09

「……ど、どうしたの急に。賢者、杖返して」

「お断りします。行かないでください」

 どうしたんだろう、かなり遅めの反抗期だろうか。いかにも賢者そういうの無かったっぽいからな。まあそれならそれで魔法は手からでも使えるから特に支障はないし、帰ってから返してもらえれば良いか。

「じゃあ私もう行かな」

「魔女さんが魔法を唱える前に水魔法をかけます」

「待って何それ」

 さすがに声に出た。何その新しい遊び的な提案。あんな真剣な表情で言われても発言内容が片っ端から謎だよ。そもそも今そんなことしてる場合じゃ

「これ以上危ないことはしないでください、禁術なんて使ったら死にます」

 突然賢者が大声を出した。と言ってもちょっとボリュームが上がった程度だ。


 あ、ああ。なるほど、そんなことだったのか。

「断言なんてできないよ。限界まで魔力を使えば」

「無理です。天才と呼ばれた魔法使いでも二度使えば死ぬと言われているものが禁術です、それを魔女さんみたいな凡人が使うなんて」

 さらっと酷い。そこ気にしてるんだって、何故皆寄ってたかって突いてくるかな。でも確かに威力は平凡だけど魔力量だけは昔からよく多いって

「アンデットなんて術者の魔力の操り人形になるか暴走するかの二択です。まだ本当に蘇るのか魔力で動いているのか判明していないんです」

 それは確か前にも聞いたはず。今日、本当にどうしたんだろう。こんなに勢いよく何かを言うなんて。賢者らしくもない。

「あの時言いましたよね、そんなことしないと」

 え、あ……そういえば言った。火山で、賢者に禁術だから駄目だって言われて……

「でも、あの時はまさか必要になると思わなかったから……それに今は」

「これ以上仲間を失うかもしれないと思うのは嫌なんです」

 急にボリューム上がった。ただでさえ異様な状況なのに周りの人が皆注目してるって。一回別の場所に行った方が

「火山の国でも、魔王戦でも、いつだって魔女さんは死にかねないことを簡単にして。美女さんもそうです、お二人とも他の人のことを何も考えていない」

 確かに冒険中は妙にそういう場面が多かった気がする。でもその結果人のことを助けられたから……美女のことは助けられなかったけれど。だから今から

「ずっと不安だったんです。こっちだってもう耐えられないんです」

「賢者、でも」

「美女さんがいないのに魔女さんまでいなくなったら。……限界なんです。お願いですから行かないでください。ここに居てください」

 行かないといけない、行かないといけないのに…………駄目だ。

 ここで行ったら賢者とも会えなくなるかもしれない。

 どうしよう、それじゃあ私、行けないよ。二人とも守りたいのに、猫も含めて皆で居たいのに。

「な、何で……無理だよ。私そしたらどうすれば」

「一緒に居てください」

「無茶言わないで。そんなことしてたら私、賢者に全部ぶつけちゃうよ」

「ぶつけてください。すべて受け止めます、それで魔女さんが危ないことをしないと言うなら何だってします、だから」

 あれ、何で私賢者に守ってもらってるんだろう。


 逆だ、今は私が賢者を守らないといけないのに。これまで辛い思いをしてきたのは、冒険中ずっと耐えてたのは、今一番苦しいのは賢者のはずなのに。

 受け止めないといけないのは私の方なのに。


「……ごめん。だから、何だってするなんて言わないで」

 何で賢者はこんなに強いんだろう。私はこんなに軟弱者なのに、こんな簡単にまともな判断が出来なくなっちゃうのに、何で。自分の実力も計れないような自惚れ者なのに。

「賢者だって周りの気持ち考えてないよ、我慢ばっかして隠して誤魔化して」

 そうだ、賢者は強いわけじゃない、皆隠してるだけなんだ。ずっとずっと苦しいのを誤魔化し続けて隠し通してきただけなんだ。何かに夢中になって逃げているだけだ。

「辛いなら辛いって言ってよ。今みたいに教えてくれないと守れないよ」

「す、すみません」

「謝らないで。気が付かなかったこっちにだって非はあるんだから」

 こんなことにも気が付けないで守ろうなんて。馬鹿みたい、本当に無計画で考え無しだ。挙句一番ぶつけちゃいけない相手にみんなぶつけてしまった。何で私はどこまで行ってもこんななんだろう。二人と一緒に冒険に出たのに私だけ何も変わってない、ずっと成長できてないままだ。

「どこにも行かない、ここに居る。ごめん、ごめん賢者」

「魔女さん……」

 また涙が出てきた。さっきあれだけ大泣きしたばかりなのに、本当に格好悪い大人だ私。守られてばっかりで、美女にも猫にも賢者にも迷惑かけて。

「ごめん、もう絶対迷惑かけないから、本当にごめんなさい」

「遠慮無くかけてください。その代わりいなくならないでくださいね」

「うん、分かった。もう危険なことはしないって約束する」

 今度こそ約束破らないようにしないと。まず忘れないようにしないとだけど。




【 第三部 死亡フラグ 完 】




「あの、それからもう一つ良いですか?」

「うん、言って」

 これからは私がもっとしっかりしないと。今までできなかった分これから賢者に恩返ししなくちゃ。

「その……一緒に住みませんか? あの家、秘書さんが帰ったら一人で過ごすにはあまりにも広すぎて……」



「…………えっ?」


「……だ……駄目ですか?」


 ……い、いや、駄目ってことは無いけど。急すぎて驚いただけだ。まさかこの流れでそんなこと言われるとは思わなかった。ていうか秘書さんって住み込みじゃなかったんだ、そうだよね、あの人だって家あるよね。

「いや、あの、その……それってつまり同棲だよね」

「あ、えっと……は、はい。そのつもりでしたが……」

 ど、どういうことだ? 言ってから気が付いたけど同居じゃなくて同棲なんだ。しかもそのつもりって。待った状況がかなり理解できない。

「……え、えっと。そうですよね、分かりました、改めて言わないとですよね」

「待って待って。駄目、私から言わせて。先に言おうと思ったのは私だから」

「え、あのでも」

 魔王戦の前。死亡フラグだし今言うのも何だと思って言わなかったけど。そもそも先に気が付いたのだって私だ。本格的に気付いたのは美女に言われてからだったけど。本当に美女には感謝しか無いよ。

「賢者、好きです。付き合ってください」

「え、あの、こっちも……です」

 こんな時でも一人称を使わない。まさか賢者、だから先に言おうとしてたんじゃ。

「ちゃんと言って。私は賢者の一人称も含めて好きだよ」

「え、えっと…………わしも好きです、付き合うと言わず結婚してください」

 やっぱりちょっと違和感はあるな。多分口調が敬語のままだからだけど。でも、この一人称なんか好きなんだよね。おおらかな感じがするというか。

「こちらこそ………………って、え。結婚!?」

「え、いやあの、勿論しばらく経ってからにはなりますが、その」

「や、嬉しいんだけど、まさか賢者がそんなこと言うとは思わなくて……」

 こんな時だからというのもあるし、第一賢者ってそんな積極的だったっけ……? 


 パニくる賢者のポケットからいつの間にか紙が落ちている。あ、そんなところ座るから紙が水に浸っちゃって…………



『遺言というか命令! 魔女ちゃんが起きたらプロポーズしろ! by美女』



「……えっ、美女?」

「あっ……その、実は美女さんからその紙を投げ渡されて……」


 成程、そういうことだろうと思った。いかにも美女らしいというか、どこまでも助けられてばっかだな。もうこんなの一生かけても恩返しできないよ。どうせ美女のことだから今も別の場所からニヤニヤして見てるんだろうな。

「で、でも、結婚してくださいと言うのは本心です」

 そして賢者見たことないくらい慌ててる。やっぱり素直な方が賢者らしくていいな。

「うん。まさかきっかけが美女の策略だとは思わなかったけど……こちらこそよろしくお願いします」

 ま。いくら美女がそう言ったって流石に入籍はもうちょっと後にさせてもらうけど。当分はそんな盛り上がれる気分にはなれないし。流石女神、地上のマナーを知らないらしいな。



 と、思った瞬間、ドアが壊れた。

「……はあ、パニックになって出て行ったと思ったら……何で道の真ん中でいちゃついてんだお前ら」

 猫、本当にドア壊しちゃったよ。一応防犯面は気にして丈夫なの付けたつもりなんだけどな。まあ結果的に言った通り帰ることは無くなったから問題は……


 あれ、ていうか、道の真ん中……? 


「周囲の目とか気にしろよ」

「……え、あ、本当だ……って、いつの間にこんなに人が!?」

 辺りを見回すと気がつけば人ごみの真ん中に居た。え、私は公衆の面前でプロポーズされたということなのか。しかも皆滅茶苦茶ニヤニヤしてこっち見てるし……警戒すべきは美女だけではなかったのか。うかつだった。

「ま、魔女さん、とにかく一旦家に戻りましょう」

「どっちの?」

「え、えっと……」

「迷うなよ! そこは普通に魔女の家に入るのが妥当だろ」

 猫の冷静なツッコミ。そうだな、確かに今は一回私の家に……ってドア壊れてたんだった。ま……まあこれも今夜っきりだし、別にいいか。


 結局城下町に戻ってきてしまった。魔王も倒せなかった。


「ところで猫はどうする?」

 玄関前で立ったままの賢者は猫の方を見た。

「連れて行きます。まだまだ試したいことがたくさんあるので」

「待て、何する気だ」

 猫が後ずさった。

 不安だ。今までは制限があったけど大魔法使いとなれば研究だとか言って何でもできてしまう。やり過ぎないよう見てた方が良いかもしれない。

「まずは魔力を抑える方法を調べようと思います。今のままだと猫は魔力が強すぎて魔物だと分かられてしまいます」

 と、思ったけれど大丈夫そうだ。

「良かった、てっきりまた危ない実験でもする気かと」

「しないですよ。猫は大切な検た……仲間ですから」

「今検体って言いかけただろ」

 た……多分大丈夫。今賢者に対して懐かしい感覚がしたけど大丈夫なはず。


 この冒険では確かに色々なものを失った。美女は殺されてしまったし、賢者の腕も切ることになった。私も物忘れが増えた気がする……いや、それは前からか。

 でも私は魔王討伐メンバーの一員で本当に良かったと思う。

 だって、旅に出なければ三人と会えなかったから。



 魔王なんて伝説の勇者様に任せてしまえばいい。

 私はそれまでの五十年間、二人を守ってみせるから。




 伝説の勇者じゃないのに王様に魔王倒せって言われた


            完








「……やっと、読み切れた」

 白髪を生やした老年の男が本を机に置くと同時に、扉をノックする音。

「失礼します、お二人が大魔法使い様にご相談があると」

「相談?……ああ、入りなさい」

 白髪の男改め、大魔法使いが返事をすると扉が開き、男女が俯いて赤いじゅうたんを見つめながら部屋の中へと入ってきた。

「そんな浮かない顔をして……相談内容の予想は付いておるが」

 その言葉に男女はばっと顔を上げ、必死な目で大魔法使いを見た。

「どうしようお父さん。もうこれ以上止めるのは限界だよ」

「爺さん、どうにかならないか。あいつのことだからこのままだと……」

 二人に対し大魔法使いは難しい表情で腕を組んだ。

 隣の部屋の扉が開く。




 瓶に黄色い花の供えられた墓石の前で、大魔法使いは佇んでいた。

「……明日から、またあの広い家で一人きりなんじゃな」

 杖を突いてしゃがみ込み、手に持っていた白い花と交換する。

「結局わしは何も守れず仕舞い……」

 横に並んで立てられた小さな墓石に白い花を供える。そよ風に花が揺れた。

「…………どうして」


 こんなことになってしまったのでしょうか、魔女さん




予告


 酒場を旅立つ少年と少女。その目的は魔王との平和交渉だった。

 魔物との共存を願う勇者の旅の行く先には何があるのか。

 そして、いつの間にか回収されていた死亡フラグの招く結末とは。


 もしも勇者が、あまりにも優しかったら――


 続く


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ここまでお読みいただきありがとうございました。

第二部

「伝説の勇者だから魔王と平和交渉することにした」

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伝説の勇者じゃないのに王様に魔王倒せって言われた 伊藤 黒犬 @itokuroinu

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