第37話 帰還
「ウ、ウゥ……」
「「伊藤!」」
ゴブリンソルジャー相手に与一が圧勝してすぐ、志摩の回復魔術が終わったらしく、伊藤がようやく目を覚ました。
それを確認したパーティーメンバーである志摩と忠雄は、伊藤へと声をかけた。
「あ、あれっ? 俺……」
目を覚ました伊藤は、仲間の顔を見て首を傾げる。
どうやら、気を失った理由が分かっていない様子だ。
「覚えていないのか?」
「急に現れたゴブリンソルジャーにやられたんだよ」
反応で察したのか、志摩と忠雄は伊藤に何が起きたのかを伝える。
「ゴブリンソルジャー!? 何でこんな所に……」
記憶が混濁しているのか、どうやら伊藤はゴブリンソルジャーにやられたことを覚えていなかったようだ。
そのため、この階層にゴブリンソルジャーが現れたことに驚きの声を上げた。
「ダンジョンてのは、それ自体が魔物なんじゃないかって言われている……」
こちらに向かって歩いてくる与一が説明を始める。
幸隆たちだけでなく、伊藤たちにたいしても伝えるかのようだ
「……誰?」
気を失っていたため、伊藤は与一のことが分からない。
そのため、志摩たちに小さい声で問いかける。
「久岡家の当主さんだ」
「俺たちを助けてくれたんだ」
幸隆から与一が久岡家の当主と聞いた時は、志摩や忠雄も驚いたものだ。
そんなすごい人に対して、じいさん呼ばわりしてしまった忠雄は、失礼にならないように与一本人に聞こえないように小声で返答し、志摩がそれに付け加えた。
「えっ!? マジで!?」
場違いとも思える存在の年寄りが、まさかの久岡家当主。
それを聞いた伊藤は、再度驚きの声を上げた。
「……説明を続けるぞ?」
「「「はい! すいません!」」」
同じ説明を二度するのは避けたいがため、説明を途中で止めていた与一が問いかける。
それを受けた伊藤たちは、声を揃えて謝った。
「魔物と言っても知能がある訳でもなく、成長本能のみを備えていると考えられている」
幸隆たちが通う学園でも、ダンジョンのことに関することは授業で説明されている。
しかし、ダンジョンのことに関することは、あくまでも予想の範疇であって真実はどうなのかは未だにわかっていない。
「内部に入った生物の命を奪い、その亡骸を吸収することで成長するために、ダンジョンは魔物を生み出している」
「「「「「…………」」」」」
そこまでのことは、授業でも聞いているので分かっている。
しかし、ダンジョンができてから代々探索者を輩出している久岡家当主の説明とあって、幸隆たちは黙ってその続きを聞いていた。
「知能がないと言われてはいるが、成長のための僅かながらの知能は存在しているとも考えられる。今回はたまたま君たちを吸収する標的としたのだろう。そのため起こったイレギュラーだったのだと思う」
「そ、そうですか……」
ダンジョンの中には、多くの探索者が入っている。
その中から標的にされるなんて運が悪いとしか言いようがないが、同じ階層に有名な久岡家の当主がいてくれたことには運が良いとも言える。
どっちとも言い難く、伊藤はどう返答して良いのか分からず言い淀んだ。
「まぁ、あくまでも予想や想像の範囲でしかないけどな」
こういったイレギュラーは、探索者として現役の時に何度も経験してきた。
今言ったことは、あくまでも自分のこれまでの経験から考えだ。
それを付け加えることで、与一は説明を締めくくった。
「遅くなりましたが、助けていただいてありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
説明を聞き終えた伊藤たちは、感謝の言葉と共に与一に向かって頭を下げる。
「いやいや、気にしなくていい。未来ある若者を救うのは先輩探索者ならば当然のことだ」
時と場合にもよるが、探索者はダンジョン内では助け合うことが当然と教えられている。
人間には善もいれば悪もいるため、全員が全員その考えで行動している訳ではないが、大半は前者の方が多い。
現役はほとんど引退しているとは言っても、まだまだ学園生を守るだけの実力は持っている。
そのため、伊藤たちの感謝の言葉に対し、与一は当たり前のこととして返答した。
「お前たちもありがとな」
「全くだ」
「助かったよ」
幸隆と亜美のことは知っている。
1学期の時は成績優秀だったが、事故に遇って魔力が使えなくなった落ちこぼれと、その器量の良さから、男子に人気の高い女子という印象だ。
そのまま退学になると思っていたが、3学期になるとまた魔力が使えるようになり、試合で東郷を倒すまでに至った。
伊藤たちもその試合を観戦していたため、成績優秀な人間が1人脱落して喜んでいたのに、また実力が元に戻ってしまったことに、迷惑な話だと3人で愚痴っていたことを思いだす。
しかし、今回のことでそう思ったことを申し訳ないと感じていた。
そのため、伊藤たちは幸隆たちにも感謝の言葉をかけた。
「いや、俺たちは特に何もしてないから気にしなくていい」
「そうそう。倒したの久岡さんだもん」
伊藤たちの言葉に対し、幸隆たちはクビを横に振る。
確かに助けに来たが、亜美が言うようにゴブリンソルジャーを倒したのは与一であり、自分たちは感謝されるようなことは何もないからだ。
「2人の指導は途中だが、彼らの事が優先だ。まず地上まで送ろう」
「「はい」」
本当はここから2人の戦闘で気になった所を指導するつもりでいたが、3人のことが気になる。
10階層のボス部屋は、入口から入るとゴブリンソルジャーが出現して戦闘をしなければならないが、出口から入ると出現しない仕様になっている。
そのため、またゴブリンソルジャーを相手にしないと、地上に戻ることができないという訳ではない。
そのことは問題ないが、忠雄は武器が壊れてしまっているし、志摩は伊藤を回復させるために魔力をかなり消耗している。
そのため、地上に戻るまでに魔物と遭遇したら、まともに戦うことができないためかなり危険なことになる。
そのことが分かっているため、与一は幸隆と亜美の指導を中断して、3人を地上に送り届けることを優先することにした。
幸隆としても異存はないため、与一の指示に素直に従った、
「「「ありがとうございます」」」
「じゃあ、行こう」
ゴブリンソルジャーが出なければ、地上まで戻ることは何とかなりそうだが、今の自分たちの状況を考えると結構ギリギリかもしれない。
それが分かっているため、伊藤たちはその好意に甘えることにした。
3人が声を揃えて感謝の言葉を述べると、与一は自分を先頭にして地上へ向けて移動を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます