第38話 中止

「着いた……」


「あぁ……」


「良かった……」


 1階層にたどり着くと、伊藤・志摩・忠雄は安堵しつつ呟く。

 予期せぬゴブリンソルジャーの出現により、全滅しかけたのだから仕方がない。


「ここまで来ればもういいだろ?」


「「「はい! 本当にありがとうございました!」」」


 ダンジョン入り口には日本の自衛隊が駐留しており、そこで手に入れた魔石を全て提出する決まりになっている。

 そのため、与一は伊藤たち3人を入り口付近まで送り届けると、ここで別れを告げる。

 その言葉を聞いて、伊藤たち3人は再度与一に感謝の言葉と共に深く頭を下げた。

 もしも、与一が助けに来なければ3人共ゴブリンソルジャーに殺されていた可能性があるため、心の底からの感謝の言葉だ。


「河田たちもありがとうな」


「いや、俺たちは何もしてないから気にしなくていい」


 ゴブリンソルジャーなら幸隆と亜美のコンビでも倒すことができたが、助けたのは与一だ。

 なので、感謝されるいわれがないため、幸隆は忠雄の感謝の言葉に対して首を横に振った。


「っていうか……」


「……何だ?」


 声を小さくしつつ、忠雄が幸隆に顔を近付けてくる。

 亜美の事をチラチラとみている所から、彼女に関する何か言うことがあるのだろうか。

 少し嫌な予感をつつ、幸隆は忠雄の口に耳を近付けた。


「やっぱりお前と大矢って付き合ってんの?」


「っ!! いや、違うって!」


 思った通り、亜美に関することには違いなかった。

 しかし、予想していなかった問いに、幸隆は慌てたように返答した。


「……本当かよ?」


「揶揄う気はないから、正直に言え!」


 伊藤と志摩も聞いていたのか、幸隆たちの話に入ってきた。

 2人とも、先程の幸隆の返答が信じられないと言うかのような疑いの目をしている。


「ただの幼馴染だよ!」


「「「……あっそ!」」」


 3人に詰め寄られるようにしてされた質問に対し、幸隆は慌てるように否定する。

 幸隆と亜美の関係について納得している様子はないが、3人はひとまず引き下がった。


「……まぁ、いいや。忠雄も言ったけど、お前らにも感謝してる」


「もしも、俺たちの助けが必要になった時は言ってくれや」


「あぁ……」


 助けてくれたのは確かに倉岡家の与一だが、幸隆たちも助けに来てくれたことには変わりはない。

 そのため、伊藤と志摩は幸隆に感謝を述べて来た。

 それに対し、幸隆は「律儀な奴らだな」と思いつつ返事をした。


「ねえ、何話していたの?」


「……何でもないよ」


 伊藤たちとの話を終えると、亜美が幸隆の側へ来て問いかけてきた。

 男が4人固まってヒソヒソ話をしているのを、不審に思ったのかもしれない。

 しかし、話していた内容が内容なだけに、幸隆は言いにくそうに返答した。


「えっ? 何その反応……」


「何でもないって!」


 反応と答えが合っていないと感じ取った亜美が追及の言葉を呟くと、幸隆は同じ答えを返した。

 しかし、その反応からして、何かあるのではないかと疑いたくなるように思えてしまう。


「……あっそ」


 高校生の男子がヒソヒソ話をするのは、得てして下ネタの事が多い。

 恐らく、先程4人が話していたのもそういった類の者なのだろう。

 そのため、聞いても答えてくれそうにないことを察したの亜美は、大人しく引き下がることにした。


「運が悪かったとしか言いようがないが、今回のようなこともあり得るのがダンジョンだと、これからは教訓として挑むようにしてくれ」


「「「はい。失礼します!」」」


 今回のようなイレギュラーはそう滅多にない。

 しかし、全てが解明されている訳でもないので、このようなこともあるのがダンジョンなのだと受け入れるしかない。

 そして、今回のようなことが起こる可能性を頭に入れながら行動することを、与一は伊藤たちに指導した。

 それを受け、伊藤たちは再度頭を下げ、与一・幸隆・亜美に見送られるようにしてダンジョンの出口へと向かって行った。


「……さて、予想外のことが起きたが、まだ少し時間はある。我々は訓練を続けよう」


「「はい!」」


 幸隆と亜美の実力は高く、与一の予想以上の速度で12階層まで進めていた。

 そこで、伊藤たちの危険を察知し、急遽救助に向かうことになったが、それが無ければもっと深い階層まで進めていただろう。

 元々の目標は30階層よりも深い階層だったが、それはあくまでも幸隆たちの戦闘訓練のためだ。

 幸隆たちは高校生なので、監督役の与一としては、日没前にダンジョンから出て、あまり暗くなる前に家に帰したい。

 その予定時刻までは時間があるため、与一は訓練の再開を提案する。

 それに対し、幸隆と亜美も元気よく返事をした。 


「倉岡殿!!」


「んっ?」


 伊藤たちから分かれて、また訓練のために下の階層へと進もうとしていた幸隆たちだったが、2階層へ向かう前に足を止めることになった。

 というのも、与一が呼び止められたからだ。

 与一に釣られるように振り返ると、1人の自衛隊員がこちらへと向かって来ていた。


「君はたしか……上村君だったか?」


「はい! 覚えていただいて光栄です」


 声をかけて来た自衛隊員の顔を見て、与一は少しの間思考した後話しかける。

 それに対し、与一の前で立ち止まり気を付けの姿勢をした自衛隊員の上村は、敬礼と共に返答した。

 倉岡家の当主に名前を覚えてもらえていたことが嬉しいらしく、口元は少し緩んでいる。


「何か用かい?」


「はい、それが……」


 敬礼を解いた上村は、与一の問いに返答しようとする。

 そこで、幸隆たちに視線を向ける。

 与一との関係が気になったのだろう。


「あぁ、彼らの戦闘指導で来ているんだ」


「おぉ! なるほど!」


 倉岡家当主が指導するなんて、それだけこの2人に期待しているということだ。

 そのため、高校生にしか見えない幸隆たちが、どうして与一と一緒にいるのかに納得した。


「失礼しました。実は先程伊藤君たちという少年たちが、ボス部屋でない所でゴブリンソルジャーと遭遇し、倉岡家殿に救出されたということを窺いまして……」


「あぁ、その通りだが?」


 どうやら、上村は伊藤たちの報告を受け、与一の事を追いかけて来たようだ。


「ありがとうございました! 実は、感謝の言葉を言いたく、呼び止めてしまいました」


「たまたま遭遇しただけのことだよ。というか、何故君が?」


 与一の返答を受け、上村は頭を下げつつ感謝の言葉を言った。

 感謝されるのは嬉しいが、自衛隊員の上村がわざわざそのために来るなんて違和感を覚える。


「実は、あの中の1人、忠雄は甥っ子だったもので」


「なるほど」


 上村の話によると、忠雄は兄の子らしい。

 3人のうち、伊藤と志摩は名字で呼び合っていたため、残る忠雄が上村の甥っ子だということだ。

 それを聞いた与一だけでなく、近くで聞いていた幸隆たちも納得の頷きをした。


「それと、こちらは職務として……」


「他に何か?」


 感謝の言葉を伝えることができた上村は、表情を真剣なものに変える。

 その変わりように、他にも何か自分に伝えることがあるのだと判断した与一は、訝し気に問いかけた。


「実は、ダンジョン内でのことに関して、自衛隊としてもご相談したいことがあります。ですので、駐屯所の方にお越しいただけますか?」


「……分かった」


 上村の声や雰囲気から、何やら空気が重く感じる。

 ダンジョン内で何か問題が起きたのだろうか。

 それを自分に相談するということは、余程の事。

 そのため、与一は上村の頼みに応じ、幸隆たちは訓練を急遽中止することになってしまった。


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