02
妙だ。さっきから賢者がそわそわしている。
美女がナンパされまくってることの方はまあいつものことなのだ。特に今はこの国の布を巻いた伝統服を着ている分色っぽさが増して女の私でもナンパしたくなる光景だから、それは何もおかしなことではない。
猫が化け猫と言われて追い回されていることも何ら変なことではない。これも意外とよく見る光景だ。大体いつも逃げ切って戻ってくる。
ただ普段あんなに落ち着いている賢者がああも落ち着きを欠いていると言うのは妙なのだ。何か変なものでも食べたのだろうか。それともまさかこの国で指名手配とかになってたりしないよね。有り得るから怖い。
「魔女さん、ちょっといいですか」
「は、はい!?」
急に声をかけられたものだからつい驚いてしまった。あれ賢者さっきまで向こうにいなかったっけ、いつの間にこっち来たのか。
「……何でそんなに驚くんですか。実は少し提案がありまして」
「て、提案?」
「今日は一度明日に備えると言うことにして、単独行動をさせていただきたいんです」
いやいや今日早速龍に挑むわけない。二人とも今までそのつもりだったのか。
にしてもこのタイミングで単独行動って……なんか賢者の怪しさが二倍増しになったよ。さっきの予想が冗談にならなくなってきた。
「何なに? 単独行動? じゃあ私今日はこの国の料理食べ歩きツアーする!」
早速美女は食文化に食いついている。それは食費が危ないってば……。
「別に問題は無いと思うけど……あ、犯罪はしちゃ駄目だからね」
「一体……何だと思ってるんですか。そんなことしませんよ」
してたしてた。港の国の水路とかあの後掃除大変だったらしいからね。
ていうか今のは明らかに一人称を抜いていた。不自然過ぎて流石に気が付くよ。
「じゃ、魔王討伐メンバー解散っ!」
「美女そんな大声で言わないで、なんか恥ずかしいから」
こうして私たちは結成以来、初めて解散することになった。一日限りだけど。
「……で、ここは…………」
一人になって初めて気が付いた。私は方向音痴かもしれない。
さっきとは明らかに違う雰囲気の通りに出てしまった。
ついさっきまでは桃色の花や紙のランタンがぶら下がった町を歩いていた。人も大勢いてどこを見ても目新しいものばかり、しかしそれに夢中になりすぎていた。
確かに目新しいものばかりではある。けど雰囲気が違い過ぎる。
まず電灯が無い。光が当たらないから薄暗くてジメっとした空気が流れている。人もほとんどいない。いることにはいるけど昼からお酒を飲んでいる集団や何やら怪しげな鞄を持つスーツに身を包んだ二人組……。
危ない所に来てしまったらしい。早く出ないと。
「よぉ姉ちゃん、こんなところに一人で何やってるんだ?」
声かけられた。
振り返ると立っていたのは先ほど酒を飲んでいた集団。
どうしよう、何となくやばい気がするけどこの国の文化が分からないから何とも言えない。私は早とちりする癖があるからここは慎重に……
「え、えっと……ちょっと道に迷ってしまいまして」
「ふうん。ねぇ俺たちと一緒に来ない? 面白いもんあるぜ」
あ、これ絶対に危ないやつだ。何とか誤魔化して逃げないと。
「わ……私待ち合わせしてる人がい」
言い切る前に腹部に何かが勢いよく……って、殴られたんだ。
やっぱり危険な流れだった。もうなりふり構ってられない、今すぐ逃げないと……
走りだろうとした瞬間、体が前に崩れ落ちた。まずい、立てない。
「冒険者の女は平和ボケしてて襲いやすいったらありゃしない」
「頭、こいつどうしますか? 奴隷商に渡すか……それとも」
奴隷商って……そんなものがあったなんて。この国だけなのか、それとも世界中で秘密裏に行われていることなのか。いや、今それを気にしてる場合じゃないでしょ。まさに自分がその奴隷商に売り渡されそうになっているというのに。
確かに奴らの言う通り平和ボケしすぎていた。何も魔物ばかりが敵ではない、旅をしていれば賊だって、こういう危ない輩だっているというのに。うかつだった。
「見てくれは中の上ってとこだな。だが魔力量が多い、これは高値で売れるぞ」
「てことは奴隷商ですか。まあこのラインの女なら無数にいますもんね」
無数に……一体今まで何人誘拐してきたんだ。
そ、そうだ。魔法があった。杖は落としてしまったけど手からなら
「火え」
「おっと、魔法唱えられたら困るからな。これでも噛んでな」
「んっ!」
しまった、布を噛まされた。これじゃ魔法を唱えられない。
こういう時魔法使いは不利だ。声が出せなくさえなったら無力同然なんだから。
あ、何か急に意識がぼおっとしてきた。このままだと本当に誘拐される。
このまま気を失ったらどうなるんだろう。
奴隷商に売られて……奴隷と言うと過酷な労働をさせられたり悪趣味な実験対象になったり……ってあれそれどこかで見たような……。
世の中には生かさず殺さずで拷問を楽しむような人もいるって聞いたからな、もしかしたらそういう所に連れてかれることも…………
「ん? あそこにちびっこいのがいるぜ」
「もしかしてこいつの言ってた待ち合わせ人か」
え、子供? 何でこんな危ない場所に……いや私なんて大人にもなって迷い込んだんだっけ。
「よく分からんが高く売れそうだな、色も白いし顔立ちも良い」
「かなり強い魔力を感じますぜ。相手は子供、声さえ出せなくすればこっちのもん」
集団の男たちはその子供を捕まえる気だ。逃げてと言いたいけど声が出ない。
あれ、魔力が強い色白の子供って……もしかして賢者?
もしそうだとすればまずい、賢者は率直に言って魔法以外は全然駄目だ。私もそうだけど賢者の物理攻撃は小石を投げられたような衝撃しかないくらいだ。あんな屈強な男たちを相手にしたとき、とても歯向かえるような代物じゃ……
「っ! ごほっ」
少し離れた場所で男の殴られたような声が聞こえた。
「か、頭! こいつ……子供のくせになんて力だ……っ」
違ったらしい。しかも何か凄い強いみたいだ。最近の子供怖いな。
でもこれで助か……
待った。実はその子が奴隷商でしたとかそんなことは無いよね。もしそんなことになったら私はもう逃げようがない。
というかそろそろ視界が真っ暗に…………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます