05
こんないい大人が道に迷ってあっさり誘拐されたとか、あまり知られたくなかったんだけどなあ……。
「え、昨日言ってた色々ってそれのこと!? 怪我とかしてない?」
あとは心配されるのが気まずかったというのもあるけど。
「うん。この子が回復魔法かけてくれたから平気」
「良かったあ……魔女ちゃんはもっと誘拐対象としての自覚を持つべきだね」
誘拐対象としての自覚とは。美女が良かったと言う中、賢者はまだ心配そうな表情をしている。私的には賢者が襲われてた可能性があることの方が心配だったけどな。
「この辺りは他の地域と比べて人身売買が盛んだと聞いてましたが……」
人身売買があることを知ってたらしい。他と比べて盛んって何その怖い情報。そしてその情報をどこで聞いたんだ。
あれちょっと待って。賢者がまだ誘拐犯に遭遇していないとなると、昨日のアザって結局何だったんだ……?
「あの、それで氷魔法……」
少女が呟いた。
あ、うっかり忘れていた。
「ごめんごめん。氷魔法っ!」
少女はフードでよく見えなかったけどかなり赤い顔をしていた。やっぱりすごく熱いんだ。別に彼女が超人だとかではなくて単純に耐えてただけだった。
魔法を唱えると少女の目の前に氷の塊が現れて彼女の手の中に落ちた。
ところで魔法を唱えるって言い方、今更ながら違和感が凄い。別にそれらしい呪文を陰で詠唱してるわけではないしただ魔法としか言いようがないのだけど。火炎魔法なら火炎魔法、水魔法なら水魔法と言うだけで魔法が発動する。シンプルだけど何か味気ないような……駄目だやっぱりフィクション脳になってるじゃないか。現実は効率命だ。ていうか急に私は長々と何に言及してるんだろう。
「ありがとう。助かった」
少女は氷を頬に当てながら微笑んだ。やっぱりかわいい。
「ところで貴女はどうしてこのような場所まで来たのですか?」
賢者は年下にも敬語なのか。そういえば猫に対しても敬語だったっけ。
「それは探してる人が……あれ、貴方……まさかあの時の」
少女の言った探してる人と言うのは昨日言ってた男の子のことだろう。
……で、今最後に聞こえた『あの時の』って?
「あの時?……えっと、すみませんが過去に面識があったようには……」
賢者も知らないのかい。
少女の方を見ると少し戸惑ったような様子。
「いや、その、覚えてないのなら……いい」
「すみません。記憶力はそこまで良いものでは無くて……」
いや賢者の記憶力が悪かったら私とかどうなるんだ。賢者の謙遜は周囲にダメージが行くよ。と言ってもこのメンバーじゃ私くらいしかダメージ食らうような凡人はいないけど。
しかし何だこの展開。この国に来てから賢者の素性が混乱している。
「じゃあ私、もう行く。氷ありがとう」
少女は再び微笑むと謎だけ残して上がる煙の中へ去っていった。
駄目だ、このままだと私の悪い癖で変なことを想像してしまう。龍倒したら早くこの国を出よう。そんなすぐに倒せる相手ではないと思うけど。
空気の温度が高くなるにつれて感じる魔力も強くなってきた。ただ微妙に猫や死霊騎士とは違う、生命力の無い魔力。まるでこっちの命まで吸われそうな感覚だ。
いや、この感覚の原因は熱さでじわじわ体力が削られていることも含まれているかもしれない。どちらにしても長居すべきではない場所だと思う。
「あっ、魔女ちゃん上見て! あの赤いやつって……」
美女が上空を指さした。
見上げると赤い龍が体をうねらせて空を飛んでいた。近くで見ると迫力が凄い。
「いつの間に私たち、頂上まで登ってきてたんだ……」
龍を目の前にしておいてそんな感想しか出てこない。ここを登っている間、どこもかしこも火の海か地面かの二択で移動した距離が全く分からなかったのだ。
「慎重に行きましょう。あの高さから火を吐かれたら全滅です」
いきなり何という不吉なことを。でもこの相変わらずな感じが落ち着く。
「あ、その前に猫溶かさないと。火炎魔ほ」
「火炎魔法はやめろ! こんなに熱くちゃもうとっくに溶けてるっつの!」
溶けた氷でびしょ濡れの猫が声を上げた。完全に凍ってたのにもう復活している。流石魔物の生命力。
時間はかかるかもしれない。けどきっと私たちなら龍を倒せるだろう。
百年前の旅人は一人で倒したというけど、今ここにいるのは三人と一匹。
それに私たちは選ばれし魔王討伐メンバーなのだから。
……ってこれはかっこつけすぎか。やめやめ、ささっと戦って帰ろう。
「よしっまずは龍のどてっぱらに光魔法ぶち込むよっ!」
美女の攻撃。放たれた魔法は龍に命中して爆発した。
落下する龍の体。それは大きな音を立てて地面に横たわった。
龍は既に息をしていなかった。
龍を倒した。
「……え」
思わず声が出た。
「そういえば美女さんの光魔法は当たれば最強でしたね」
賢者の冷静なコメント。
あれ、慎重ってなんだっけ?
ていうかもう美女一人で魔王城に乗り込んでも大丈夫なのでは……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます