第19話 二人の時間(2)

突然動かなくなってしまったディウラートを前に、わたしは焦った。

「ディウラート、大丈夫?」

慌ててディウラートの顔を覗きこんだわたしに、ディウラートはゆっくりと視線を合わせた。

最近仲良くなれていたぶん言い出しにくく、結局直前になって言ってしまったことを反省する。

こんなにも驚かせてしまうとは、思っていなかったのだ。

「今まで黙っていてごめんなさい。何だか、言い出せなくて」

「あ、いや……別にいい。大丈夫だ」

謝ると、ディウラートは視線をさ迷わせながら言った。

全く、大丈夫な反応ではない。

「わたし、学院に行くのがとっても嫌よ。学院は楽しいのだけれど、ディウラートに会えなくなるのは、寂しいもの」

ディウラートも、同じ気持ちで居てくれるだろうか?会えない半年間、無事で居てくれるだろうか?

今さら、心配が募っていく。

会えなくなるのが分かっていたから、わたしが居なくなっても平気なように薬学を学ばせていたはずだ。解毒薬だって、沢山持たせた。

けれど、それでも怖いし寂しい。

「……私も、寂しい。マリーに会えなくなるのは」

ディウラートが、髪に手をやりながら小さくそう言ったのが聞こえた。

彼の口から寂しいなどという言葉を聞くと思っていなかったわたしは、自分の耳を疑う。

髪を触る癖が、恥ずかしいときや照れているときの癖だと知っているから、聞き間違いではないとわかった。

「貴方も、寂しいと思ってくれるの?」

ディウラートは、わたしの問に頷いて応える。

「ああ、寂しい。とても」

真っ直ぐにわたしの目を見て言うディウラートに、胸がときめく。

こんなにも素直な物言いをする彼だったかしらと思う一方、持ってきた荷物が無駄にならずに済みそうで良かったと息をつく。

「ねえ、そこで提案なのだけれど。会えない半年間、文通をしない?手紙で近況を報告しあうのであれば、十日に一度と言わず毎日でもできるもの」

嬉しくなって上機嫌に話すと、ディウラートは困ったように眉を寄せた。

「マリーも知っているだろう?私は離宮に幽閉される身だ。文通など……」

「できるわよ。転移魔法陣を使えば簡単だわ」

俯くディウラートの言葉を遮って言うと、彼は意味がわからないというように首を傾げた。

わたしは、荷物の中から紙を取り出してディウラートに見せた。

「これ、何だかわかる?」

「簡略化された、転移魔法陣か?」

「その通りよ!」

わたしは紙に書かれた魔法陣を示して説明した。

「この魔法陣は小さいし、転移できるのも本がせいぜいよ。でも、文通をするには十分でしょう?いざとなれば、薬も送れる。これなら、離宮の中からだって、手紙のやり取りは簡単よ」

彼はしばし魔法陣を見つめ、それからわたしを見た。

「確かに、これならば手紙のやり取りも容易いな」

面白いことを考える、とディウラートが感心したように魔法陣に見いる。

柔らかく目を細めたその様子がどこか嬉しそうで、見ているこちらまで頬が緩む。喜んでくれたようで本当に良かった。

わたしは、他にも渡すべきものがあったと思い出し、荷物を覗きこんだ。

「それから、これも渡しておくわね」

手のひらにすっぽりとおさまる小さな立方体の魔力道具を見せると、ディウラートの顔が僅かに引きつったように見えた。

「どうかした?」

「いいや?……それは、魔力を吸い出す魔術道具だな」

「正確には、魔力を貯めておく魔術道具だけれどね」

ディウラートの様子が少し気になったが、わたしは説明を続けた。

「転移させるときには、それなりの魔力が必要でしょう?けれど、怪我をしているときや体調を崩すしているときに魔力を使うと、悪化してしまうもの。だから体調が悪い時には、この中に貯めてあるわたしの魔力を使って。そうすれば、不自由ないでしょう?」

わたしが言うと、ディウラートは面食らったような表情になった。

「わざわざ、このためだけに持ってきたのか?魔力は大切だろう。万が一のために魔力を多く貯めておくのが貴族だと、以前教えてくれたのはマリーだ」

ごもっともな言い分に、わたしは肩をすくめる。

「それはそうなのだけれど。それほど多い魔力ではないし、なにより貴方が心配だもの。受け取ってくれないかしら。ね?」

魔力道具を差し出してねばると、ディウラートはしぶしぶといった様子でそれに手を伸ばした。

ディウラートが魔力道具を握ったのを確認して手を引く。

次の瞬間、彼の短い悲鳴とともに、魔力道具が地面へ転げ落ちた。

「あっ……!」

「ディウラート!?」

魔術道具を受け取った方の手を押さえて踞るディウラートの背中を、混乱しながら撫でる。

魔術道具に何か不備があったかと拾い上げるが、得におかしな点は無かった。

怪我をするようなものではないのだ。

「手が、どうかしたの?見せて」

そっと手を取ると、ディウラートの手には先程までは無かった鎖状の火傷が出来ていた。

ぎょっとして、思わず彼の手を離してしまう。

「どうしたの、それ?火傷なんて……」

困惑して言うと、ディウラートは魔術道具を指差して尋ねた。

「その鎖は、何でできている?」

わたしは、手に持っていた魔術道具に視線をおとす。

この魔術道具は小さいが重要性が高く、落としたり失くしたりしないよう、ベルトなどに付けて携帯できるようになっている。

魔術道具の上部に、鉄でできた金具と鎖があり、それをベルトに固定するのだ。

「鉄よ。この鎖と金具は、鉄でできているの」

わたしの言葉に、ディウラートは見るのも嫌だと言いたげに魔術道具から視線を外した。

「やはり、そうだと思った。そらなら、私はそれを受け取れない。私は鉄で火傷をするんだ。母上もそうだった。それが普通ではないということは、物心がついてからずいぶんと経ってから知ったが」

「……え?今、何と言ったの。鉄で火傷を?」

「ああ、そうだ」

ことも無げに頷くディウラートに、わたしは言葉を失った。

鉄で火傷なんてするはずがない。

鎖の部分に触れれば、熱いどころかひんやりとしている。

「それなら、鉄の部分を取り除くわ。そうすれば触れられるでしょう?」

わたしは努めて平静を装った。

「フシュトール」

短く破壊の呪文を唱え、魔術道具の本体と鉄の部分を切り離すと、再びディウラートへ差し出した。

「ほら、受け取って」

光の印を見たあの日脳裏に過ったある可能性。

その可能性をさらに強く意識させるように、ディウラートの火傷は痛々しく彼の手には刻まれている。

その手が、今度こそきちんと魔術道具を受け取った。

「魔術道具の使い方よりも、火傷薬の用意と薬学の勉強を優先すべきね」

「また薬学か。最近、魔術の勉強をしていないが……」

「何を言っているの?いくら魔術を学んだところで、本人が怪我や体調不良で魔術を使えないのでは、本末転倒じゃない。怪我なく健康でいることも、魔力を持つ者の義務よ」

その言葉に肩を落とすディウラートの様子が面白い。

実際のところ、魔術学院入学前の彼の年齢にしては、魔術を多く会得している方なので、魔術の勉強をそう急がなくても良かった。

外界と関わることなく生きていた彼は、自分の魔力の多さにも技術の高さにも気が付いていない。

わたしは火傷薬の手配に動き、ディウラートはわたしの持ってきた薬学書に目を通し始める。

けれど、どこか二人とも落ち着かないのは、曲がりなりにも半年間続けてきた交流が、これでしばらくの間文通のみとなる寂しさからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る