05

 杖を握った時魔王はもうそこにはいなかった。

「魔女さん後ろです!」

「え、火炎魔法っ!」

 振り返ると魔王が目の前にいたが命中した、と思ったらすぐに氷の剣が頭の上にあった。剣バージョンもあったのかそれ。

 振り下ろされる、と思った瞬間剣は光るものに弾き飛ばされた。

「なっ……え、あれって」

 猫が光った……というわけではない。今のはまさか、光魔法

「光る猫です」

 賢者の即答。

 弾き飛ばされた剣の反対側にいたのは猫、確かに光っている。

「いや待って、何で猫光ってるの……?」

 猫の方を向くと全力で首を振っている。ついでに足を寒そうにこすっている。寒い程度で済むんだ、流石丈夫体質。

「俺が聞きたいわ! おいこれやったのお前だろ絶対!」

 賢者の方を向く猫。そうだと思う。

「昨夜前準備がてら強力な魔力に反応して光るようにしました。二十四時間後には消えるはずです、多分」

「多分ってなんだ多分って!」

 やっぱりそうだった。ていうか今日賢者にしては珍しく「多分」の使用頻度が高い。賢者らしくは無いけれど魔王戦だ、普段より判断力が低下しているのかもしれない。それでもさっきは断言していたけど。


「猫?……ふーん、寝返ったんだ。まあ別に構わないけど」

 一旦退避した魔王は少しよろけて着地すると猫にあの目を向けた。

「じゃ、人と同類ってカウントでいいんだよね」

 そして手から氷の槍を出すと猫に向けて放った。

 しかし魔王が放った槍は猫には当たらずそのまま後ろの壁に当たった。

「魔王様……いや、裏切っといて様付けは無いか。魔王、俺はこれでも素早いんだぜ」

 猫はその隣の角にいた。引き続き光っている、まるで白猫だ。

「けど賢者の毒は食らったよね」

「あれはっ……その、まさかすり寄ってきた猫に毒を盛るとは思わないだろ!」

 確かに。あの時は私もこの子怖いなって純粋に思ったのを今でも覚えている。

「あれ、魔女さんいつの間に猫のこと思い出したんですか」

「え……あ、本当だ」

 いつの間に思い出したんだろう。ていうか何で逆に忘れてたんだろう。でも良かった、魔王を倒す前に思い出せて。

 猫は魔物だ。覚悟はしていたけれど魔王を倒したらもう会えなくなってしまう。

「せっかくだからさ、最後に何で裏切ったのか教えてよ」

 魔王は新たな氷の槍を作ろうとして手を止めた。

「別に裏切るつもりは本来無かった、というか元々は拉致られたようなものだけどな」

 言われてみると拉致に違いはない。脅して誘拐してって……改めて酷いことしてるな私たち。ていうかあの二人。

「単純なことだ。魔王城にいるよりこいつらといた方が気楽で楽しい」

 猫がデレた。デレとは言えない範囲かもしれないけど猫ならこれは十分デレだ。

 でも楽しかったのかあれ、私にはどうも猫は散々な目に会っていたようにしか見えなかったけど。

「……ケットシー、いつの間にこんな特殊な毒使えるようになってたんだ」

 魔王は槍を作らないまま手を引いた。その手はよく見ると浅いが引っかき傷がついている……猫が槍を突き飛ばした時に引っかいたんだ。魔法を使えなくすると言うことは麻痺効果のある毒だろう。

「俺はそんな生半可な物持ってねえよ、ただ俺のだと昔試した通り、魔王には効かないと思ったからな」

 つまり賢者の毒だ。さっきまで猫がいた場所には紫色の池が出来ている。

「へえ、よくそんな前のこと覚えてるね。作成当初の話じゃない?」

「むしろ忘れたくても忘れられねえっつの」

 そして明らかに苦い表情をする猫。よほど酷い目に遭ったんだろうな。



「……ま、お喋りはここら辺にして。魔法が無理なら物理攻撃するまでなんだけどね」

 そうだった、魔王には高い魔力だけじゃなくて物理的な攻撃力もある。当たれば即死だ。けれど魔法が使えない今、魔王に放った魔法が防がれることはない。

 なら攻撃する隙を与えなければ良い。

 魔王が拳を構えて飛び上がった。

「火炎魔法っ!」

 炎に包まれた魔王は眉間にしわを寄せながらも炎から手を出し殴りかかってきた。けれどその手は私の肩に当たりかけて地面に叩きつけられた。床に穴が開く。

 やっぱり、あの威力をまともに食らっていたら回復不可能だ。肩に軽くかすっただけでも血が……腕が飛んだ。早く拾って回復しないと多量出血になる。

「か」

「回復してる余裕なんて無いよ」

 すぐに横から蹴りが飛んできた。

「毒魔法っ」

 賢者だ。横から紫の液体が噴射され魔王の顔面にかかった。顔面って。

「今のうちに回復してください!」

「そ、そうだった。回復魔法!」

 拾い上げた腕を回復魔法で付けたが出血のせいか感覚が鈍っている。杖を反対の手に持ち替えた方が良さそうだ。

「魔法使いが二人って想像以上に面倒かもね」

 魔王は顔の毒を手で払いながら呟いた。

「魔法を使えるのは二人じゃないぞ」

 払いきる前に横から猫の黒いビームを受けて横に手を突いた。

「猫って魔力弾使えたんですか」

「え、あれ魔力弾って名前だったんだ」

 ここまで来て初めて知った。黒いビームなんてダサい名前では無かったらしい。

「ほらほらよそ見してたら危ないよー」

 棒読みだ。いや今そんなこと言ってる場合じゃなかった。

 声がした方は……賢者がいた方だ。


 あ、どうしよう。間に合わない。

 魔王の手が賢者の頭に直撃する。


「賢者っ!」



 何かが飛んだ。


 今飛んだのは賢者の頭ではない、魔王だ。魔王が吹っ飛んだ。

「……え、今のって」

 確かに光っていた、光っていたけど猫じゃなくてもっと真っ直ぐな光だった。

「あれ、決心付いたんだ」

「うん。無茶苦茶理論だけど……人にやらせるより、自分の手でやらないとと思って」

 横を見ると美女が手を伸ばしたまま立っていた。内容が全く分からないのは多分私だけじゃないはず。いつものことだけど。

「何言ってるのか意味不明だけど……ん、意外と致命傷かも」

 あの魔王が致命傷って……一体どれほどの威力で放ったんだ。

 魔王の腕は壁に叩きつけられていた。肩から血が出ている……


 え、血? 

 魔王って魔物じゃなかったっけ、何で血が出てるんだろう。

「魔王お前……魔物じゃなかったのか」

「私は生物だよ、唯一無二の魔王っていう生き物」

 一瞬人が角を付けているのかと思った。けどよく考えたらあんなハイスペックな人間が存在できるとは思えない、伝説の勇者様でもない限り。

 あれ、でも唯一無二って生き物なら親がいるはず。もしくは作成者とかがどこかに……いや、生き物作成するって何。私が知る限りそんな神業なことはまだ成し遂げられていない。アンデットだとしても親は絶対にいるはず。

「まさか……美女の子供」

「魔女ちゃん!? 私独身だよ!…………あ、いやあながち間違ってないかもだけど」

 あながち間違ってないって何。なんか闇が深いよ。

「え? 私に親なんている訳………………ああ、成程ね」

 そして納得するのか魔王。

「ま、関係ないけどね。皆殺しにするまでだから」

 魔王血も涙も無い。でもそうだとしたらこれって……

「……丁度毒も切れたみたいだし」

 えっ、いつの間に

 氷の槍が魔王の手から美女に向けて飛んだ。しかし美女は全て素手でキャッチした。

「毒が切れたと言っても……もうだいぶ魔力切れっぽいね」

 美女の手の中で槍は溶けた。

 言われてみると魔王から感じる魔力が弱くなっているような気がする。減ったといってもボス級な上、城自体の魔力が高いから分かりにくい。

 私たちの魔法を完全に防いでいながらあんなに温度の低い氷の槍や剣を作り出すなんて、魔力を消費していないはずが無かったんだ。

「とどめを刺すなら今です。魔女さん、魔王に全力で火炎魔法を放ってください」

 賢者の魔力は半分以上減っているけどまだ少し残っている。これならとどめがさせるかもしれない、私の魔力残量は……

「……あ、ギリギリだ」

 そうだ、あれだけ全力で魔法を乱発しておいて魔力が減ってないはずが無いのは私も同じだった。これじゃあ弱い威力の火がちょっと出るだけ、強い威力を出そうとしても出る前に気絶して終わりだ。

「魔女ちゃん、目つぶっててっ!」

「え」

 振り返る前に緑色の液体が頭からかかった。びしょびしょだ、だけど魔力量が一気に増えた。半分くらいだけどこれなら足りる。ていうか本当にぶっかけられた。

「ありがとう、これなら行ける」

「させるわけないでしょ。その前にこれで」

 魔王が槍を作り出して振り上げた。けどその前に猫に背中を引っかかれた。

 床に広がった血には紫色の毒が混ざっている。

「悪あがきしてんじゃねえよガキ、もうおしまいだ」

 魔王は床に腕を突くと槍を拾おうとした。しかし手が痺れたのか掴めていない。

 きっともう浮かせて放つほどの魔力も残っていないのだろう。

「氷魔法っ」

 賢者が声を上げると魔王の居た場所に巨大な氷の柱が立った。柱はじわじわと内側から溶けていく。

「魔女さん今です!」

「任せて、火炎魔法っ!」

 唱えると同時に溶けかかった柱目掛けて杖の先から炎が噴き出した。氷魔法を火炎魔法で防いでいた魔王にはこれを避ける余裕は無い。


 炎が消えると焦げあとの真ん中で魔王はうずくまっていた。顔を上げようとしている、まだ息はあるらしい。

「こ、このくらいで……」

「ごめんね。魔王」

 ただ、顔を上げ切る前に美女が氷の剣で魔王を刺した。

 魔王は動かなくなった……倒せたらしい。

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