08
「その様子だと全部知った後……みたいだな」
猫は普段の乱暴な言い方のまま、落ち着いた声で話し出した。
「……うん」
「ま、まあその……この度はご愁傷様だったな」
ご愁傷様だったなって……なんか、いかにも猫らしい言い方だ。
「ありがとう、猫のおかげで少し落ち着いた」
でもこの相変わらずな感じが安心する。二人とも会えなくなっても、猫だけは冒険中と同じだ。ここに居る。
辛さが消えたわけではない、だけど猫といると気持ちが楽になる。
「とりあえず……場所を変えないか? ここだと猫と話す変な奴だと思われるぞ」
あ、そういえばそうだ。猫と話すのにすっかり違和感がなくなっていた。
「じゃあ私の家来る? しばらく帰ってないから埃被ってそうだけど」
「お前家とかあったのか」
「逆に何故無いと思ったの」
猫これはわざとボケてるんだよね、猫まで天然になったら補足が追いつかなくなる。
久々に自宅に帰るとやっぱり机や棚には埃が被っていた。しかもよりにもよって台所に巨大なクモの巣が張っている。そんなに空けていたわけでは無いから大丈夫、というのは油断しすぎだったらしい。
「狭いな」
「安月給だからね」
そしてこの安定の失礼さ。ずっと暗いよりは助かるけど。
「それで……あの眼鏡とは会えなかったんだよな」
眼鏡って賢者のことか。猫が意地でも私以外普通のあだ名で呼ばないのは何でだろう。まあそもそもどれ一つとして普通のあだ名ではないけど、特に美女とか。
「うん、会えないって秘書の人が言ってた」
「だろうな。あいつ随分派手にやってたからな……」
派手にって、そんなに賢者の怪我は酷かったの……?
「猫、賢者の怪我って」
「怪我? 確かそう酷いもんでも無かったような……左手は切ったらしいが」
左手切ったって、あの槍が刺さったところは結局凍ったままだったんだ。
美女が死んだ後に片腕を切ることになるなんて、会えないのも仕方がないよ。それを私は同じ辛さだなんてやっぱり早とちりだ。
「ま、気長に待ってればそのうち会えるだろ。王だって人だ……と言っても、あれが人のすることとは思えないけどな」
そうだ。気長に待って、いつか賢者が自分から会いに来てくれたら……
「え、猫。王って……? 王様は関係ないと思うけど……」
「は? いや、むしろ一番関係があると」
「だって賢者は自分から引きこもったって王様が」
猫は不思議そうな表情をした。して、しばらくしてから私の顔を凝視した。
「待った、お前王から何を聞いたんだ」
「え、美女が死んで賢者は新居に引きこもってるって話と……私たちを魔王討伐に行かせた理由を」
言ってる途中で猫は下を向いてしまった。さっきからどうしたんだろう、具合でも悪くなったんじゃ。というか猫の知ってる話と私が知ってる話に違いがある……?
「……魔女、今から本当のことを話す。落ち着いて聞け」
猫は急に神妙な顔つきになった。
「う、うん。本当のこと?」
「あの金髪娘が死んだのは事実だ。だが殺したのは魔王じゃない」
魔王じゃない……? あ、怪我が悪化して……ってことか。でもその怪我は魔王が
「殺したのは人の王だ」
「……え」
「人の王、お前が仕えている方の王様だ」
待って、え、猫何言ってるの。王様は思ってたより冷酷な人じゃなかった、決して考え無しに人を危険に晒すような人ではなかった。
「ま、まさか。第一、王様には美女を殺す理由が無いって」
「こんな笑えねぇ冗談言うと思うか? 理由なんてザラにある、今回の場合は奴の能力が人外じみてたのが危険因子と見なされて」
有り得ない。そんな適当な理由で人が殺されるなんてある訳が無い。王様が、美女を強すぎたから殺したって。そんな訳の分からないことが実際に起こる訳無い。
「あの眼鏡はそれを止めようとして…………って、待て。つい一気に話し過ぎた、一回深呼吸しろ」
賢者が止めようとしたのか。相変わらずだ、あんな無感情そうに見えて妙に人情に厚いところあるんだよな。美女を助けるためとなれば城にだって乗り込みそうな気がするよ。あまり荒っぽいことは似合わないけど。
「助けに行かないと」
「まず杖を置け、それで何する気だ。そもそも誰を」
誰って……そんなの決まってる。
「猫、戸締りお願い。すぐ戻るから」
「どこ行くんだ。俺の身長で戸締りは出来ないから無理だ、今は座ってろ」
「分かった。じゃあ鍵を持っていくよ」
「そういうことじゃ」
息を止めていた気がする。良くない癖だ、頭を撃たれてからつい感情的になってしまいがちになった……というのは言い訳だな。
まずは猫の言う通り深呼吸をしよう。考えるのはそれから、でないと後で後悔することになるのは目に見えている。自分で言うのもなんだけど、今の私は軽く混乱状態だと思う。
「ごめん。二度も取り乱して」
「俺が一気に言い過ぎたからだ。よく聞け、助けるのは無理だ。金髪娘はもう」
「助けられるよ」
禁術だ。アンデット……つまり、美女の死体に魔力を流して蘇らせる。死体の場所は分かっている、これでも城勤めだ。
「猫、私もう行かないと」
美女を助けないと。賢者が動けない今、私がやるしかないんだ。
「お、おい待て魔」
ドアが閉まった後に中から叩く音が聞こえた。
戻るまでにドアが壊れてるかもしれない……まあ、戻るつもりも無いからいいか。
「転移魔ほ」
唱え終わる前に横から勢いよく水がかかった。かかったというか水圧で地面に倒された。何事だろう。パン屋さんのホース壊れたのかな、水圧が上がるって一体どんな壊れ方を……
水の吹き出した方を向くと、賢者が手を突き出したまま立っていた。
「……え、け…………賢者?」
左腕が無い。猫が言ってた通りだ。
い、いや今気にするべきはそっちじゃない。何で賢者がここに、王様を止めようとしたせいで家から出られなかったはずじゃ。それに何で私の家を……
「来るのが遅れてすみませんでした」
手を下ろすと賢者は私の前に座った。ちょっと待ってここで座っちゃ駄目だ。ズボンびしょ濡れになってる、私の服もだけど…………あれ?
「来るって、特に約束とかは」
「助けに来ました。約束通りです」
助けに……そうだ、美女を助けに行かないといけないんだ。
でも賢者を危険なことに巻き込むわけにも行かないから今は一人で行かないと。さっきの水で杖を落としてしまった。杖の必要性はよく分からないけど持ってた方が
「行っちゃ駄目です」
起き上がって拾う前に、賢者が杖を拾い上げて後ろに隠した。
え、な……何で?
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