第39話 一大事
「ついてないな……」
「だね……」
自宅となるマンション。
その最寄りのバス停で降りた幸隆と亜美は、溜め息交じりに言葉を交わす。
実力を有する探索者を多く輩出する名門倉岡家。
その当主である与一に指導を受けられると思っていた幸隆と亜美だったが、現れるはずがない場所にゴブリンソルジャーが現れるというアクシデントがあって、急遽予定を変更することになってしまった。
同じ学園に通う伊藤たち3人組を地上に送り届けた後、与一が自衛隊員に呼ばれて行ってしまったからだ。
「……まぁ、また時間を作ってくれるって話だし、今日は仕方ないと諦めるか」
「うん」
自衛隊員に呼ばれたということは、ダンジョンの中で何かあったのだろうか。
何があったかは分からないけれど、学園生の自分たちが関わるようなことではないだろう。
別れ際に、与一は「内容にもよるが、また来週にでも続きをしよう」と言ってくれた。
その言葉を信じて連絡を待つしかないと、幸隆と亜美は今日の残念な気持ちを切り替えることにした。
「あっ、そうだ」
「んっ?」
バス停から自宅のあるマンションに帰る道すがら、幸隆はスーパーの看板に目が留まった。
そして、何かを思いついたように小さく呟く。
「時間あるし、夕飯は手間かけて少し豪勢にいこうかな……」
「っっっ!!」
上層部のためたいした額ではないが、11層までに出た魔物の魔石を売ったことで少しだけ懐が潤っている。
予定よりも早く帰宅することになり、日が暮れるまで時間があるため、幸隆はその資金と時間を利用して夕飯を少しだけ豪勢にすることにした。
そのことを呟くと、亜美が目を見開いて立ち止まった。
「私も食べたい!」
「えっ!?」
立ち止まったと思ったら、亜美は「バッ!!」っと音が出るような勢いで近付いてきた。
その勢いに圧されるよに、幸隆は上半身を仰け反らせた。
「料理作り始めているかもしれないだろ?」
「連絡しておけば大丈夫!」
亜美の両親は、平日は働きに出ている。
しかし、今日は休日のため、もしかしたら料理を始めているかもしれない。
そのため、自分も料理を作る手間暇を知っている幸隆は、それを無駄にするのは良くないと忠告するのだが、亜美の気持ちは変わらないらしく返答してきた。
「幸くんの料理美味しいじゃない。私も材料費出すから!」
「……まぁ、いいか……」
呪術によって魔力が使えなくなり、幸隆は退学寸前までいった。
その可能性も考えていたため、幸隆は退学した後のことも考えていた。
探索者とは全く関係ない普通の高校に編入し、叔父と同じ料理の道に向かうつもりでいた。
それだけに、結構本気で料理を覚えていたため、腕には自信があった。
その腕が褒められて、嬉しくないわけがない。
亜美に言われた幸隆は、少し照れ臭そうに亜美の提案を受け入れた。
「どんな料理にするの?」
「う~ん、やっぱイタリアンかな……」
店を手伝っていることもあり、幸隆が得意なのは叔父である一樹仕込みのイタリアンだ。
亜美の分も作るとなると、やはりイタリアン中心にした方が良いだろう。
そのため、幸隆は亜美と共にスーパーで食材を買いつけた。
『あれ? というか、幼馴染とはいえ、男一人暮らしの所に出入りして良いのか?』
食材を買ってマンションに着き、エレベーターに乗った所で、幸隆はふとこのように頭に浮かんだ。
一応、自分も亜美も思春期の男女だ。
2人きりになるような状況は、あまり良くないのではないかと頭をよぎったのだ。
『まぁ、いいか……』
鼻歌でも歌い出しそうな笑みを浮かべている亜美を見ていると、そんな事気にしていない様子に見える。
そのことから、何だか悩むのが時間の無駄な気がして来た幸隆は、すぐに頭によぎった考えを捨て、家に着くとすぐに料理を始めた。
何もすることが無いと感じた亜美は、料理を始めるのとほぼ同時に映画祖み始める。
その映画が終わった頃、幸隆の料理が完成し、2人は少し豪勢な料理を楽みつつ、今日1日の探索成果を労い合ったのだった。
◆◆◆◆◆
「お忙しいところお越しいただきありがとうございます。私、砂川と申します」
「どうも」
訓練を中止し、幸隆と亜美と別れた与一は、上村によってダンジョンの側にある駐屯所の一室に案内された。
会議室らしき部屋に与一が入ると、待ち受けていた上村の上官らしき男性の砂川から挨拶を受ける。
敬礼と共に迎えられた与一は、軽く会釈と共に返答した。
「では、早速話してもらえるかい?」
倉岡家の当主の自分を呼んだということは、ダンジョン内で何かが起きたからなのだろう。
ダンジョン内の異変は、内容如何によってすぐにでも行動移らなければならない。
そのため、これ以上の細かい挨拶は余計なこととと判断し、与一は砂川にここへ呼んだ理由を求めた。
「実は、倉岡殿が救助してくださった上村の甥っ子たちのような件が増えているのです」
「……何だって?」
砂川の説明だと、普段は現れるはずのない魔物が上層部に出現するという、伊藤・志摩・忠雄の3人組が遭遇したような事件。
それが、他の階層でも何件か起こっているらしい。
その話を聞いた与一は、驚きの声を上げた。
「あのようなアクシデントが頻繁に起こるなんて……」
これまでの歴史でも、伊藤たちが遭遇したような事件は起きていた。
しかし、それはあくまでも年に1回あるかないかというような、極稀に起きるようなものであって、頻繁に起きるようなものではない。
ダンジョン内で何か起きている予兆なのではないかと、与一は似たよなことがこれまでの経験上なかったかを思いだし始めた。
「もしかして……」
「何か思い当たることがおありですか?」
与一が思考している少しの間、室内には静寂が訪れる。
そして、何かに思い至ったかのように与一は小さく呟く。
その呟きに、砂川は反応した。
「あくまでも予測なのだが……」
「それでも構いません。教えていただけますか?」
これまでの経験から、似たような事件は存在していない。
しかし、ダンジョンができてから数回だけ異変が起きたことがある。
その時と同じことが起きる前兆として、今回のような事件が起きているのではないかと与一は考えたのだ。
「恐らく……」
その昔起きた異変。
それは、
「ダンジョンの急成長だ」
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