6.「赤毛のトサカ頭」


 この世界には、およそ無駄な時間というものが存在する。

 個人ではコントロール不能、それでいて生産性は皆無。

 ――決着の着かない会議というのも、その類の内の一つだろう。


「誰か、いませんか? あと、この係だけなんだけど――」


 何か、懇願するようなトーンの声。

 我がクラス3年3組の学級委員長、松谷さんが困ったように眉を曲げている。

 ガヤガヤと、緊張感のない喧騒が教室に響き、「この時間が早く終わって欲しい」と皆一様に思っていることは誰の目から見ても瞭然だった。

 僕……、大木新も、紛れもなくそう思っている一人で――


 ……あ、なんの話だかわからないよね。説明するよ。

 六限目の特別ホームルーム。議題は、一か月後に控えた『今年の学園祭の出し物』について。

 うちの高校の学園祭は三年生も参加可能で、とはいえ数か月後に大学受験を控えている我らとしては、全員が全員、祭り騒ぎにフルコミットするのも現実的ではなく。参加は任意で生徒の裁量に任されている。


 うちのクラスは事前アンケートの結果により、『自主制作映画』を作るコトになったらしく。……といっても、先に述べたように強制参加ではないから、やりたい連中、クラスの半分くらいの生徒だけでひそやかに実施される運びとなった。


 演者、台本係、衣装係、カメラ係――

 やる気に満ちた連中によって大方の役割はあっさりと決まっていき……、しかし、とある一つのポジション、『小道具係』だけが中々決まらない。……それもそのはず、受験勉強の貴重な時間を削ってまで、仕事が地味な上にやることが多い汚れ役に身を転じる酔狂者は稀だろう。

 その一つの係だけが中々決まらず、永遠とも思える刻が流れて――、六限目のホームルームはまさかの延長戦突入。気だるいムードが教室全体を覆っている。


 ……ちなみに僕は、何の係にも所属しておらず、もちろん『小道具係』をやる気もない。軽音部の活動があるから――、っていうのは表向きの理由で、学園祭というリア充向けのイベントを昔っからあんまり好きになれない、っていうのが本音ではある。去年もおととしも、部活を言い訳にクラスの出し物には積極的に参加しなかった。


「お前やれよ。部活、もう引退して暇なんだろ?」

「えーっ、ヤダよ。結構大変そうじゃん。っていうか、受験勉強あるし」

「いや、それは皆そうだから……」


 ――ついに押しつけ合いが始まった。僕は自分の気配を消すのに必死だ。

 任意参加という一見束縛性の薄いシステム。――而して、それゆえに『強制参加』というフォースコマンドを実行することができない。決着のつかない議論の正体は、決定打が個人の自主性に丸投げされているコトが起因していると僕は睨んでいる。……もういっそ、映画なんて撮らなければいいじゃん……、鬱屈をねじ曲げたようなタメ息が、僕の口から勝手に漏れ出て――


「ハイハーイ! 私、ゴソーさんが良いと思いまーす!」


 ガタンッ――、と椅子の引かれる音が大仰に鳴り響き、

 うねりがかったパーマをたゆませながら、一人の女子生徒が勢いよく立ち上がった。 


「ゴソーさん、二年生の時もお化け屋敷の舞台、ほとんど一人で作ってくれたし、ああいう地味な仕事、好きなんでしょ?」


 ニコリと、

 提案者であるその女子生徒が屈託なく笑い、

 ――でも、その裏側に見え隠れするどす黒い思惑に、僕はおよそ心当たりがあった。


 何を隠そう、僕も二年生の時に五奏さん、およびパーマ女子と同じクラスだった。『ほとんど一人で作ってくれた』というよりも、彼女が喋らない――、『断らない』のをいいことに、面倒事を押し付けていたっていうのが、事実としては近しい。

 あの時と同じ、自分の名前を呼ばれて、ビクッと小動物のように肩を震わせた五奏さんが、キョロキョロと、挙動不審に周囲を見回している。誰かに、助けを求めるように。


 沈黙が、重圧となり、

 彼女の逃げ場を、ジワリジワリと狭めていく。


 相変わらず、残酷だなって思う。

 空気って。目には見えないクセに、気づけば誰かをがんじがらめにしている。

 ……それを知ってて、何もしない、僕みたいなヤツも――


「ゴソーさんがいいなら、いいけど……、でもさすがに一人じゃ大変だから、誰か、他にもサポートを――」

「大丈夫だって! ゴソーさん、一人でやれるよね~?」


 相変わらずの困り顔を見せているのは、学級委員長の松谷さん。

 五奏さんをイケニエに捧げたパーマ女子は、罪の意識なんかまるで感じていないようで、

 ……あまつさえ、皆を救ったヒーローみたいな表情さえ浮かべていて――


「俺もやるよ」


 聞き覚えのある……、というか、ほぼ毎日近くで聴かされているしゃがれたダミ声と共に、

 ガタンッ――、と、椅子の引かれる音が静かに響いて。


 ――果たして、『驚愕』。


 とある生徒の立候補。一度見たら忘れる方が難しいであろう赤毛のトサカ頭に、クラス中の視線が集まる。予想の斜め八十五度くらい上を行く展開、僕の目は、誇張なく点になっていた。

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