03

「大丈夫……?」

 かわいい声。あの子は女の子だったんだ。


 目を開けると金髪のパーマのかかった髪をした、白いフードの少女がこちらをじっと見ていた。なにこの幸せな状況。

「……ってそんなこと言ってる場合じゃない。男たちは」

「逃げた。もういない」

 少女は小さく頷いた。つまり男たちはこの子が一人でやっつけたということか。

 こんなに細くて小さい子なのにどこにそんな力が……そういえば美女も細いのに馬鹿力だったっけ。最近そういう人多いのかな。

「あの辺りは人身売買の人がうろついてる。危ないから……もう行かない方が良い」

 人身売買……あの時聞いた奴隷商のことだ。こんな平和な国の裏でそんなことが行われていたなんて。そしてそれをこんな小さい子が知ってるって……。


 体を起こしてみると痛みは全く無かった。

「これって、回復魔法……?」

「私……殴るのと回復魔法を使うのは得意だから」

 あの時はかなり強く殴られたはず。まだ幼いのに全く痛みが無くなる程回復できるなんてのはかなり魔法の才能があると思う。にしても殴るのが得意って、どんな家庭環境で育ったのかが気になるな……聞かないけど。

「案内する。多分……表通りの宿だよね」

「あ、うん。ありがとう。ごめんね私方向音痴で迷っちゃって……」

「いいの。たまにそういう人いる」

 たまにいるんだ。だよね、この国の道って何か入り組んでて迷わせる気満々みたいな感じだもん。悪意のない罠って感じだ。




 少女の後ろをついて行っているうちに、いつの間にか初めにいた宿の前まで戻ってきていた。

 彼女曰く私はあの後何時間か眠っていたらしい。なるほど、確かに空がもう真っ暗だ。二人とももう宿で待ってるかもしれない。

「ここでいい? 大丈夫……?」

「もう大丈夫。ありがとう」

 お礼を言うと少女は微笑んだ。夜風で金髪のくるくるした髪が揺れてかわいい。

「……あ、そうだ。男の子のこと知ってたら教えてほしい」

 宿に戻ろうとした時、不意に後ろから声をかけられた。

「男の子って、どのくらいの歳の?」

「私よりちょっと上」

 少女はぱっと見十歳くらい。となると分からない。

 一瞬賢者かと思ってしまった。あれ、何かと賢者を疑う癖がついてる気がする。だって彼はどうも挙動不審だし……謎だらけなのは美女も同じだけど。

「ごめん、分からないや」

「そっか。じゃあね」

 少女はちょっと悲しそうな顔をしてから手を振って去っていった。どこに帰るのだろう。彼女は髪の色からしてこの国の子には見えないけど……。

 宿の電気はもう消えている。部屋の方はまだ消えてないけど、もうそんな時間なのか。


「あれ、魔女さん。今戻ってきたんですか」

 入ろうとしたら後ろから声をかけられた。

「なっ……あ、け、賢者」

「今日どうしたんですか? 何度も驚いて不自然です」

 また驚いてしまった。ていうか賢者も今戻ってきたように見えるけど、本当に何してたんだろう。

 そして怪しまれてる。でも一日に二度も自分を見て驚かれたら怪しまないほうがおかしいか。どうにか誤魔化さないと。

「そ、その実は…………って、え。賢者それどうしたの?」

「それとは?」

「その腕のアザだよ、まるで手の形……」

 言い終わる前に賢者は慌てた様子で回復魔法を唱えた。

「た……多分、道で転んだ時に出来たものです。回復し忘れていました」

 全然誤魔化せてないよ。道で転んであんなアザは出来ない、あれは明らかに人に掴まれたものだった。まさか賢者もあの男たちに狙われたんじゃ……。

「それより早く宿に戻りましょう。美女さん多分酔ってますよ」

 心配かけまいと隠してるのだろうけど逆に不安になる。

 そういえばそうだ、美女は食べ歩きするって言ってたくらいだから泥酔してる可能性が高い。それと資金がどのくらい減ってるかも問題だ。最大でも三分の一しか減らないとはいえ、この先のことを考えるとそれだけの損失もかなり大きい。




「……あ、あれ美女起きてたの?」

「起きてましたね。アルコールも感じられません」

 意外なことに戻ってみると美女は普通に起きていた。酔ってもいない。

「二人とも遅いよ! 待ちくたびれて猫撫でまわしちゃったよ」

 その手にはどうやったらそうなるんだというくらい毛の乱れた猫。あの猫がやられっぱなしだなんて、今日は一日中追い回されていたらしい。

「ごめんごめん。ちょっと色々あってね」

「色々って何? 例えば大砲の弾代わりにされたとか……?」

 美女何でそんな発想になるの、もしかしてされたことあるのか。

「美女さんは今日は飲酒なされてないんですね」

「それね、飲もうと思ったけど魔女ちゃんが言ってた犯罪は駄目を思い出して。何か飲んだらやりそうだと思ったものだから」

 あの時念を押しておいてよかった。本当は賢者に言ったつもりだったけど美女にこそ言うべきだったらしい。

「では猫連れて行きますね。おやすみなさい」

 賢者はぐったりしている猫の腕を掴んだ。

「はっ……お、おい助けろ女子! もう今夜こそこいつと一緒の部屋は」

 猫の断末魔。部屋のドアが閉まった。

 そうだ、あの時思い出した悪趣味なってこれのことか……。



「よし、男子二人が行ったことだし……そろそろあの恒例行事をやる時期だね」

 二人がいなくなった後、美女が不意ににやりと笑った。

「恒例行事って? この時期にイベントなんて無かったと思うよ」

「魔女ちゃん分かってないなあ、ある程度仲を深めた女子二人が宿にいると言うことは……性癖暴露大会だよ」

 待って、なにそれ聞いたことない。

「えっと……それってこの国の文化……?」

「まず私からね。では発表します!」

 聞いてない、ていうか聞く気ないよこの人。

「実は私おっぱいおっきいのが大好物でね……ということで」

 聞く気どころが下心満載だったよ。やばい、なんか嫌な視線を感じる。

「揉ませろっ!」

「待て美女ステイ!」

 美女は勢いよくとびかかってきた。

 ていうか美女の金髪めっちゃいいにおいする。毎日同じシャンプーを使っているはずなのに何でこうも差が出るんだ。肌もスベスベだし……


 って騙されるな私

「人の胸を揉むな! テメェの胸についてるスイカでも揉んでろ!」

「魔女ちゃん急に口悪くなった!?」

 危ない。別に減るものでもないけどなんか嫌だ。全力で嫌だ。

「ま、まさか美女今まで寝てる間とかにってことは」

「私のことどこまで卑劣な生物だと思ってるの!? しないよそんなこと!」

 説得力皆無だよ美女。どうしよう明日から別に部屋取ろうかな。

「じゃ、じゃあ仕切り直して魔女ちゃんの性癖は……」

「えっ……私も言うの?」

「当たり前じゃん、私だけ言ったら大会じゃなくて個人的な告白だよ」

 ま、まあ美女にすさまじい下心があったとはいえ、聞いといて言わないのはどうも性に合わないからな……


「……じょ、女装してる子が」

「うわぁ……魔女ちゃんマニアック」

 言うと思ったよもう。ていうかそんなに引くことなくない? 女子の巨乳好きも同じくらいマニアックだと私思うけど。

「何か色々ズタボロになった。明日は絶対別の部屋取る……」

「何で!?……よし。ならここはお詫びも兼ねて私が良いことをしてあげるよ」

 突然の提案。この流れでその言い方は怪しい匂いしかしない。

「付いてきて! 魔力はバッチリだから」

 美女は急に立ち上がると部屋を出て行った。

「魔力って……美女何する気?」

「いいからいいからっ」

 美女が立ち止まったのは賢者と猫がいる男子部屋。

「開けるぞっ!」

 そして勢いよくドアを開けると

「久々の万能ビーム!」

 ビームを放った。

 え。ちょ、いきなり何してるの。男子部屋吹っ飛んだんじゃ……



「美女さんいきなり何を…………って、え、あれこれ」

「よっし大成功。まさか万能ビームをこんな風に使用する日が来るとはね」

 美女が廊下でガッツポーズをする一方、賢者は咳をしながら煙の中から立ち上がった。


 いつの間にか賢者の服はロリータワンピになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る