12

「……あ、あれ」

 女性の手から水が出た。ちょっと出て……止まった。

 水が止まると同時に女性は手を伸ばしたまま地面に倒れた。


 え、どういうこと? 


「なっ……まさか本当に猛毒……? さ、刺したのか?」

 男は私が針を刺したと疑っている。

「……え、刺さってた? 本当にこの針猛毒だったの……?」

 そして私も疑っている。というか混乱してる。

 あれ、刺さったら死ぬって私がとっさについた嘘のはず、じゃなかったら私だって今生きてない。だからこの人にもし刺さったとしても何の影響もない……はず。

「おのれ……人が優しく接してるというのにこんな残忍なことを」

 男性は腰に刺していた剣を手に取った。

「待って、やってない。ていうか針絶対刺さってなかったって、頭を使って!」

 私が言うな。ついさっき酷い無計画性を披露したばかりだよ。

「か、火炎魔法っ!」

 そして無駄だと分かっているのに魔法を放った。もう駄目だこれ治療不可だ。

 目の前で炎が上がり、その間から剣が伸びた。



 で、地面に落ちた。


「…………あ、あれ? 火炎魔法が」

 効いている……? 





 何で火炎魔法が効いたのか。そもそも何で効かなかったのか。


 その理由は少し考えてみればわかった。あの女性が遠くから魔法を発動させて、男に魔法がかかるのを防いでいたのだ。私の火炎魔法を氷魔法で防いだように、逆に氷魔法なら火炎魔法で防ぐことが出来る。風魔法が効かなかったのは……多分私の実力不足だ。そう考えたら女性が倒れた理由も想像がつく。魔力欠乏だ。


 これで謎は全て解けた。さすが名探偵……って何その突然のナルシスト発言。あと探偵じゃなくて魔王討伐メンバーだってば。ていうか本職も兵士だし。

 帰ったら寝よう。それよりもう一回病院に戻った方が良いかもしれない。

 ところで結局小屋の鍵は見つからなかったな。もういいや、燃やそう。

「火炎魔法っ!」

 なんか常識的な感覚がどんどん消えていくせいで魔王討伐後にまともに生活できる自信がなくなってきた。まず倒せるかどうかではあるけど。


 小屋のドアが燃え落ちて中に入ると、少女と賢者は縛られて床に横たわっていた。

「二人とも大丈夫?」

「……ん」

 エルフの少女が顔を上げた。フードが無いから尖った耳が見える……いや注目すべきはそこじゃなかった。顔色はちょっと青い、貧血気味に見える。

 噛まされていた布と縄を外すと少女は少し俯いた。

「大丈夫だった? 頭……撃たれてた」

「ああ、私は大丈夫だった。それよりそっちこそ大丈夫? 顔青いけど……」

 頷く少女。フードが無いと髪が余計に揺れてかわいい。この病弱な感じであんなに強くて回復魔法が出来るというのはアイドル的な意味でも売れると思う。

「私より……あの人、ずっと寝てる」

 心配そうに少女は賢者の方を向いた。

 確かに賢者は全く反応しない。さっきから寝たまま……いや、あれ普通に寝てる。そういえば今朝も眠そうだったしこんな風に横になってたら寝るかもしれない。賢者のことだから状況とかあまり考えてなさそうだし。

「賢者、起きて。もう皆倒したよ」

 倒した……と言えるのだろうか。ま、まあ魔力を削ったという意味では女性も私が倒したと言えるかもしれない。そういうことにしておこう。

「ん……ん?………………」

 目を覚ました賢者は明らかに不思議そうな様子。そして二度寝した。

「待った、寝ないで」

「……ん」

 起きた。眼鏡が無いからなんか違和感がある。

「せめて布と縄外すまでは起きてて、すぐ終わるから」

「ん」

 さすがに眠っている成人男性の拘束を解けるほど私に力は無い。筋力とか体力で言ったら平均をかなり下回るラインだ。駄目ださっきから思考が定期的に脱線する。そんなこと言って無いで早くここから出よう。


「……あ、ありがとうございます…………魔女さん?」

 布を取るなり賢者は私の顔を確認した。

「な、何で病院を抜け出してきたんですか」

「バレたか……」

「バレますよ。こんなに早く退院できるはずが無いです」

 さすが賢者。しかしあのエルフの子もかわいいけどこうしてみると賢者もやっぱかわいい……や、騙されるな。賢者の本質はかわいいの斜め右だ。

「けど二人とも元気そうでよかった。一時はどうなることかと」

「それは……こっちのセリフ」

 少女に言われた。何だろう、あんな小さな子に言われると大人としてグサッとくる。

「そういえば猫さんがついてきてたはずです。見ませんでしたか?」

 賢者はもう眼鏡を拾って普通にかけている。

「え、猫?……あ、小屋の裏にいた魔物のことか。あれ賢者の飼い猫……?」

「飼い猫ですか……? あながち間違ってはいませんがどちらかというと被検体です」

 そうだったのか。いつの間にそんなの拾ってきたんだ……猫もなんか気の毒だな。やっぱり賢者はかわいいというか怖いな。うん。

「それより……他の仲間が来る前に、逃げた方が良い」

 少女が焦げたドアを見ながら呟いた。

「それもそうだね。あ、じゃああの猫も回収していこう」

「俺ならここにいる。ていうか回収ってなんだその言い方」

 でた、さっきのケットシー。いつの間にか部屋の中にいた。



「……っと」

 病院の中に着地した。ベッドの上に倒れたはずの点滴は片付けられていて、新しいものが今すぐ付けられるよう万全の状態で準備されている。でももう私は普通に元気なので多分使わない。ていうかあと少しで魔王城なのにそんな風に寝てるのは気が引ける。無理だ。

「誰も居ませんね。美女さん、魔女さんを探しに行ったのかもしれないですね」

「え、じゃあまたさっきの所に戻って探しに……」

 転移魔法を使おうとした時、音が鳴るほど勢いよくドアが開いた。何事だ。

「居た! 賢者君とエルフちゃん……あと猫も!」

 美女だった。やっぱり全行動が極端すぎると思う。……まあ今回は私のせいだけど。

「美女ごめん、抜け出しちゃって」

「もう私暴れちゃ駄目だよって言ったのに……でも良かった、皆無事で」

 心なしか美女の声が涙ぐんでる気がする。暴れちゃ駄目ってそういう意味だったのか。あれは確かに美女のセリフであってたらしい。

「もう夜。今夜はこの国で泊っていった方が良い」

 少女が窓の外を見て呟いた。

「え、でも……ああ、確かに。貧血気味なの診てもらった方が良いかも」

「お前もな」

 足に猫パンチされた。猫、魔物のくせに攻撃が柔らかいな。だから賢者に捕まるんじゃないかな。

「改めて聞くが……俺のこと本当に覚えてないのか?」

 猫は神妙な顔つきで私の方を見ている。え、覚えてるもなにもまず私が知らない間に賢者が拾ってきたんじゃ……? 

 しかも何か賢者と美女は驚いた顔でこっちを見ている。あれ、もしかして私が何か重要なことを度忘れしているのかもしれない。そういえば私の名前何だっけ。

「え? ま、魔女ちゃん変な冗談だよね、猫のこと忘れちゃった……?」

 美女は知ってるらしい。なるほど、私が度忘れしているのか。確かに一度検査を受けた方が良いかもしれない。

「他に忘れていることが無いか確認した方が良いです。例えば名前や住所など重要な情報は……」

「実は……名前が分からなくなってた」

「えっ」

 賢者と美女……だけじゃない。猫と向こうにいた少女も驚いた顔でこっちを見た。

「そういえば賢者の本名……は良いとして、美女の本名って聞いたっけ」

 あだ名で呼び合ってるから分からなかったけど、もしかしてこれも忘れているのかもしれない。

「あ……え、私の本名? この際言っちゃうけど無いよ」

 あれ、これは今衝撃の事実を聞いた感じだ。私以外二人とも名前が無かったのか。

「そうなると三人とも名無しになりましたね」

「あれ賢者君も名前無かったんだ。ちょっと意外」

 個人的には美女の本名が無かった方が意外だった。賢者の方は先に聞いていたからかもしれないけど。

 なんというか偶然にもほどがあるくらいな気がする。逆に私だけ本名があるというのもなんか微妙な気分だったかもしれない。

 いいや、もう城下町に帰るまで思い出す努力を放棄しよう。



 検査の結果は特に異状なしだった。調べた限りでは他に忘れていることも特になかった。魔法も全種類、前の通りに使えた。欲を言えばちょっと威力が上がってたりしないかなと期待したけれど、弱い者は弱いままだったし電気魔法は外れて猫に当たった。話によると猫はいつもなにかと不憫な目に会うらしい。

 

 次向かう先は最果ての国、そしていよいよ魔王城だ。

 火山の国では妙に色々なことが起こった気がする。けど、次はもっと予想外なことが起こるのだろう。というか魔王決戦だし起こらないはずがない。全部予想内だったら勝て……いや、正直それも怪しいか。相手は魔王だし。



「にしても……なんか私、最近賢者のことばっか考えてる気がする」

「奇遇だな。俺もだ」

 賢者が先に男子部屋に戻ったあと、不意にそんな事実が浮かんできた。

「魔女ちゃん、それは恋だね」

 そして美女本日二度目の衝撃発言。風呂上がりに髪を乾かす美女の姿は絶景だ。

「え。……猫?」

「なっ!? ち、違う俺のは恐怖だ!」

 猫は違うらしい。恐怖って……今まで何されてきたんだろう。


 いや、まさかね。多分私のはショタコンに近い何か、変態性というやつだ。

 もしこれが恋愛感情だとすれば魔王城には死んでも連れて行きたくないはずだ。

 三人一緒に魔王討伐を果たすことを願うというのは、つまりそういうことなのだ。




【 第二部 名無し 完 】



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