06
賢者は龍の死体を観察している。その傍で美女も観察してる。
やってることは同じに見えるけど多分あれ目的が全然違う。賢者は研究とか情報収集だとして、美女がそんなことをするとは思えない。あの表情、素振りからしてまさか龍を食べようとか思ってるのかもしれない。
あ、とうとう噛みついた。
「美女待って、それ食べるものじゃないから」
「そうかな? 意外とおいしいよ龍」
止めに入った時、すでに美女は龍の足の三分の一を口にくわえていた。
口から血を流した美女の笑顔はまさに弱肉強食……。
この絵面はもう魔王より魔王って感じがするよ。スペックは勇者と並ぶんじゃないかというくらいだし、この人やっぱり神でいいんじゃないかと思えてきた。明日から崇めようかな。
「魔女ちゃんも食べる?」
「食べない食べない。ていうかそれおいしいの?」
「うーん……まろやかな肉汁が濃厚な血のソースと混ざりあってどことなく香る腐敗臭が」
いや全く想像つかない。しかもその言い回しされるとこっちまで食べたくなってくるよ。どことなく香る腐敗臭って表現は初めて聞いた気がする。
そういえば美女って前も猫食べようとしてたし、魔物を食べるのは彼女の文化だと当たり前のことなのかもしれない。あれ、でも魔物って食べても灰になるよね。
「でも……正直パンの方がマシかな。帰ろっか」
美女が立ち上がった。あんな食レポしといてパンのほうがマシなんだ。
「ねえ賢者、龍は確かアンデットだよね。魔物なのに何で灰にならないのかな」
宿でふと今更な疑問が浮かんできた。
「アンデットは生物の死体に魔力を流して作られるからです。魔物のアンデット系は死体風に作られているだけで、実際は純粋な魔力のみの存在です」
賢者はさっきから拾ってきた龍のうろこを眺めている。
「え、じゃあつまり龍は魔物じゃないってこと……?」
「そうなります。神獣とか妖精の類ではないでしょうか」
なるほど、ここから先は多分分からない。
「一応補足しておきますがアンデット作成は禁術なので駄目ですよ」
「しないよそんなこと」
彼は私を何だと思ってるのか。第一そんな技術力も魔力も私には無い。
どうやらアンデットとアンデット系は別物らしい。
アンデットは死体に魔力を流したもの。つまり蘇生した死体だ。
しかし生き返りなんて都合のいいものでは無く、大体の場合失敗して術者の魔力の操り人形、または暴走して破壊のみを目的とするものになるらしい。
高度な技術があれば稀に成功して生前のように生き返ることがあるらしいが、今のところそれも魔力で動いているのか、はたまた魂が入っているのかは不明だと言う。そもそもそんな健康で綺麗な死体はめったにないので実用的ではない。
もし私がアンデットを作るだけの技量を持っていたとしたら……誰を蘇生していただろうか。実際持ってたとしてしないけど、でも生き返りの存在を知ったらつい考えてしまった。
そして気が付いた。私の身の回りに死亡者は特にいない。
家族は皆元気だし、今どこにいるのかは正直よく分からないけど。
勤め先も兵団とはいえ城下町内の見回りや困りごと解決くらいしか仕事が無いから死者なんて出るものじゃない。ていうかこのまま行くと私が初の死亡者になるんじゃないかな。
今までいかに平和な環境で暮らしてきてたかが身にしみて感じられる。
まあ、だから平和ボケしてると言われるのかもしれないけど……。
村が燃えている。
「……え、えっと……これは」
まさか賢者が放火したんじゃ。もしくは私が寝ぼけて火炎魔法使ったとか。
でもよく考えたら私たちがいたのはこんな田舎村じゃない。
つまり私が寝ぼけて転移魔法を使い、その上で放火したということ……?
「そこの子、逃げなさい! もうすぐそこにも火が来るよ!」
炎の向こうから男性の声が聞こえてきた。子供? こんな火の中に子供がいるというのか。なら早く助けないと。
「水魔法っ!」
少しだけ鎮火した。けどここまで燃え盛っていると、この程度じゃ消火し切るのは無理だ。とりあえず今火が消えたところを捜索してみよう。
私だけならいい、ここに来てしまったのが私だけならいいけどもし誰かを巻き込んでいたら。宿代が不安で結局同室になった美女なんかは巻き込んでいる可能性が高い。彼女のことだから炎の中に放り出されても熟睡し続けてるかもしれない。
「た……助けてくださいっ! 体がっ……」
女の子の声だ。良かったまだ意識はある。これなら声を頼りに探し出せる。
「助けに来たよ、もう少し頑張って!」
こっちも声を張り上げる。この炎の中だ、かなり声を出さないと届かない。
「ね、姉さんっ……!? こ、来ないで! 燃えてしまうわ!」
突然女の子が叫んだ。
姉さんって私には妹も弟もいなかったよね。まさか生き別れた姉妹が、なんてことはないはず。となると彼女は私と自分の姉を間違えてる……?
いや今そんなことは関係なかった。そんな状態なら尚のこと早く助けないと。
「どこにいるの! すぐ向か……っ」
「だ、駄目! 姉さんには……無理よ」
炎の中から女の子の姿が現れた。
彼女は潰れた家の柱で体を押しつぶされていた。
「な……い、いやあのエルフの人の時みたいに柱を燃やせば」
「そこの二人! 救助隊が来たから早く逃げなさい!」
よかった、救助隊が来たなら柱をどかせるかもしれない。そしたら回復魔法で彼女を助けられる。幸い出血量はそこまで多くなさそうだから……
「……え、あれ?」
炎の中から女性に腕を掴まれた。私の手は思っていた以上に小さかった。
「あなた自分の名前言える? 意識ははっきりしてそうね、逃げるわよ」
「え、あ、あのあそこにまだ女の子が」
振り返ると炎の中でさっきの女の子が咳をしていた。
「あの子、貴方の家族? 申し訳なけどあれはもう助けられないわ」
「でも柱をどかせばまだ」
「そんな事より今は避難よ。確かあなたは回復魔法が使えると聞いたから……」
駄目だ、抵抗できない。引っ張られていく。
どういうことなのだろう、私も熱さで幻覚を見ているのかもしれない。体が小さな子供のそれになっている。そういえば水魔法もいつもより威力が弱かった。
「こ、こら暴れないで。早く避難しないといけないんだから」
この人救助隊なのに置いていくつもりだ。このままだとあの子が死んでしまう。
「嫌です、自分だけ逃げてあの子を置いていくなんて……っ」
一瞬でも私のことを姉と思ってたんだ。その子を炎の中に見捨てるなんて……
「救助隊ってのは名ばかりだな。子供が二人いたら二人とも助けるのが仕事だろ」
遠ざかる炎の中から老人のようなしゃがれた声が聞こえた。
「あ、あれは」
「ああ、一緒についてきた兵士よ。馬鹿ね、あんな子助けたってどうにも……」
兵士? 何で犯罪を取り締まる兵士がこんな火災現場に……?
「そこの救助隊の嬢ちゃん、兵士ってのは何も折檻することばかりが仕事じゃねえよ」
木が割れる音。あの人一人で柱を持ち上げている。女の子を助けようとしている。
あれ、この光景どこかで見覚えがあるような……
「兵士の本来の仕事はな、助けることだ。ここで助けられなくてどうするってんだ」
やっぱり。昔このセリフを聞いたことがある。
え、じゃあここってまさか私が住んでた……
……なるほど、夢か。
久々に懐かしい夢を見た。けど私が炎の中に飛び込んでいったのはこれが初めてだと思う。旅の影響で臆病性がマシになったのかな、だといいけど。
寝る前に考えていたことの答え。
家族でも何でもないけど、私ならあの女の子をアンデットにするかもしれない。まあ、私の技量じゃ中途半端になって暴走ルートまっしぐらだけど。
結局あの後女の子は煙を吸って帰らぬ人になった。あの時の兵士のおじさんは、せめて最後を見とれて良かったと悔しそうに言っていた。
これは確か十五年前、私が十歳の頃のことだ。
目を開けるとそこには見慣れ……てはいないけど、どこに行っても似たような見た目の宿屋の天井があった。
「……あれ、何か賢者がいるような気が」
「ええ、目の前にいます」
その前に賢者がいる。しかも服装は昨夜のロリータワンピ。
分かった。これ、まだ夢の中だ。
え、あんなシリアスな夢を見た後にこれ? 本気なの……?
私はまた今夜もこの夢を見るつもりなのか。何それただの変態じゃん。もう救いようのない変態だよ私。凡人かつ変態とか最悪なコラボ起こしてるよ。
「寝直そう。もう朝っぱらから気まずい気分になるのはごめんだ」
「何を言ってるんですか魔女さん」
夢の中とはいえ何で賢者はその服装でそんな冷静なの。こっちは大混乱だよ。
「だって今夜もあんな変な夢を見たら私、明日賢者にどう顔向けしていいか……」
「寝ぼけてるんですか。今は夢じゃなくて現実です」
いやそんな訳がない。あの真面目な賢者が真夜中に女子部屋に侵入してくるとか有り得なさすぎる。
「さてはお前、私のそういう願望の化身だな。ここで成敗してくれる」
「大丈夫ですか?……でもやっぱり勘違いではないようですね。安心しました」
勘違いって何? 私何か勘違いしてたっけ、こういう時賢者の一人称を抜いた話し方は主語が分からなくてもどかしい。ていうか安心したって一体何に?
賢者はワンピの裾を直すと床に座り込んだ。
「昨夜は驚いて何もできませんでしたが……出来るだけ抵抗しないようにします。回復魔法も使えるのでご自由にしてください」
え、抵抗って何? 回復魔法を使うような何をする気なの?
ていうか昨日あれ驚いてたのか。賢者反応が薄すぎるよ。
待って、これ夢だよね。私まさか夢だからってそんなことをする気なのか。
「だ、駄目駄目! 賢者ってまだ未成年でしょ」
「いえ? 現在二十二なので成人はしています」
その見た目で成人だったのか。てっきり未成年かと……って成人だとしてもこれは良くないよ。何を基準にしようとしてるんだ。
第一美女も横で寝てるし。いくら彼女が熟睡してるからってここでは駄目だよ、せめて別室に行くとか。
「あ、うっかりしてました。回復魔法は使わないほうがいいですよね。黙ってます」
いやいや、だからどんな過激なことをするつもりなのさ。黙ってるってこの状況で黙られたらものすごく気まずいってば。
謎の沈黙の中、私は異変に気が付いた。
「賢者、どうしたの……?」
「はい?……あ」
どうしよう。
これ、本当に夢じゃないのかもしれない。夢でこんなことが起こるはずはない。
「な、何で泣いて……」
「す……すみません、つい。気にしないでください」
賢者はいつもの無表情のまま、泣いていた。
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