第24話 血と知らせの手紙(1)

例のごとくブローシスたちを下がらせ、わたしとノーラ先生は何度目かの報告会を行っていた。

勿論、あの光の印についてである。

「ノーラ先生、何かわかりましたか?わたくしも様々な文献を調べてはみるのですが、何の収穫もないのです」

わたしの言葉にひとつ頷くと、ノーラ先生はある古びた本を取り出してきた。

「そちらは?」

「これは、生徒や部外者の立ち入りを禁止している、教師のみしか入れない学院の古書庫で見つけた古い書物です。マリエラ様も、ご覧になったことはないでしょう」

「まあ!そのような場所が?わたくし、知りませんでしたわ」

立ち入り禁止の古書庫と聞き、わたしはつい興味をひかれてしまう。

ずい、と身を乗り出すと、ノーラ先生はいたずらな笑顔で首をふる。

「ふふ。いけませんよ?いくらマリエラ様でも、立ち入りは許せません。けれど、その向上心と好奇心は素晴らしいですわ」

「あら、残念です……」

わたしは浮かせていた腰を下ろすと、ノーラ先生に先を促した。

「それで、その古書庫で見つけた文献に、何か目ぼしい記述があったのですね?」

「ええ、そうなのです!見つけた時の感動と言ったらもう……!ぜひ誰かと共有したいと思いましたわ。その文献がこちらです」

ノーラ先生は興奮ぎみに、けれど丁寧に本をわたしの前へ差し出した。

本自体がぼろぼろで、題名すらかすれて読めない。相当古い書物なのだろう。

ノーラ先生が瞳を輝かせながら説明を付け加える。

「こちらは、この学院の創設者で初代校長でもあった、トゥーラ・ハーツェ女史の手記です。古い物ですから、文字もほとんどかすれて消えていますが、辛うじて読めるところもございます。以前この手記の写しを取った五百年前にはもうこの状態だったらしく、その写しがこちらですわ」

そう言うと、ノーラ先生は表紙の読めるきれいな本を取り出した。

その本に、わたしは見覚えがあった。

「あっ!そう、この本です!この本であの印を見たのです!!」

わたしが声をあげると、ノーラ先生は嬉しそうに頷く。

「この写しは普段は公開されていませんが、一時学院や王城などで公開されていましからね。それで見覚えがあったのですよ」

「なるほど、そうだったのですね」

わたしが感心して頷くと、ノーラ先生は写しの方を開き、あるページで手を止めた。

「こちらが、あの光の印に関わる記述のあるページです」

そのページには美しい挿し絵があり、それはまさしくあの光の印だった。

「アールヴの印、と言うのですね」

挿し絵の下の文字を見つけ、わたしは僅かに目を細めた。

この印の説明と思われる文章もすぐ近くにあった。

こちらは原本で読めない箇所が多かったのだろう、穴あきだらけだ。

それでも、とびとびの文章を繋ぎあわせれば、何となくの意味はわかってくる。

わたしは、どんどんと大きく早くなっていく心臓の拍動を落ち着かせるために繰り返し深呼吸をして、その文章に目を通した。

「アールヴの印は、人と妖精を繋ぐ……契約印?アールヴと言えば、古の時代からこの国に強く根付いている妖精信仰の対象となっている、妖精の一族でしたね?」

情けなく震えるわたしの問う声に、ノーラ先生は頷いた。

「その通りですわ。どのような効果があるのかは定かではありませんが、かつて、人と妖精を繋ぐ契約魔法が存在していたのでしょう。そしてその印が、マリエラ様にもあるのです!教育者としても研究者としても、これほど興味を引かれることはありませんわ!」

言葉を重ねる度に徐々に熱を上げるノーラ先生だったが、はっと気が付いたようにこちらを見て、気まずげに椅子に座り直した。

そうとう研究者心をくすぐる発見であるらしい。

先生は一度言葉を区切ると、あらためてわたしを見詰める。

「おそらくは、以前マリエラ様がおっしゃっていた少年は……」

わたしは、ノーラ先生の言葉を制した。

その先に続く言葉は、わたしにもわかっている。

「あの子は、アールヴ。つまり、妖精ということですね?」

言ってしまった。

ついに、予想が確信に変わってしまった。

重々しく頷いて肯定を示したノーラ先生も、顔が強ばっている。

「そうです。マリエラ様のお話によりますと、お父様は人間のようなので、妖精と人間との混血なのでしょう。……マリエラ様。この少年をどのように扱っていくのか、よくお考え下さいませ。わたくしは、王女である貴女様の命とあらば、この口を閉ざしましょう」

「え?」

わたしは、動揺に思わず声を漏らした。激しい動機がおさまらない。

「それは、どういう意味ですか?」

おそるおそる聞くと、ノーラ先生は言葉を選ぶように視線をさ迷わせる。

先程まで興奮に輝いていた表情は影を潜め、躊躇いがちに、けれど真剣な眼差しで言った。

「アールヴは本来、伝説の生き物です。その文献は少なく、トゥーラ・ハーツェ女史の手記も、はるか千年以上前のもの。アールヴという高位の妖精の存在を、信仰対象として信じこそすれど、現実に存在するものと認識している方は居ないでしょう。信仰対象とは、存在しない不確実なものだからこそ信仰対象になりうるのです。現実に存在し、しかもそれがマリエラ様の語る少年のように、私たち人間と差異の無い存在であったなら、どうなるでしょう?これまでのように妖精は信仰の対象でいられるでしょうか?わたくしは、そうは思いません。妖精信仰は不信感に揺らぎ、脆く崩れるでしょう。しかしこの国の妖精信仰は他国のそれとは違い、生活の基盤、ひいては国家の基盤として強くこの国に根を張っています。それが根本から覆ることになれば、国家のあり方そのものが揺るぎかねないのです。そしてその少年の身も、安全であるとは思えません」

わたしは、その言葉に何ともいえない衝撃を受けた。

アールヴという存在は、ディウラートという少年は、それほどに危ういな存在なのだと、知らしめられた気がしたのだ。

「ノーラ先生、わたくしはどうすれば良いのでしょうか?あの子は、今とても酷い状況下に置かれています。わたくしは、どうにかあの子を救ってあげたいだけなのです」

素直な気持ちが、さらさらとこぼれ落ちた。

そうだ。わたしはただ、ディウラートを王弟一家のもとから救いたいだけなのだ。

そう思うと、彼が人間か妖精かなんて、さして重要ではないような気がした。

この国でアールヴは信仰の対象だが、わたしにとってディウラートは、いつも心の中にある大切な守るべき存在なのだった。

けれど、特別な血を引く彼だからこそ、保護という形で囲えるのではないかと考えた。

国王であるお父様にとっても、おそらくディウラートは予想外で、とても重要な存在となるだろうから。

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