05

『確かに貴方の攻撃を受ければ猛毒を食らいます。しかしこちらには解毒魔法があるのでそれも無意味です。それに先ほどの毒はまだあと数回分残っていますが、貴方が攻撃を仕掛けるとするならこれをもう一度受けることになります。この状況でまだ戦闘を続けようというのはあまりお勧めしません』

 あの冷淡な口調での説明を思い返してみると本当に恐ろしい。意識が朦朧としていた私ですらこうもはっきりと覚えているのだから、猫なんて脳裏から離れなくなったんじゃないかと思う。


 ただ解毒魔法について、私はあの時もう使えなかったし賢者だって魔力が限界だった。美女が使えるかどうかは今のところ不明だ。けど彼がそれを把握していなかったとは思えない。正直あの時賢者は彼なりに猫との戦闘を避けようと、イチかバチか言ってみたのかもしれない……なんて思うと、あの子は冷酷と言うわけでもないんじゃないかな。


「実は私もさ、一度魔物で試してみたい実験があって……」

「駄目ですよ。被検体の使用権は早い者勝ちです」

「やっ……やめろ! また何か試すくらいならここで倒せ!」

 で、その猫は今賢者と美女にいじくり倒されている。



『どうせ倒さないなら仲間にしちゃおうよ。この猫可愛いしさ』

 猫が手を下ろしてすぐに美女が出した提案。私は危ないからやめた方が良いと言ったけど、二人は結局猫を洞窟の外まで連れ出して現在実験計画を立てている。妙にやる気満々だと思ったらああいう意図だったとは。


「なんか一気に魔物への恐怖心が失せたよ……」

「お、魔女ちゃんいつの間に起きてたんだ。体調どう?」

 あの後私は気を失って、美女に背負われたまま洞窟を出たらしい。美女はやっぱり素手攻撃をするだけあって力があるのだろう。私より細い体してるのに……。

「もうかなり良くなったかな。ここまで背負って貰っちゃってごめん」

「いいのいいの。実質魔女ちゃんの解毒魔法に助けられたようなものだし」

 まあ私が解毒魔法をかけたのは猫だけど。どちらかと言うとあの時は賢者の毒のおかげだったと思う。

「それより次はどうしますか? 西の国に向かうのならさっきの村で馬車を借りる必要がありますが……間違いなく無理ですね」

 賢者は猫を洞窟内で拾ったひもでグルグル巻きにしながら言った。放火した自覚はあったようでちょっと安心した。あれ安心ってなんだっけ。

 今はまだ村の人も夢くらいに思ってるかもしれないけど、私たちが戻ったらすぐバレて憲兵に突き出されるに違いない。

 美女は私を下ろすと少し考えこんでから私の方を向いた。

「洞窟に入る前、賢者君も言ってたけどさ。一度実力を図った方が良いんじゃないかな。とりあえず魔女ちゃんの転移魔法使って西の国からボス級どこまで倒せるか、いっちょ行ってみよう」

 いっちょ、って。ボス戦てそんなほいほいするものじゃなくてこう、一晩しっかり計画立てて道具揃えて行く的なイメージがあったんだけど……。

「魔女さん転移魔法使えるんですか? 珍しいですね」

「え、珍しいの?」

「はい。転移魔法は使用可能者が特に少ない魔法で、一つの町に使える人が一人居るか居ないかくらいだと言われています」

 町かあ。そこは国とかの方が面白かったけど……まあ今まで全く知らなかったから気にすることでもないか。

 ていうか美女は何で私が転移魔法使えることを知ってたんだろう。

「まあ今は休んでた方が良いけどね。私たちは猫で遊んでるからゆっくり休んでよ」

「そうですね。では先ほど作った解毒剤を試したいのでもう一度これを」

 賢者はさっきの毒薬を再び取り出した。


 木陰で休んでいる間、猫の悲鳴は絶えなかった。私はこのメンバーに若干命の危険を感じた。




 その後私たちは転移魔法を使ってワープしまくった。


 in西の国。元監視塔。

「この魔法を天井にぶつける癖は直さないとまずい気がしてきました」

「賢者それ今更だよ現在進行形で塔崩れ落ちてる」

「とりあえずここは猫におとりになってもらって空中戦と行きますかっ」

「お、おい投げるな! 俺様はこういうので酔いやすいタイプなんだ!」

 途中空腹の限界に達した美女がボスのグリフォンに食らいついて討伐完了。


 in北の国。雪山。

「うっひゃあ寒い寒い。腕が凍ってるよ」

「何で凍傷にならないんですか……あ、あそこにいる雪だるまがボスなのでは」

「火炎魔法で溶かせるか試させて。強くなるためにも攻撃魔法を使っていかないと」

「待て俺はここのボスじゃない、道で転んで雪まみれなだけだ」

 賢者がボス、アイスゴーレムの倒し方を知っていたおかげで討伐完了。


 転移魔法の魔力切れでin海。

「海水おいしいしほぼ無限とかコスパばっちりじゃん」

「せっかく広い所ですし久々に毒魔法を試しても平気そうですね」

「美女、海水は飲んじゃ駄目だって。あと賢者のそれは海水汚染だよ」

「だっ誰か助けてくれ、俺は泳げな」

 沈んだ猫の爪が通りすがったボス、ヒュドラに引っ掛かって討伐完了。


 in港の国。迷いの森。

「お母さんお父さん、何でこんなところに……ってあれ、蜃気楼……?」

「この森の匂いには幻覚作用があるようですね。この魔導書に書いて……あれこの本手がすり抜けます」

「こっちのパンは触れるよ! 味は微妙だけど」

「俺はパンじゃねぇよ! ていうか何でさっきから俺ばっかり酷い目に……お? あの猫どこから迷い込んで……」

 どうやら各自の欲しいものが見えているらしい。猫もしかして友達が欲しかったのだろうか。まああの洞窟生活だと出来るものも出来ないか、仮にもボスだったし。

「早い所ボスを見つけて出ないと危ないですね」

 賢者は空中で何かをめくっている。確かにいろんな意味でこれは危ないかもしれない。どこからかシチューの匂いまでし始めてきた。それに混じって腐ったチーズみたいな匂い……


……ん? 

「この匂い、明らかに幻覚じゃない」

 他の三人にも感じるらしい。美女はまさに今食べようとしていた猫から手を離した。良かったセーフだ。

「この私の食欲が失せるレベル……これは強烈な匂いだね」

「ゾンビ系の魔物が生息している影響です。ここまで強いとなるとボスかもしれません」

 さすが賢者、幻覚の中でも分析が速い。けどボスが早く見つかったのなら好都合だ。いつまでも幻覚作用のあるこの森で立ち往生しているわけにも行かない。ちゃちゃっとボスを倒して……あれ、いつの間にか私はボスを軽視するようになってたらしい。

「こりゃどうも今までのボス級とは比べ物にならない強さの魔力だな。お前もそう思うだろ?」

 猫は横の空間に同意を求めている。しかし猫の言う通り、この魔力は今までのボスとは比べ物にならないくらい強力だ。長時間ここにいたら魔力に染まって……あ、成程。この幻覚の原因はここのボスの放つ魔力だったのか。 

「構えてください。茂みから何か出てきます」

 顔を上げると賢者の言う通り茂みの向こうから黒くて大きな、強い魔力を放つ何かがのそのそと近づいてくる。あれがボスだ。

「お、おい。あれって軍曹級の魔物じゃ……」

 猫の反応からするに、やっぱり今までとは格段に強い魔物らしい。これは苦戦になるかもしれない。残りの魔力は……あ

「ご……ごめん。転移魔法で魔力が限界になってる」

「想定の範囲内です。となると美女さんに頼るしかないですね」

 まさか賢者、さっきの毒魔法で全部使いきったのか。

 美女はウインクをすると両手の平を茂みの中の魔物に向けた。

「任してっ、じゃあ全力ビームで行くよ。森消えるかもだけど」

「ちょ、森消えるって美女そこまで」


 そして前方の森は光に包まれて消えた。



「…………あ、あれ? おかしいなあ」

「あいつ……光を跳ね返しやがった」

 猫の言う通り、跳ね返された。魔物は片手でいともたやすく、美女の放ったビームを弾き返して見せたのだ。跳ね返ったビームは私たちの後ろの地面に巨大な穴をあけた。それから私の髪が少し焦げた。

「美女の万能ビームが効かないって……じゃあ物理攻撃するしか」

「ゴメン魔女ちゃん、今の魔力の限界だったっぽい……ちょっと寝る、ね」

 寝た、というより美女はその場で気絶した。魔力欠乏だ。

「一度退避した方が良さそうですね」

「た、確かにそうなんだけどこれは……」

 森がさら地になったおかげでどうにか抜け出せそうだ。目の前にいる巨大な黒い鎧を着た魔物から逃げきれれば、だけど。

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