epilogue1. シンとナヲ

 どうも、大木新です。


 僕たちが起こした学園祭テロ……、『KAMURO』による最初で最後のゲリラライブから、一週間が経ちました。ステージ上の伊刈と小染を拘束して、後夜祭ライブのステージを乗っ取るという、およそ許されない悪行を働いた僕たちでしたが、結論から言うと、僕たちに対して事実上の処罰はなし。関係者全員、厳重注意&反省文という奇跡的な軽傷で済みました。……あ、謹慎中に学校にきた雷太だけは別で、もう一週間の停学延長というペナルティを課せられていたけど。単位、大丈夫なのかな。


 ……軽度の罰で済んだ理由はいくつかあると思うんだけど、まず、『関係者』が多岐にわたり過ぎていた、っていうのが一つあげられる。何十人もの生徒を一斉に停学処分するのは、学校側としても体裁が悪いのだろう。突発的に練り上げた僕たちの学園祭テロ計画には、実は結構な数の協力者が存在していた。


 まずは、亀谷率いる軽音部の生徒たち。……ぶっちゃけ、伊刈と小染はその態度のデカさから後輩からの評判はあんまりよくなくて、また、オーディションライブを観ていた亀谷が僕たちのライブの良さを熱弁してくれたおかげで、半数以上の部員たちが僕たちと『共犯者』になることを同意してくれた。彼らは伊刈&小染を拘束する実働部隊として動いてくれた上に、ライブ中に最前線で暴れまわってくれた。大多数の生徒はその熱量にドン引きしていたとは思うけど、暴徒の数が軽音部員のソレよりも明らかに多かったコトから、僕たちのライブが一部の隠れメタルファンたちに火をつけたのは間違いないだろう。……ちなみに、ライブ直前、同じクラスの松谷さんが担任の下田をパイプ椅子で殴りつけたあげく、暴徒に混じってヘドバンに興じていたという噂があるんだけど。……まぁ、噂は噂だしね。


 学園祭実行委員の控室をジャックし、体育館のステージ照明を一時的に消してくれたのは、ナヲの悪友……、もとい親友であるヒカルちゃんだ。細かい犯行内容は聞いていないけど、大方「イケ女四天王」の権威を存分に活用し、「言うコトを聞かないと学年の女子全員から総シカトされるわよ」とか脅しを入れたのに違いない。


 学園祭実行委員やら教師たちが僕たちのライブを止めに入らないよう、観客席から力づくで連中を抑えてくれていたのは、なんと我がクラス3年3組のクラスメートたちだった。僕は正直なところ、僕たちとそこまで関係が深くない彼らが協力してくれるとは思っていなかったんだけど、彼らは『小道具係』として自主制作映画の制作に貢献した僕たち……、とくに「メカラフル・フィッシュ」と呼ばれるよくわからない魚ロボの造形の細かさから、五奏さんに深く感謝していたらしく、「恩返しになるなら、あと何か面白そうだし」と二つ返事で了承してくれた。……停学くらうかもしれなかったのに、そんな軽いノリでよかったのかな。と未だに思わなくもない。


 僕たちの罪が軽症で済んだ二つ目の理由。……これは推測だけど、軽音部顧問の金剛寺先生が、大事にならないように取り計らってくれたんじゃないかな。金剛寺先生はライブ直後に僕と雷太だけを職員室に呼び出して、ハラスメントが声高に叫ばれるこのご時世など知ったコトかと、僕ら二人に大きなゲンコツをお見舞いした。でも、「演奏は良かったけどな」とこぼしながら、少しだけ口元を緩めていた好々爺の微笑を、僕は見逃していない。


 浮世離れした祭り騒ぎも、喉元過ぎれば熱さを忘れるのが相場というもので――、委員会やら部活動やら、あらゆる学内活動を後輩クンたちに引き渡した僕たち三年生は、いよいよ本格的に受験モード。……なんだけど、僕は怒涛のように過ぎ去った一か月間の余韻に未だに引きずられており、柄にもなく図書室で勉強なんかしていたんだけど、秒間で襲ってくる睡魔に抗うコトができず、ものの一時間で退散した次第だったりする。


 テクテクと一人寂しく河川敷の帰路を歩み、閑散とした駅のホームに腰をかける。

 部活動が終わるのには少し早く、実に中途半端な時間帯。

 各停しか停まらないマイナー駅のホームに、人影など見当たるワケもなく――


「あっ……」

「えっ……」


 声と声が交錯して、

 僕の視界、薄茶色のポニーテールが秋風になびく。


「……ナヲ、何してんの、こんな微妙な時間に」

「ファミレスで、ヒカルたちと一緒に勉強してたんだけど……、アイツらうるさすぎて集中できないから、私一人だけ切り上げてきた」

「……なるほど、想像に難くないね。あの子達、大学行けるのかな」

「知らね。まぁ殺しても死ななそうな連中だから、何があってもどうにか生きていくんでしょ」


 何の気なしに、当たり前のように、彼女は僕の隣に腰を降ろした。

 がらんどうの古ぼけた駅のホーム。自然界に存在する音だけが僕たちの間に流れて、静寂が支配する二人きりの空間は、以前よりも居心地が悪くない。



「あのさ」


 手放しで、声を放ってみたのは僕。

 少しだけ、躊躇しながら、でも、えいやっと。

 心の奥底にしまいこんでいた記憶のハコに、そっと手を触れて――


「中学の時、ナヲがドラム辞めちゃったのって、やっぱり僕のせい?」


 返事が、すぐに返って来なかった。

 僕たちはお互い、顔を向けるコトはせず、反対側のホームをボンヤリと眺めながら、ゆったりと流れる時間軸に、ただ、身を委ねて。


「……半分は」

「……半分なの?」

「半分は、あんたの無神経のせい。もう半分は……、変に意地を張った、私のせい」


 どこか、やさぐれたような、でも、真っすぐに透き通ったトーン。

 いつもの、ナヲの声。


 ふぅーっ、と長い息を吐き出した彼女。チラリと横目を向けると、相変わらずだらしない姿勢で頬杖をついている。掌と髪に顔が隠れて、彼女の表情がよくわからない。

 僕は誠意ってものの正体を、齢十八年の歴史の中で未だに掴めていない自負はあるんだけど。でも、それでも――

 一人の女の子の青春を遠回りさせてしまった自覚がある身としては、腐食しかかっている記憶のトゲは、やはりきちんと抜き取っておいた方がいいのではないかと、らしくもなく前のめりになっていたワケで。


「今更過ぎる話だし、許してもらえるとも、思ってないけどさ。一応、僕にとっては誉め言葉だったんだよ。その……、ドラムやってるだけあって、ナヲって足太いよね、――っていう、あの台詞……」


 相変わらず、返事はすぐに返ってこない。

 頬杖をついている彼女の表情は、相変わらずよく見えない。

 ……えっ、まさか、また、怒らせちゃった……?

 遅れてやってきた焦燥に、僕の全身からジワリジワリと体温が失われていく。

 慌てて声をまくし立てようとした僕を、丸ごと嘲るように――


「……わかってるから、アンタがただのバカだってコトくらい」


 視線だけこちらに向けたナヲが、クスッと、短い息を漏らす。

 安寧にほだされ、強張っていた僕の肩から力が抜け落ちた。


「それでも私はあの時、あらゆる意味でショックだったのよ……、うら若き乙女の純情、舐めんなっつーの」

「いや、あの、ハイ……、ホント、ごめんなさい……」

「もう、いいわよ。そんなに謝られると、私が悪者みたいじゃない。それに――」


 頬から手を離したナヲが、絡ませた両掌をグッと前に伸ばす。

 そのまま凛と姿勢を正して、屈託のない表情で笑った。


「また、誘ってくれたしね。ありがと」


 彼女の視線がまっすぐと僕に注がれる。

 僕は、彼女の一連の所作が、僕の視界に映る彼女の姿が、

 シンプルに、綺麗だなって、そう思った。


「……ったく、ここ一か月で、また筋肉ついちゃったっつーの。このまま彼氏できなかったら、どうしてくれんのよ」

「ハハッ、そしたら僕が、責任取るよ」



「――へっ……?」



 ……あっ、やばい――

 ――と思った時には、すべてが遅い。


 本当に、何の気なしに放った言葉だった。

 売り言葉に買い言葉、大した意味もなく、間を埋めるように返した台詞だった。


 ……でも、僕がしでかした事の大きさは、

 眼前に映る亜麻色の少女……、天下無敵の城井奈緒が、

 みるみるうちにその頬を朱色に染め、見たコトもないような恍惚な表情をさらけ出し、

 あまつさえ顔から蒸気を発し始めているその様相からも、

 ――到底、生半可なごまかしでは落とし前がつかない事案であろうことは、誰の目から見ても瞭然だったワケで。


 ――果たして、『決戦』。

 


「――あ、あのさっ、ナヲッ!?」

「――は、ハイッ!?」


 閑散とした駅のホームで、ゆでダコのソレを遥かに凌駕している赤面の高校生が二人。

 さっきから、北欧メタルも真っ青のビートで心の臓が鳴り響いている僕は、ノホホンと着座している心境になれるハズもなく、思わずガバリと勢いよく立ち上がり、釣られるように、なぜか対面のナヲもガバリと腰を上げて――


「……あのさ、僕、ナヲのコト――」


 半透明で、輪郭がハッキリしない霧の中。

 制服の袖が濡れるコトを気にしている余裕なんか、一ミリもない。

 ……むしろ、手をひっこめる方法がわからない。


 眼前の想い人の目をまっすぐと捉えた僕は、

 胃の奥から、三文字のテキスト引っ張り出して、

 無我夢中、本能の赴くままに、あふれ出る感情に身をゆだねるように、


 その言葉を――

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