第30話 一緒に

「えっ? 倉岡家の当主に?」


「あぁ」


 幼馴染の幸隆の叔父である一樹の店のバイトから帰る途中に告げられた言葉に、亜美は目を見開いて問いかける。

 それに対し、幸隆は短い返事と共に頷いた。


「そんな人に指導が受けられるなんて……」


 倉岡家といえば、多くの探索者を輩出することで有名な家柄だ。

 その当主に指導を受けられることを告げたため、亜美は先程のような反応をしたのだ。


「呪いを解いてくれたことが縁でな」


「そうなんだ……」


 幸隆が東郷によって呪いをかけらえていたことは、警察の捜査によって証明された。

 東郷家に依頼され、幸隆に呪いを掛けたとされる人間の死体が発見されたからだ。

 その死体を検分した所、幸隆が倉岡家によって解呪された日にちと、その解呪師が死んだとされる日が合致した。

 解呪をおこなうと、解呪によって使用された魔力が、呪いを掛けた者に反動となって還ることは、これまでの検証で解明されている。

 ゲーム世界で解呪したとはいえ、それは変わらないようだ。

 もしかしたら東郷家によって呪いがかけられたと判断しきれない可能性もあったため、幸隆としては死体が出たと聞いて安堵したものだ。

 ホームルームで担任の鈴木から幸隆と東郷の事のことを知らされたため、亜美たちクラスメイト達も大体のことは理解している。

 そのため、解呪の関係で倉岡家との縁ができたのだということを亜美は全く疑うことなく受け入れた。


『全部が嘘じゃないからな……』


 本当の所は、二学期の終業式の日に偶々購入したゲーム内で解呪したのだが、いくら亜美でも信じてもらえそうにないため、幸隆は黙っていることにした。

 解呪をするにあたって出来た縁だということは嘘ではないため、幸隆としては誤魔化してはいるが嘘を吐いているという意識はない。


「いいな……」


「…………」


 倉岡家の当主による指導なんて、探索者を目指している学園生としては願ってもないことだ。

 亜美も例外ではなく、羨ましそうに呟いた。


「一緒に指導してもらえないか聞いてみようか?」


 魔力が使えなくなって、亜美だけはいつも自分の事を心配してくれていた。

 それがあったから、ギリギリまで退学を回避しようと、実技ができなくても筆記試験だけは上位にいようと頑張った。

 運のいいことに呪いが解けて、学園を退学をしなくて良いようになった。

 その感謝を思うと、少しくらい恩を返したいため、幸隆はふと思ったことを口にした。


「えっ? 良いの?」


「っ!!」


 幸隆の言葉に、亜美は笑みを浮かべて反応する。

 まるで花が咲いたようなその笑顔に、幸隆は思わず視線を別の方向に移すしかなかった。


「……聞くだけならタダだからな」


 亜美の笑顔によって、胸が高鳴るのを感じ取った幸隆は、そっぽを向いた状態で呟く。

 思っていた以上に喜んでもらえて、幸隆としても嬉しくなる。


「やったー!」


 倉岡家当主直々に指導してもらうことなんて、お金を払ったところで無理かもしれない。

 その権利が不意に手に入ることになったのだから、探索者を目指す者なら嬉しくないわけない。

 亜美はテンションが上がり、思わず握った拳を高く上げて喜んだ。


「いや、早いって。まだ許可出てないんから……」


 嬉しい気持ちはわかるが、さすがに喜ぶのは早すぎる。

 さっきのは、あくまでも幸隆が思い付きで言ったことだ。

 倉岡家当主の与一に、亜美も一緒に指導してくれないか尋ねてみないと分からない。

 そのため、幸隆は喜んでいる亜美を諫めた。


「あっ、そうだね」


 嬉しかったとはいえ、まだ決定ではないというのにテンションが上がり過ぎた。

 幸隆に注意を受けてそのことに気付いた亜美は、照れくさそうに頭を掻いた。


「明日聞いてみるよ」


「うん。よろしく」


 許可を取るにしても、放課後のバイトを終えた今の時間では、電話はもちろんのことメールするのも失礼に値する。

 そのため、幸隆は明日与一へ連絡してみることにした。

 その連絡で許可が下りれば、自分も一緒に指導が受けられる。

 まだ早いと分かってはいても、亜美は笑みをうかべたまま返事をした。


「許可が取れたとしても、テストが終わってからになる。亜美は大丈夫か?」


 与一からは、幸隆の期末テストが終了してから始めると言っていた。

 もしも、明日の連絡で亜美も一緒に指導を受けられることになったとして、テストの成績が悪ければ追試などで無駄に時間を取られるかもしれない。

 そうならないために、幸隆は亜美にテスト勉強をしているのか尋ねた。


「……たぶん大丈夫」


「何だよ。今の間は……」


 問いに対し、亜美は少しの間を空けて返答した。

 しかも、幸隆から顔を背けるようにしてだ。

 その反応は、そう考えても大丈夫に思えないため、幸隆はツッコミを入れるように問いかけた。


「れ、歴史が……」


「相変わらずか……」


 1、2学期のテストで、亜美はどの科目も平均より上の成績をとっている。

 しかし、幸隆が言ったように、歴史の科目だけが苦手だ。

 そのため、自信がないのだろう。


「年号とか全然記憶できないの……」


 自分でも苦手と理解しているため、早いうちから歴史の試験勉強をしている。

 しかし、なかなか上手くいっていないため、亜美は眉間に皺を寄せて困ったように呟いた。


「そうだ! また幸くんが教えてよ」


 折角倉岡家当主から市指導を受けられるかもしれないというのに、赤点を取って無駄な時間を取られたくない。

 そのため、どうしようか考えていた亜美だったが、幸隆の顔を見て思いついたように言ってきた。


「えぇ……?」


 幸隆は、ひとりで集中してテスト勉強したいタイプだ。

 人に教えるなんて、気が散って集中できそうにないと思ったため、幸隆は亜美の提案に嫌そうな顔をする。


「そんな嫌そうな顔しないでよ。幸くん全教科上位なんだから良いじゃない」


 亜美の言うように、幸隆の筆記の成績は上位で、科目によっては学年でトップだったりしている。

 歴史の科目も高得点を取っているため、幸隆に教えてもらえば赤点は回避できるはず。

 そう思ったからこそ、亜美は幸隆に教えてもらおうと思ったのだ。


「それは、せめて筆記だけでもって思っていたからで……」


 たしかに、2学期の筆記の成績は上位だった。

 その時は魔力が使えず、実技の成績が最悪になることが分かっていたため、せめて筆記試験だけでも高得点を取っておこうと頑張ったからだ。


「……まあいいか」


 今回のテストの場合、魔力も使えるようになったことで実技の成績も心配ない。

 成績を落とすつもりはないが、2学期のように筆記試験に全力を尽くす必要はない。

 そう考えた幸隆は、別に教えるくらい構わないだろうと判断し、亜美の頼みを了承した。


「やった!」


 成績上位の幸隆に教えてもらえるなら、歴史の試験も平均点くらい成績が取れるはず。

 そう考えた亜美は、またも握った拳を高く上げて喜んだのだった。


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