第36話 圧勝

「大丈夫か?」


「お前ら! たしか隣のクラスの……」


 幸隆の問いかけに、忠雄が反応する。

 その反応から察するに、忠雄の方も幸隆や亜美の事を覚えていたようだ。


「このじいさんは……」


 絶体絶命のピンチだったので救援が来たことは嬉しいが、来たのが自分たちと同じ学年の生徒ということに喜びきれない。

 しかも、幸隆たちと共に来たのが、見た感じ老人。

 不意撃ちに成功したは良いものの、忠雄としてはあまり期待できないのか、幸隆に問いかけて来た。


「……倉岡家の当主殿だ」


「なっ!?」


 幸隆の答えを聞いて、忠雄は驚きの声を上げる。

 それもそのはず、ただの年寄りだと思っていた老人が、ダンジョン創成期から探索者を輩出している倉岡家の当主だったからだ。


「そんな大物が何で……?」


 倉岡家の当主なんて、一般の学園生が簡単に縁を結べるような人間ではない。

 それなのに、何故幸隆たちが一緒にいるのだろうか。

 その疑問が頭に浮かんだ忠雄は、思わず声に出していた。


「少年……」


「は、はい!」


「こいつは任せて、その2人と一緒に下がってろ」


「わ、分かりました!」


 幸隆と話している所なんだが、ゴブリンソルジャーと戦うのに気が散って邪魔だ。

 そのため、与一は忠雄に向かって指示を出す。

 与一の事を倉岡家当主と認識した忠雄はその指示に素直に従い、幸隆たちと共に志摩や伊藤たちのいる所へと向かって行った。


「グルル……」


「おっと! 行かせるわけないだろ?」


 志摩が伊藤を救うために自分と戦うことができない。

 そのことが分かっているため、ゴブリンソルジャーは一番簡単に倒せる相手だと認識していた。

 そのため、吹き飛ばされて倒れていたゴブリンソルジャーは、立ちがるとすぐに志摩たちの方へ視線を向けた。

 しかし、ゴブリンソルジャーの考えを見抜いていた与一は、その視線の先へ立ち塞がり、標的を自分に向けた。


「ガアァー!!」


「フッ!」


 立ち塞がった与一に対し、ゴブリンソルジャーは邪魔だと言わんばかりに殴りかかった。

 忠雄たちのパーティーメンバーなら、防ぐことに精一杯になるような攻撃だが、与一からすれば全く脅威にならない。

 そのため、与一は鼻で笑って僅かに横に動くことで、迫り来るゴブリンソルジャーの右拳を躱した。


「シッ!」


「ガッ!?」


 攻撃を躱した与一は、すぐさまゴブリンソルジャーを左拳で殴りつける。

 その速い攻撃に反応できず、ゴブリンソルジャーは鼻を殴られてまたしても吹き飛んで行った。


「……おいおい、マジかよ……」


 とんでもなく速いジャブ。

 それは分かるが、とんでもない威力だ。

 探索者をほとんど引退しているような老人だというのに、桁が違い過ぎる威力の攻撃を放った与一に、離れて見ていた幸隆は、思わず驚きの声を漏らした。


「…………っ!!」


 先程まで苦戦していた相手だというのに、与一はそれを片手一本で吹き飛ばした。

 自分との実力がそこまで違うのかと、幸隆と違い、忠雄の方は驚きで声も出ないでいた。


「グ、グルル……」


 驚いているのは幸隆たちだけではない。

 与一と対峙しているゴブリンソルジャーも、内心驚きで満ちていた。

 急に現れた敵は、自分と比べて筋肉量が少ない体をしている。

 それなのに、その体から繰り出される攻撃は、受けると体の芯に残るようなダメージを与えてくるからだ。


「ガアッ!!」


 敵の人数が増えたが、相手は単体で自分と戦うような位置取りをしている。

 ならば、まずは目の前の相手を倒すべきと決めたゴブリンソルジャーは、体に力を込めた。


「こいつならこれは必要ないな……」


「ッ!?」


 今にも襲い掛かりそうな形相のゴブリンソルジャーを前に、与一は何を思ったのか刀を鞘に納める。

 それを見たゴブリンソルジャーは、何故敵が武器を収めたのか理解できない。


「子供たちに見せるために、素手で相手してやろう」


 今回、自分がダンジョンに入ったのは幸隆たちに戦闘の指導をするためだ。

 そのことをふと思いだした与一は、ゴブリンソルジャー相手に素手で戦うことにした。

 そして、ゴブリンソルジャーに対し、手招きをして挑発した。


「ッ!! ガアァーー!!」


 与一の笑みを浮かべた表情を見て挑発されていると理解したのか、ゴブリンソルジャーはこめかみに血管を浮き上がらせて激昂した。

 そして、その怒りに任せ、与一へ向かって襲い掛かっていった。


「ガアッ!!」


「ふんっ!!」


「ゴッ!?」


 駆け寄り、与一との距離を詰めると、ゴブリンソルジャーは振りかぶった右拳を振り下ろす。

 忠雄の武器を破壊した時以上に力が込められているその攻撃を、与一は顔を僅かに反らすだけで回避する。

 そして、そのまま勢いのままに、カウンターでゴブリンソルジャーの顎に左手で掌底を放つ。

 その掌底がクリーンヒットしたゴブリンソルジャーは、脳が揺れて一瞬意識が飛んだらしく、動きが止まった。


「はっ!!」


「ッッッ!!」


 そうなるように隙を作ったのは与一だが、その与一相手に隙を作るなんて攻撃をしてくださいと言っているようなもの。

 当然その隙を見逃す訳もなく、与一は握った右拳をゴブリンソルジャーの腹へ打ち込んだ。

 その強力な一撃に、ゴブリンソルジャーは苦悶の表情で腹を押さえた。


「はっ!!」


「……ッ!!」


 腹を撃ったのは、顔を下げさせるため。

 思った通り、腹を押さえるために顔を下げたゴブリンソルジャーに対し、与一は蹴りを放った。

 腹の痛みで涎を垂らした状態のゴブリンソルジャーは、その蹴りをただ受け入れるしかなかった。


「はい。終わりっと……」


 与一の蹴りによって、ゴブリンソルジャーが吹き飛ぶ。

 そして、何度か地面を弾んでようやく止まったゴブリンソルジャーは、与一が告げたように全く動かなくなった。

 それもそのはず、首がおかしな方向に折れ曲がっているからだ。


「……どうやらこの1体だけのようだな」


 ゴブリンソルジャーを倒した与一は、すぐに周囲の気配を探る。

 そして、他にも魔物がいないことを確認すると、ゴブリンソルジャーの体内から魔石を取り出し、幸隆たちの所へと歩いてきた。


「「「「…………」」」」


 あまりにもあっという間、しかも圧倒的な与一の戦闘を目の当たりにし、幸隆・亜美・忠雄・志摩の4人は、唖然として何も言葉を口にすることができなかった。


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