7.「フォースコマンド発動」
「えっ……、ライタくん……、や、やってくれるの?」
「……なんだよ、俺じゃダメなのかよ?」
「い、いや、そういうワケじゃないけど……」
僕と同じく、松谷さんもまた、目を点にして驚いている。
彼女だけじゃない、パーマ女子も、五奏さん本人もギョッとした表情を浮かべ、周りの生徒たちですら何事かとザワザワ騒ぎ始めた。
「ライタ、軽音部の練習は大丈夫なのかよ?」
雷太の近くの席、一人の生徒が彼に声を掛け、
……あ、その話はタブー、
――と思った時には既に遅く。
「……あっ、辞めたよ。あんなクソみたいな部活」
ギロリと、不機嫌を隠そうともしない雷太の睨み顔に、声を掛けた生徒が「そ、そうなんだ」と委縮する。
「あと、シンもやるから」
――えっ……?
ボソリと、雷太の口から相変わらずやる気のない声が漏れて、
予想の斜め百七十度くらい上をいく、『ドラフト指名』。
即座に撤回させるべく、名前を呼ばれた僕は慌てて立ち上がって、
「……ちょ、ちょっと、勝手に巻き込まないで――」
「――ハイハーイ! これ以上話しても時間がもったいねぇ、小道具係は、俺と、ゴソーと、シン。三人もいれば十分だろ?」
フォースコマンド発動。
草笛のようにか弱い僕の声は、雷太鼓のように乱暴な手拍子によってかき消され、
――果たして、『ヤラレタ』。
ここまで空気が作られてしまえば、
覆す勇気なんて、僕にはないワケで――
「うん……、じゃあ、何かあったら私も手伝うから、とりあえず、ヨロシク――」
困ったような、でもどこかホッとした表情を見せた松谷さんがそんなコトを言い、
かくして、約三十名の若人はようやく刻の牢獄から解放される運びとなった。
――一部の、尊い犠牲をはらむことによって。
担任の下田からの簡単な連絡事項を挟んで、ホームルームが終わった我がクラスに開放感に満ちた喧騒が流れる。イの一番に雷太の席を訪れた僕は、ノホホンと着座している奴に顔を近づけ、できうる範囲で最も冷たいトーンの声を絞り出した。
「……どういうつもり? 僕は軽音部辞めてないし、受験だってあるし。学園祭手伝ってる時間なんてないんだけど」
さすがの雷太も罰が悪いらしく、僕から目を逸らして、何かごまかすようにポリポリと頬をかいて――
「いやーわりぃわりぃ。……先に話せたらよかったんだけど、ちょっと、『計画』があってさ」
――でも反省した様子は一ミリも見せずに、イタズラを思いついた小学生みたいにヘラヘラと笑ってなんかいやがる。
「……計画?」
「今度ちゃんと説明するからさ、――ってやべぇ、『獲物』が逃げちまう」
「……獲物?」
要領の得ない謝罪会見ほど、煮え切らない事案もこの世にはないだろう。
『何かをはぐらかされている』という事実に僕はシンプルにイライラしており、……でも、真手雷太という一人のバカのことは、二年半の付き合いでよくわかっているつもりだった。
何かまた、よからぬ悪だくみでも思いついたのだろうと、想像するのは決して難くはない。
そしてそうなってしまった以上、彼を止めるのに骨をいくら折っても足りないのは、自明の理であって――
「オイッ! ゴソーッ!」
もう一人の、『犠牲者』。
そそくさと、今まさに教室から出ようとしていた彼女。
――大声で名前を呼ばれた五奏さんの肩が、威嚇された小動物の如くビクッと震えて。
やる気なく立ち上がった雷太が、委縮している五奏さんに近づく。
異変に気付いた何人かの生徒が、何事かと彼らを取り巻いて――
「ちょっとツラ貸せよ」
ニヤリ。
不気味に笑う雷太と、『この世の終わり』みたいな表情を浮かべる五奏さん。
あまりにも不可解なペアリング。まるで赤ずきんと狼男だ。
『獲物』を見事捕獲した雷太が教室の外へと消えゆき、主人に抗えない奴隷の如く五奏さんもその後ろをついていく。
喧騒がザワザワと、僕の耳に流れて。
……ライタの奴、マジで、何を企んでいるんだろう。
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