07
「ほ……本当に大丈夫? 暖かい飲み物入れてこようか?」
暖かい飲み物と言ってもよく考えたらお湯しかない。私の無計画者。
「いえ、あの……色々すみません。やはりこちらの勘違いでした」
賢者は着替えながら呟いた。ていうか私の目の前で着替えるというのはどうなのだろう。やっぱり一度常識を教えた方が良いかもしれない。
こっちの方が落ち着くかと思い男子部屋に来た。来たは良いけど猫が謎の踊りを踊っているせいで余計に落ち着かなくなった気がする。女子部屋も美女が始終変な寝言を言っているから大差ないけど。
しかし、なんか物凄く気まずい。けどそろそろ本題に入らなければ。
「ど……どうして急に、その、女装姿で夜這いを」
「よっ……夜這い!? な、そ、そんな卑猥な考えは無いですよ」
卑猥と言い切られた。そこまできっぱり言われると私の方がダメージを受ける。
いや、待って。そんな考えが無かったとしたら尚更何であんなことを……?
「その……前にもこのような服装をしたことがあって」
「えっけ、賢者が?」
「その時のことを思い出して、つまりそういうことなんだと思った次第です」
話が早いっつの。なんか肝心なところがするっと抜けた気がする。
「ちょっと待って、そういうこととは?」
「具体例を挙げるとすれば……殴る、蹴る、あとはあまり大声では言えませんが……」
賢者はそこまで言って視線を床にずらした。
なるほど、としか言葉が出てこない。
「勿論魔女さんを疑ってしまったことは反省しています。何かお詫びを」
確かに賢者は勘違いをしていた。だから泣いていた。私がそんなことをする人間だ思ってショックを受けていたんだ。
「何かお手伝いできることがあれば言ってください。力仕事以外でしたらどうにかできると思います」
「賢者、ごめん」
「え、な、何で魔女さんが謝るのですか? この件の非はこちらにあると思いますが」
知らなかった。賢者が、そんな痛い思いをしてきたなんて。
何も知らないで傷つけてしまった。
「ごめん。私賢者の気持ちも考えないで変なことして」
「え、あ、あの……」
突然のことに賢者は困惑している。きっと何で謝られているのか分かっていない。相変わらずだ。避けるべきことを避けるべきことと認識していない。
そして気が付いても隠そうとする。隠して誤魔化そうとしている。
「賢者」
「は、はい」
「教えて、賢者の過去のこと」
野暮だとは思う。だけど疑うくらいなら皆聞いてしまえばいい。
もう隠してばかりで誤魔化しているところは見たくない。
なんか私も混乱に乗じて自暴自棄気味になっているのかもしれない。
「過去、つまり経歴ですか? 学校には通っていませんが」
「あ、えっと、そうじゃなくて。どんな生活してたとかどこに住んでたとか……」
賢者は頷くと例のポケットの多い採取服を羽織って座り直した。
「わかりました。様々な場所に住んでいたので詳しくは覚えていませんが、思い出せる限りでよければ」
「うん。お願い」
きっと想像している以上に重くて辛い話だと思う。私はそういう話が苦手だから途中で心が折れるかもしれないな。
けど最後までちゃんと聞こう。聞いて、賢者が今まで隠してきた思いを皆受け止めてみよう。それが出来て初めて、賢者の仲間を名乗れる気がする。
勿論、結果的にどうなろうと同じ魔王討伐メンバーであることに変わりは無いけど。
賢者の話は要点だけを簡潔にまとめた分かりやすいものだった。
出身は現在地である火山の国。
家が貧乏だった為に人身売買の商人に売られ、貴族の家に買われて訓練と勉強中心の生活が七年近く続く。成程、この実力差は努力量の違いか。まあ魔力量からして才能もあったのだろうけど。
実験好きになったのはこの頃らしい。ただこれが裏目に出て、貴族の家の犬が死んだとき疑われた賢者は地下牢に放りこまれたという。そこから急激に扱いは酷くなり暴力も放置も当たり前の生活になった。最終的には再び売られて、以降どこへ行っても同じような虐待を受け続けた。
ある時もっと広い世界が見たくなって逃げだしたら王様に拾われて、能力が見込まれ魔王討伐を命じられた……で、今に至る。
ついでに本名を聞き出そうと思ったけど、賢者自身も知らないと言っていた。それであだ名呼びに賛成したのかとやっと納得した。
あと昨日は実家に帰っていたらしい。あまり歓迎はされなかったという。
淡々とした説明を聞いている間、胸が痛くてたまらなかった。
寝ぼけて踊り続ける猫で気をそらしたくなる自分を叱咤して最後まで聞き終えたときには謎の安心感すら感じた。
「……辛くなかったの?」
で、その安心感につられて変なことを口走ってしまった。
賢者は少し眠そうな様子で頷いた。
「辛くはなかったです。大抵どこへ行っても実験課題はあったので」
想像は容易にできる。地下牢に入れらようと奴隷市で縄に繋がれようと、何かしらに関心を持って夢中になっていればきっと何よりも誤魔化しになったはず。いや、賢者のことだから本当にそれを心から楽しんでたのかもしれない。
だから疑われたんだ、とも思うけど。
「ありがとう、じゃあそろそろ明日に備えて寝よう」
「はい。次向かうなら……最果ての国ですね」
「最果ての国?」
「科学技術の高さで有名な国です。魔王城に最も近い国ですね」
もうそんなところまで来てしまったのか。前半さくさくだったせいで旅が終盤に差し掛かっている感覚が全く無い。体感時間が早すぎる。老化か。
部屋を出ようとしてふと立ち止まった。そうだ
「賢者の一人称って何?」
「い、一人称?……えっと、それは」
賢者は明らかに困惑した表情でこっちを見た。やっぱり変な質問だったらしい。
「…………わし、です」
「わし?」
「火山の国の地方言葉です。……ただ、あまり使わない方が良いかと思い……」
珍しく語尾が濁っている。
なるほど、きっと貴族の家で田舎臭いとか言われたのだろう。そう考えると賢者が敬語を使う理由もそこにあるのかもしれない。ちょっと意外だ。
「私はそれ地味に好きだけどな……。まあ、今までずっと使ってなかったから多少の違和感はあるけど」
「そ、そうですか」
「うん」
多分納得はしていない。どちらかというとまだ疑問に思っている感じだ。
別に無理に使えとは言わないしそれを言う権利は無いけれど、ただこれからは賢者が気を抜いてうっかり使わないかに少し期待していようと思う。私もかなり悪趣味だ。
そういえばあの少女のことについてはかすりもしなかった。やっぱり賢者はあの子のことは知らないらしい。何だろう、どこかの貴族の娘とかかな。
改めて部屋を出ようとした時、不意に後ろでやっと聞き取れるくらいの声がした。
「お……おい魔女……解毒魔法かけてくれ…………」
振り返ると猫が踊っていた。
え、猫起きてたの……?
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