02

 魔王城は窓が無い、薄暗い、ジメジメしている……というのは魔王場付近まで来た人が外見から勝手にイメージしたもので、実際来てみるとうちの国の城より上なんじゃないかと思うくらいの清潔さと明るさに満ちている。城中に張り詰める文字通り高圧的な魔力さえなければ観光名所に出来るくらいだ。


「どうだ」

 側近は歩きながらこっちを振り返った。今の所側近の行動は罠とは思えない。というよりこの城の中に罠が隠されているとは思えない。

「意外ですね。側近さん花とか植えるんですか」

「私も同感! 何と言うかこう……もっとロック派だと思ってたかな」

「城の内装の話じゃねえよ。ここの魔物の話だ」

 あ、そっちか。私もてっきり内装のことだと思っていた。

「ていうかこの内装は魔王の案な」

 マジか意外だ。魔王と言えばそれこそ花なんて視界に入った瞬間燃やすような性格だと……

「側近、様付け忘れてるぞ」

「アイツに媚びへつらって魔王城入りした猫とは違えんだよ。魔王というか潔癖脳筋で十分だ」

「さっきまで褒めてた癖に情緒不安定か……? つかお前まで猫って呼ぶなよ」

 もう猫と側近はコンビ漫才でも始めたらいいんじゃないかな。私魔王城まで来ておいて何考えてるんだろう。そういや城下町の兵舎でも似たような会話をよく聞いてたような……意外に人間も魔物も考えてることは大差ないのかもしれない。

「猫のせいで話が逸れた。で、魔物についてどう思った?」

「何で俺のせいなんだよ」

 側近は猫の反論は完全無視で前を向いた。

 どうって……確かに城内でさっきから定期的に魔物を見かけるけど、こちらに気が付いていないのか洗濯物や会議に集中していた、としか……

「特には何も思いません。会議の内容も予想通り人間の国を襲撃する計画でしたし」

 賢者は何故こんな魔力の圧を前に平然と煽るようなことを言えるのだろうか。

「何自然と会議を盗み聞きしてんだ。馬鹿神の方はどうだ」

「え、あ、その……これだけ作った魔王は凄いな……って」

 逆に美女は動揺しまくって……変だ。美女どうしたんだろう。明らかにテンションが下がっているけど、急に体調が悪くなったとかだったら心配だ。

「ついでにそこの凡人」

 側近ノーコメントだ。あんなに分かり易く違和感があるのに何も言わないのか。ていうか凡人って何で私が地味に気にしてたところを丁度突いてくるのか。

「いや、私は特に……」

 でもこんな返答しかできないのはやっぱり凡人なのかもしれない。そもそも二人は着目点が違う。二人ほど個性的になりたいと言う訳でもないけれど、なんだかこのメンバーの中にいると自分の無個性さがより極まって見えると言うか。最早私の個性は平凡さなんじゃないかと思えてくる始末だ。


 そんなことを長々と考えている間に側近はふーんと言って黙った。この人何がしたかったのだろうか。



 中庭沿いの長い廊下が終わるとドアに囲まれた部屋に出た。側近は迷わずドアを開けて歩き出したが、確かにこれは私たちだけだったら迷っていたかもしれない。廊下も分岐点が異様に多いし、ここまで来ると魔王城というより立体迷路に挑んでいるような気分にすらなる。そういうアトラクションとして宣伝したら観光名所に出来るくらい……あれ、これさっきも思ったような気がする。やっぱり記憶力が低下しているらしい。


 しばらく沈黙が続く中、何かを考えていた賢者が顔を上げた。

「罠では無さそうですね」

「待ったそれ言っちゃ駄目」

 どうした賢者。いくら若干天然なところがあるとはいえ今それを言うほど抜けてはいなかったはず。まさかこの城、頭の働きを停止させる魔力でも働いているのだろうか。そうとしか思えない。

 私含め全員……会ったばかりの側近以外は、何事だという顔で賢者を見ている。

 当の本人は不思議そうな顔をしている。

「……渾身の冗談を言ったつもりなのですが」

 冗談のつもりだったのか。全然冗談になってない、というか怖いよ。

「魔女さんツッコまないんですか」

「何故私がツッコむ前提なの」

 どうしよう賢者が考えていることが本格的に分からなくなってきた。猫と側近のコンビ漫才に対抗するつもりなら出だしがあまりにも爆弾発言すぎる。

「……ぷ」

「何で美女は今ので笑ったの?」

 美女はどこにツボったのか笑いがこらえ切れていない。

 側近とかもう何だこいつらって目でこっちを見てる。良かった怒ってはいなさそう、むしろどっちかというと呆れている感じだ。

「ま、まあでも良かった。美女なんか元気無さそうだったから」

「えっ?……ああ、ごめんごめん。心配には及ばないよ、我無敵ナリだからね」

 良かったいつもの美女だ。それにしてもさっきはどうしたのだろう。


 あれ、もしかして賢者の冗談って美女を笑わせようとして……? 

「この先だ。あとはお前らだけで行けるだろ」

 側近がドアの前で立ち止まった。

 木でできた大きめのドア……こんな宿屋の入り口みたいなドアが、魔王の居る部屋のドアなのか。なんだか緊張感がそがれると言うか日常感が凄い。

「側近はついてこないんだ。魔王決戦なのに」

「必要ないからな。別に戦っても構わねえが」

「やめとく」

 今の私たちで相手が側近なら勝てるかもしれない、だけど魔王決戦前にそんなボス級と戦ってたら魔力が削られて戦えなくなる。ここは戦わないほうが賢明だ。

「賢者君、魔女ちゃん、魔力の残量は大丈夫?」

「大丈夫です。非常時用に回復薬も所持しています」

「あれ、それどこかで見たことがあるような……」

 賢者が取り出したのは緑色の液体が入った瓶。微妙に懐かしい気がする。

「魔力回復薬(仮)だね。成程つまりいざとなったらそれを二人にぶっかけろと」

「(仮)が相変わらず不安をあおるよ。あと美女普通に口から飲ませてほしいかな」

 ドアの影響か結局魔王城でもやってることは普段とあまり変わらない。いや、ドアが仰々しい金属製とかだったとしても変わらなかったかな。


 王様に呼び出されたときは駄目だと思ったけれど、気がつけば本当に魔王城の魔王の部屋前まで来てしまった。もう後には引けない、けど怖くなんてない。

 なんせ私たちは、選ばれし魔王討伐メンバーなんだ。

 根拠のない自信かもしれないけど私は信じる。二人と、あと猫となら勝てる。



「あ、そうだ賢者。これが終わったら……」

「どうしました?」

「……い、いや。やっぱいいかな」

 危ない。今言ったら確実に死亡フラグを立てるところだった。

 やっぱり不急不要な危険は冒さないに越したことはないよね。終わったら言おう。

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