど早くに襲撃があるなど、誰か予測できるだろう。

「守りの結界を張ろう!このままでは、この馬車がもたない」

震えながらも、セルバーが冷静に杖を取り出した。構えた杖の先から、光が淡くもれる。

半球を描きながらわたしたちを囲いはじめる光の壁に、わたしはそっと息をつく。

「すまない。マリエラを巻き込んでしまった……。けれど、きっと大丈夫。私が君を守るから」

知らずセルバーにすがり付いていたわたしは、その言葉と、頭にのせられた温かで大きな手に、顔が熱くなる。

恥ずかしいやら、嬉しいやら。けれどその何よりも、恐ろしさが勝った。

「……ありがとうございます、セルバー兄様。けれど、一体何が起こっているのです?近衛騎士同士で攻撃し合うなど――」

わたしが言いかけた時だった。

激しい衝撃音と共に、馬車の扉が大きく開いた。攻撃に応戦していた騎士たちの守りが破られたのだ。

「うわぁ!」

「きゃっ!」

わたしたちは悲鳴を上げて身を寄せあう。

耳元で大きな破裂音が炸裂し、耳の奥がキンッと鳴って、一瞬間、全ての音が遠のいていく。

セルバーの結界が、完成するすんでのところで攻撃され、破られてしまったのだ。

守りの結界は、完全に完成するまではとても脆い。

開かれた扉から、目元以外全て顔を隠した黒服の人物が、杖を構えて入ってくる。

黒服の正体を、わたしは知っている。ディウラートが以前話していた、王弟の私兵だ。

わたしとセルバーは、それぞれに杖を構えた。

構える手に力が入らない。取り落としてしまわないようしっかりと握り込み、鋭く相手を見据える。

そうでもしなければ、身体の奥から這い上がって来る怖気に耐えられないからだ。

恐怖に眩む視界の中、黒服の人物の後ろに、ある人物の姿を垣間見る。

近衛騎士団・第三部隊隊長、リドマン侯爵。

今回わたしたちの護衛をしてくれている第二部隊所属ではないはずだが、なぜ彼がここに居るのだろうか?

そこまで考えて、ふと思い出す。彼が、王弟派閥に所属している貴族であるということを。

リドマン侯爵は、黒服の人物からわたしたちを守るどころか、嫌らしい笑みを浮かべてこちらを見ていた。

杖を握る手が、汗でぐっしょりと濡れていく。

「謀られましたね……」

「ああ、そのようだね」

わたしたちが暗殺計画の情報を得たことにいち早く気付き、先手を打ってきたことがわかる。

でなければ、わざわざ王弟派の属さない第二部隊を選んだというのに、王弟派閥の彼が居ることに説明が付かないのだ。

「これはこれは、王女殿下にセルバー様。ご機嫌麗しゅう。……一体、どこから情報を得たのやら。まあ良いでしょう。王女殿下、貴女もここで死んで頂きます。情報を得て下手に行動を起こした貴殿方が悪いのですよ……口封じです」

ニタリと口角を持ち上げ、リドマン侯爵は手を掲げた。

それが合図だったのだろう。目の前の黒服の人物が、杖を振るった。

恐怖に身がすくみ、まるで縛り付けられたように動けなくなる。

時が、まるで進んでいくことを拒むように、敵の攻撃の全てがゆっくりとして見えた。

眦をつり上げ、杖を振るう様。杖の先から閃光の閃く様まで。

まるで見せ付けてくる様に、はっきりと見てとれた。

それなのに体だけが言うことを聞かず、応戦することも、攻撃を防ぐこともままならない。

はっとした時には、セルバーの体が弾き飛ばされ、馬車の内壁にぶつかり、どさりと床に落ちていた。

「兄様ぁぁ!!」

服も皮膚も焼ききれ、体の至るところから血を吹き出すセルバーの姿に、ぐちゃぐちゃの感情が涙となって溢れてくる。

這いずって、セルバーを庇うように体勢をとって黒服を見上げる。

涙で何も見えないけれど、それでも頑としてセルバーにこれ以上手を出させまいと、相手を睨む。

脳裏に、傷だらけのディウラートの姿が過った。セルバーの姿に、ディウラートの姿が重なる。

身体の奥から、身を焦がしそうなほど激しい感情が押し寄せて来るのがわかった。

一陣の風を受けた炎が、瞬く間に天空へ突き抜けていくかのごとき烈々たる感情が、わたしを支配する。

「わたくしは、貴女たちを許さない」

口をついて出た言葉は、黒服の人物でもリドマン侯爵でもなく、ウォルリーカへ向けた言葉だった。

頭のどこか冷静な部分で、警鐘が鳴っている。怒りに任せた行動をしてはいけない、と。

それでもわたしは、握りしめた杖へ魔力を注いだ。

呪文を唱える唇が、ひんやりとして微かに震える。

わたしの心を表すかのように出現した炎の龍が、杖先から飛び出して黒服へ向かって牙を剥く。

龍が黒服を呑み込む。と、見えた瞬間、何処からかなされた攻撃によって龍がかき消えた。

リドマン侯爵が、こちらに杖を突き付けていることに気が付く。

けれどもう、遅かった。

リドマン侯爵の存在に意識をそらしてしまった刹那、黒服の人物がわたしに攻撃を繰り出していた。

気付いたときには、時既に遅く、わたしはぎゅっと目を瞑る。

この攻撃は避けられない。防ぎようがない。

これほどの至近距離だ。恐らく、攻撃をまともに受け、わたしは死ぬ。

沢山の場面が、人が、脳裏を過っていく。

これが、走馬灯というものだろうかと、どこかでぼんやりと考える。

誰よりも優しくわたしを見守ってくれていた大好きなお父様とお母様。いつでもわたしを支えてくれたエマやリューク、ブローシスの皆。兄と慕ったセルバー。

そして、ディウラートの姿。

最期になってやっと、彼の存在の大きさに、彼への想いに、気が付いてしまった。

大切なだけではない。守りたいだけではない。わたしは彼に恋をしていたのだと、どうしようもなく確信してしまう。

――あぁ。こんなにも心が彼を欲している。

死の間際になってやっと大切なことに気が付くとは、我ながらどうかしている。

もう、何もかも遅すぎると言うのに。

迫り来る蒼の光線が、閉じた瞼の隙間を縫って視界に飛び込んでくる。

死ぬ。そう思った時だった。

どこからか温かな光が溢れ、わたしを包み込む。

その温かさが、ディウラートを抱き締めた時のそれと似ているような気がして、強ばった身体から力が抜けていく。

恐る恐る瞼を上げ、目に映ったものに息をのむ。

光の印から溢れた光が、攻撃を阻む盾となっていた。

それどころか、攻撃は光に跳ね返され、そのまま侯爵を襲う。

侯爵は、短い断末魔を上げた後、消し灰となって風に拐われて行った。

黒服が、瞳を恐怖に染めて身を翻し、姿を消した。

ゾッと、怖気が全身を這い上がる。わたしも、侯爵のように跡形もなく消え去っていたかもしれないのだ。

光の盾は徐々に崩れ、小さな光の粒がきらきらと舞いながら消えて行く。

その最後の一粒が消えるまで、わたしは息をするのも忘れてその光景を見ていた。

完全に光が消えると、うっすらと感じていたディウラートの気配も消えてしまう。

その途端、ぶるりと激しい震えに襲われる。

何が起こったのかわからない。ただわかるのは、わたしが助かったという事実だけだ。

しばし放心状態だったが、けれどセルバーを振り返り、また馬車の外でわたしたちを守ろうとしてくれていた騎士たちが敵を制圧した事を悟り、助けを求めるために馬車を降りた。

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