32.「遠慮はいらねぇ」


 人、人、人。音、音、音――

 視界の端から端まで、ところせましと、おんなじ制服を身に纏っているおんなじ色の人間たち。たくさんの声が混ざり合って、誰が何を喋ってるかなんて、てんでわからない。


 おんなじ場所に立っているはずなのに、オーディションライブの時とは、見える景色が違う。

 暗がりにうぞうぞとうごめく人の集団は、一塊の巨大生物のようだ。みんなが私のコトを見ているんだけど、ひとりひとりの顔の輪郭がどこか薄ボンヤリとしていて、一点の光が差し込むステージ檀上は、そこだけが切り取られた別の世界なんじゃないかなって、そんな錯覚さえ覚えた。


 私……、五奏杏の両手に握られているのは、ハンドマイク。

 私は今からココで、人生初のライブ演奏を行うらしい。



「ゴソー」


 ふいに、声。

 すっかり耳が慣れてしまった、少し野太い、しゃがれたような、ダミ声。

 目を向けると、エレキギターをしょった雷太くんの右手には、般若の面が握られている。


「コレ、使うか?」


 一瞬だけ、私は口元に手をあてて、

 すぐに、フルフルと首を横に振った。


 「そっか」とこぼした雷太くんは、手に持っていた般若面をポイッと観客席に投げ込み、暗がりに塗れたソレはもうどこにいったのかもわからない。雷太くんが、再び「ゴソー」と私の名前を呼んで。


「遠慮はいらねぇ、コイツら全員、お前のデス声で、地獄の底に叩き落せ」


 雷太くんが、ニヤリと笑う。いつもの、イタズラを思いついた小学生みたいな顔で。

 私もくしゃっと、頬をいっぱいひきのばしながら、コクンと大きく頷いた。



 再び、正面を見据える。暗闇が、うぞうぞと相変わらず蠢いている。

 ハンドマイクを握る掌に、ギュっと力を込める。

 すぅっと、少しだけ息を吸い込んで、ポツン。声を落とした。


『聴いて、ください、私たちの、オリジナル、曲――』


 電子音に変換された私の拙い声が、響き渡る。この空間にいる、全ての人の耳に、ねじこまれる。


 ずっと蓋をしていた私の声。

 ずっと届かなかった私の気持ち。


 ただ、聴いて欲しい、ぶつけたい。

 エゴなのかもしれない。……それでも、いい。

 わかって欲しいとか、肯定されたいとか、そんなコト、私は望んでいない。


 私はただ、伝えたいだけなんだ。

 五奏杏は、紛れもなくこの世界に存在している。

 キミたちと同じように、傷つきもするし、ワクワクしたりもする。

 聴こえるように悪口を言われるのはイヤだし、男の人に身体を触られるのも怖い。

 急にかわいい、って言われたら照れるし、子供扱いされるのは、ちょっとムカつくけど、実は……、そんなにイヤじゃない。


 私は、そういうコトを考えている。

 そういうコト、キミたちと同じように、私も感じるんだよって、

 それを知って欲しい、だけなんだ。


 すぅっと、少しだけ息を吸い込んで、

 再びポツン。声を落とした。


『Fuck it.(クソッたれ)』


 ドラムスティックの4カウントが響いて、雪崩のような轟音が、背後ろから、ドンッ――

 頭をハンマーで殴られたような重低音が、私の全身を震わせてる。


 今度は、少し多めにすぅっと――、めいっぱい開いた私の大口に、空気がなだれ込む。

 身体をくの字に曲げて、目を大きく見開いて、

 私の目に映る景色、その全てに対して、

 身体中に溢れている声を、ありったけの力を込めて、


 私は、叫んだ。

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