03
貧乳だ。
ちょっと待った、第一印象がこれはおかしいと思う。やり直し。
「魔王が……美少女?」
若干演技臭くなってしまったが、そこに座っていたのはそうとしか表しようのないものだった。
顔立ちの整った白髪の少女が、襟に毛のついたマントを羽織ってそれこそ宿屋にありそうな木の椅子に頬杖をついて座っている。残念なのはここから見てわかるくらいの貧乳なこと、あと目つきが殺意に満ちていることくらいだ。
「確かに一見すると人間の少女ですが、あの角を見る限り魔王で間違いないですね」
賢者はこの魔力の中でも表情一つ変えていない。
残念なことの三つ目、前方に座る白髪の少女の頭には、側近のとは比べ物にならないほど大きくて曲がった角が生えている。
勿論見る人が見れば残念なことには入らないだろう。そんなこと言ったら前の二つもそうだけど。私は胸がどうであれかわいければいいと思うのであとは目つきさえというところだ。あの目からは私たち、否、人への憎悪しか感じられない。
「魔王…………あ、あれ? 貧乳……?」
一方美女は何とも微妙な表情で白髪の少女、魔王を見つめている。私ですら気になるのだから美女ならそこに目が行くのは当然だ。
駄目だ、完全に魔王の第一印象が貧乳で決定してしまった。
魔王は立ち上がると更に目を細めた。
「何? さっきから胸ばかりじろじろ見て」
バレていた。多分本人も胸をコンプレックスに思っているのだろう。魔王もそういうところ気にするんだ。あと声かわいい。
て、いつまでもこんなこと言ってる場合じゃない。
「倒しに来ました」
賢者それはどっちなんだ。いろいろストレートすぎる。
「倒しに?……ああ、人の王の回し者か。よく此処まで来れたと思うよ凄い凄い」
こっちは超棒読みだ。一応最終決戦のお約束だからやるけどそんな事より早く殺したいという感じがものすごく伝わってくる言い方。ていうかお約束を知ってるということは魔王って物語系の本とか読むんだ。どういう心境で読んでるんだろう。
「人って本書くのだけは上手いよね。それ以外には存在意義を感じられないけど」
あ、そういう心境か。人が褒められてるのか蔑まれてるのかわからん。比率的に言ったら蔑まれてるんだろうな。
「どんな本読むの?」
つい癖で聞いてしまった。私の平和ボケは多分修正不可だ。
「最近で言うとこれとか……あと、これなんかも面白かったよ」
普通に返事してくれた。目つきそのままなのが逆に怖い気もするけど。
魔王は椅子の裏から本の山を取り出すと、その上にあった二冊を手に持って見せた。どっちも読んだことがある。右は最後主人公がヒロインをかばって禁術を使うシーンが特に感動したっけ、左は全編ギャグ調だったけどそれがまた面白かったと言うか……
あれ、どっちも最後魔王が倒される話じゃなかったっけ……?
「けど人って自分が命奪ってる自覚ないよね」
本を椅子の裏に戻しながら魔王はこっちに目を移した。目線だけですでに弱い氷魔法をかけられているような感覚になるのは気のせいではないはず。
「魔物を倒すのは平和のためって言うけどさ。具体的に目の前の魔物を殺すことがどう平和につながるとか何も考えてない。考えることを放棄してるというか、言われたことをただやってるだけ」
確かに本を読んでいて、主人公が魔物を殺すときにあれこれ考えているようには見えなかった。そう言われてみると魔物を殺すって殺人とかとどう違うんだろう。
「言っとくけど人なんて私たちが滅ぼさなくてもいつか滅ぶからね? どうせ共通の敵がいなくなったら国同士種族同士で戦争ばっかするに決まってる」
魔王が言っていることにも一理あるかもしれない。
「今は全員まとめて、私を倒せば世界平和なんて訳の分からない理屈を妄信しているに過ぎないんだよ」
そこまで言い切ると魔王は息をついた。彼女が視線を落とすと床に一瞬で薄い氷が張った。
本では魔王を倒した後、世界平和が訪れた、で終わってしまう。
だけど現実はどうだろう。果たして訪れた……で終わるのだろうか。本と違って現実には続きがある。滅びる以外のエンディングなんてない。魔王を倒した後も世界があると言うことは、魔王がいなくなった後は前のような生活に戻っていくと言うことだ。
魔物がいなくなる前って平和だったっけ。私はまだ小さかったからよく覚えていないけど、確か遠くの方で戦争が起こったという話をよく聞いていた。今でこそ聞かないけれど、それは魔王の言う通り共通の敵がいるからに過ぎないのかもしれない。
あれ、私何で今までこんな単純なことを考えたことが無かったんだろう。
本当に魔王を殺すことが、魔物を滅ぼすことが正しいのかな
「魔女ちゃん危ない! 避けてっ!」
「え」
氷の槍が顔の横を通り過ぎた。槍は髪をかすり後ろの壁に刺さった。
「今は考えている暇はありません。戦わないとここで殺されます」
賢者はすぐに火炎魔法を唱え魔王に向けて放った。椅子は引火して燃え上がった……が、魔王は既に椅子から離れていた。
そうだ。私たちは魔王城の魔王の部屋にいたんだ。余計なこと考えてたら殺される。
「来たことは褒めても良いけど、どうせ勝てないから無駄なことはよして帰ったら?」
魔王が両手を床に向けると氷の槍が生えだした。刺されば一瞬で体が中から凍り付いてしまうかもしれない。あんなものを一瞬で作り出すなんて流石魔王だ。
見た目は少女でも魔力量も身体能力もあの体に収まるはずがないレベル、一生かけても人が到達できる領域の力ではない。
そんなの相手に気を抜いてなんていられない。
「火炎魔法っ!」
唱えると炎が魔王を囲った。コントロール力は前より上がっている、魔王に当てることだってできるかもしれない。
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