第41話 変化
「……特に変わりはないようですね?」
「そのようだね……」
「…………」
自衛隊員である上村の問いに対し、倉岡家当主の与一が返答する。
その2人の後ろを、幸隆は無言で付いて行っていた。
異変の調査に入って24層まで進んできたが、出てくる魔物は特に変わった様子がない。
「……河田君。そんなに緊張しなくていいよ」
「は、はい」
無言でいるのは緊張しているから。
そのことを察したのか、上村は幸隆の気持ちを和らげようと声をかけた。
それを受け、幸隆は軽く首や肩を回して気持ちを落ち着かせた。
「警戒は必要だが、緊張しすぎる必要はない。彼らが先行してくれているから」
「そうですね」
上村に続き、与一も幸隆に声をかける。
与一が言う彼らとは、自衛隊員のことだ。
上村が隊長として率いる彼らは、ダンジョンに関することを専門に取り扱う専門の部隊だそうだ。
ダンジョンは日本にしかないが、日本人の誰もがダンジョン内に入れるわけではない。
隕石落下と共にできたダンジョン。
最初は、その隕石落下時に2km圏内にいた人間しか入れなかったが、その子孫も入れることが証明された。
そのため、ダンジョンに入れるのは、幸隆たちが住んでいる官林市出身の人間がほとんどだ。
ダンジョンに入れないと話にならないため結成されたのが、このダンジョン専門部隊だそうだ。
「ダンジョン内での訓練も行っているため、余程のことがない限り、君に危険が及ぶことはないだろう」
与一の説明だと、ダンジョン内専門の部隊ということもあり、彼らはダンジョン内での戦闘を訓練として行っているらしい。
自衛隊員で戦闘というと銃を装備しているイメージを思い浮かべるが、ダンジョン内だと魔術で代替できるため、銃などは荷物になりかねない。
そのため、彼らが装備しているのは幸隆たち同様、剣や槍などの武器がメインになっている。
彼らの活躍により、幸隆は特に戦闘に加わるようなことはなかった。
むしろ、彼らを突破してくるような魔物が出たら、幸隆もただでは済まない。
始めてきた階層であるのと共に、その嫌な可能性を考え、幸隆は緊張していたというのが正しいかもしれない。
「問題ないのは良いことなのですが、むしろ、魔物が少なくなっているような……」
「そうだな……」
自衛隊員たちのお陰でサクサクと進めるのは良いのだが、はっきり言って順調すぎる。
というのも、上村が言うように10階層ごとに出現するボスの種類が変わった様子はないが、そこまでに出現する魔物たちが以前よりも減っているためだ。
同じ思いのため、与一は上村の発言に頷いた。
「……何かの罠でしょうか?」
「そんな気配はないが、可能性はゼロではないからな。慎重に進もう」
「はい」
魔物の数が少ない。
それは、もしかしたら深部へと誘っておいて仕留めるための布石なのかもしれない。
そう考えた上村は、与一に意見を求める。
与一としてもその考えは頭に浮かんでいたが、それにしてはあからさまな気がするし、何か罠が仕掛けていられるような気配は感じられない。
そのため、ここからはさらに警戒しつつ先へ進むことにした。
「どういうことだ?」
現在幸隆たちは40層を超え、50層手前まで来ているのだが、与一はこの現状に戸惑いの声を上げる。
「ここも魔物が減っているだけで、特に変化がないじゃないか……」
ダンジョンができてから、70年近く経っているというのに、これまで50層を超える人間・集団は存在していない。
その理由は、40層を超えてから、出現する魔物の数が激増するからだ。
その大量の魔物を突破しないと、50層に近づくことなんてできない。
しかし、大量の魔物を倒せば倒すほど、魔石の売買で大儲けできるため、わざわざ無理して50層以上を目指す者がいないという理由もある。
その魔物が少ない。
少なすぎるといった方が良いかもしれない。
「これじゃあ、もっと深い階層まで行けるんじゃないか?」
この状態ならば、50層以上のボスさえ倒せれば前人未到の地へと到達することができるのではないだろうか。
そう考えると、与一はどうしてこうなったのかを考え始めた。
「……成長するために使ったということか?」
「なるほど……」
これだけ魔物がいなくなった理由。
与一の中では、急成長が原因なのだろうと考えた。
ダンジョンがため込んでいたエネルギーを急成長に使用したため、魔物を生み出す力が弱まったのではないかという考えだ。
その考えを聞いて上村も頷く。
「そうなると、どう成長したということでしょう?」
「……もしかして、階層が増えたか?」
「まさか……」
ダンジョンが急成長するためにエネルギーを使用したというのなら、どう成長したというのだろうか。
これまで横に大きくなることなんてなかったが、もしかしてと思って調べてみたても変わっていない。
そうなると、考えられるのは階層の増殖だ。
その答えに行きついた時、上村が驚きの声を上げる。
「そうなると、上部マントル近くまで伸びているのでは……」
地球の内部は、中心から内核・外核・下部マントル・上部マントル・地殻となっている。
地上の表面部分に当たる地殻の層は、30~40kmとなっていて、それよりも地下となると上部マントルの層に突入することになる。
数年に1階層を増やしていたが、今回の急成長でどこまで地下へ伸びたのだろうか。
もしかしたら、上部マントル付近にまで深くなっているのではないだろうか。
上村はそんな疑問ばかり浮かんできた。
「どこまで深くなる気だ? このまま深くなり続けたら地球がやばいんじゃないか?」
はっきり言って、人類はダンジョンの全てを理解しているわけではない。
資源となる魔石の取れる場所、という認識を持っている人間がほとんどだろう。
これまではそれでよかったが、今回のことで考えを改めた方が良いかもしれない。
このまま深くなり続けるとしたら、地球の中心部まで侵食してしまうかもしれない。
そうなったら、地球がどうなるか分からないからだ。
「……調査はここまででいいでしょう。与一殿のその考えは、上の者に伝えさせていただきます。そのことはご内密に」
「分かった。幸隆、君も誰にも話すなよ」
「りょ、了解しました」
地球に影響が現れるかもしれない。
そうなってくると、資源がどうのとは言っていられない。
ただでさえ、魔石による恩恵は日本が独占しているような状況だ。
それが、世界に影響を与えるとなると、世界中の国が日本に対して敵になるかもしれない。
いくら魔石を使用して戦争で負けることはないといっても、世界中を適に回して日本が存続していけるのか。
恐らく国内では、意見が割れる。
そうなると内乱が起こりかねない。
今後の日本のことも考えなければならないような案件にかかわってしまったような気がして、今回の調査についてきたのは失敗だったのではないかと思っていた。
事が事なだけに、上村は与一に今回のことを広めないよう口止めする。
そして、それを了承した与一は幸隆にも口外を禁止した。
藪をつついて蛇を出すなんてしたくないため、幸隆は勢いよく首を縦に振って頷いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます