07

 王様は無意味に長いひげを指でなぞっている。

「あの者か……残念だが、あやつならここに着いたときにはもう息絶えておった」

「……う、嘘」

 今度はスルーされなかった。でも正直、こんなことなら聞きたくなかった。


 目が覚めたら兵舎の救護室だった。私はあの後三日ほど眠り続けたらしい。三日で済んだのはよほど丈夫だと言われた。

 それから私はすぐに王様から呼び出しを受けた。それで聞いた話がこれだ。

 美女は死んでいた。結局、守れなかったのだ。何で。


「け、賢者は」

「賢者?……ああ、あの青年か。あれならずっと新居に引きこもっておるぞ」

 賢者もショックだったんだ。当然だ、今までずっと一緒に冒険してきた美女が、こんな形で別れることになるなんて。いきなり、死んだなんて。

「……ありがとうございます」

 でもそれを王様にぶつけたって仕方が無い。

「もう聞きたいことは無いか?」

「いえ。……では、私はこれで」

 振り返ると私は玉座の間を出た。今度は裏門からではなく表門から出る。

 王様は落ち着き払った様子だった。魔王を倒せないことは分かっていたらしい。



「……すみません。あと一つ聞きたいことが」

 分かっていたんだ、そんなこと。私たちは誰一人として伝説の勇者様ではない。魔王を倒せるはずなんて無いことは、最初から分かっていたはずなんだ。

「何だ、遠慮なく申すが良い」

「では恐れながら。……何でですか」

 何で。何で分かっていたのに、それなのにあえてこんな旅に出したんだ。

「何がだ?」

「何で、魔王討伐なんて命令したんですか。無茶だって分かってたのに」

 全部王様のせいだ。無理だって分かっていながら、各国に連絡までして、私たちを魔王討伐に無理やり出させた。その結果がこれだ。

「落ち着け魔女。これには事情が」

「事情って何ですか」

「魔王を倒しに行く者が増えていたのだ。多くの有望で無謀な若者が死んだ」

 理由になってない。一体それとこれと何の関係が

「この国で最も能力の高い者が魔王に負けた。これが世に知れ渡ればこんな無謀者はいなくなる、大勢の有望な若者が無駄死にすることを防げる」


 ……え? あれ

「主は転移魔法が使える。死者はなるべく出したくなかったのでな、ついて行かせることにしたのだ。だが……こんな結果になったことは謝ろう」

 王様は冷酷でもサディストでもなかった、大勢の人が死ぬのを防ぐため……? 

 何で、何でそんな。何で王様謝るの。最後までゲスいままでいてほしかった。

 これじゃあどこにもぶつけようがない。人を守るためなんて言われたら、私は誰にも怒れないよ。誰も責める相手がいない。

 魔王に勝てなかった、守れなかった自分を責める以外選択肢が無くなってしまった。

「…………すみません。失礼しました」

「いや……事情を話さなかった世の責任もある」

 涙も出ない。こんなに苦しいのに、今すぐ叫びだしたいのに涙が出ないのは何でだろう。私の方がよっぽど冷酷な人間だったのかな。




 城を出て城下町をふらふらと歩き回ってみた。大した時間は経ってないから城下町は旅立ち前と何一つ変化していない。見慣れた通りで見慣れた店長さんが店番をしている。何度も聞いた音楽が遠くの方から聞こえてくる。確かこれの曲名は……あ、覚えてない。こんなことも忘れちゃったんだ。

 何一つ変わっていないはず。なのに何故か虚しく見える。逆だ、虚しいのは町じゃなくて私の方だ。何で、私はどうすればいいんだろう。


 賢者に会いたい。

 一人じゃ抱えきれない、もう限界だ。

 二人だったら少しだけでも軽減できるかもしれない。一緒に冒険して魔王とも戦った仲間だ。辛いのは同じのはず。

「あの、魔王城から帰ってきた眼鏡の青年の家を知りませんか?」

 王様は新居だと言っていた。賢者の実力だ、この国の大魔法使いに任命でもされたのだろう。家はすぐに見つかるはず。

「え? ああ、若い大魔法使い様の家か。それならそこの角を曲がったところのお屋敷だけど……」

「ありがとうございます」

「あっ、でも大魔法使い様にはまだ」

 この三日間引きこもってると言っても賢者だ。きっと会ってくれる。そうじゃなかったら私はもう耐えられない、賢者にも会えなかったら完全に壊れてしまう。やっぱり私は弱いんだ。何でか分からないけど、無理だ。

 角を曲がると前はツタの絡まっていた幽霊屋敷が今は綺麗な新築のような状態になって建っていた。門の前に人がいる。

「すみません、賢者……えっと、大魔法使い様に会わせてください」

「どなたですか? 申し訳ありませんが大魔法使い様は今……」

「魔女と言えば伝わります。大魔法使い様に伝えてください」

「は、はい」

 門の前にいた兵服姿の女性は屋敷の中へ入っていった。


 しかし一分も経たないうちに出て来ると顔を横に振った。

「すみません、ここに務めている秘書の方が会えないと……」

「な、何でですか」

「私もアルバイトなので詳しいことは……ただ、大魔法使い様は具合が優れないと秘書の方は言っていました」

 賢者が体調を……そうだ、あの時腕が凍っていたんだ。反対の手も血だらけだった。それに魔力が足りていないとなれば…………

 違う、賢者ならあれだけ魔力が残っていれば腕は回復できたはず。凍っていた反対の手は分からないけれど、でもそれだけで外に出られなくなる程体調を崩すことは無い。第一外に出られなくたって家の中で会えばいい、それすら出来ないんだ。

「……ありがとうございます」

「あ、何か伝言があれば伝えましょうか?」

「大丈夫です。すみません」

 大丈夫なんかじゃない。今すぐここで賢者を呼びたい。けど駄目だ。

 賢者だって辛いんだ。会えないくらいなら相当だ。それを無理に会おうとするなんてことは良くない、今はそっとしておくべきなんだ。私は仮にも年上なんだからそのくらいしっかりしないと。

 でももう無理だ。美女にも賢者にも会えない。

 何でこんなに辛いのか本当さっぱりだよ。親が失踪した時だってあの女の子が死んだことを知った時だってこんなに辛くなかった。耐えられた。なのに何で。


「…………もう嫌だ。誰か助けて……」

 屋敷からかなり離れた教会の裏の陰でしゃがみ込んだ。やっと涙が出た。

 頭がくらくらする。気持ちが悪い。気を失いそうだ。

「ん? そこで泣いてるのって…………まさか、魔女か?」

 聞きなれた低い声。誰でもいいから助けて、限界だ。

「…………ね、猫」

「やっと目を覚ましたのか……つか何でこんなところに」

 目の前にいたのは黒い、猫だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る