第29話 提案
「この度はありがとうございました」
幸隆に呪いを掛けたとされる東郷家の人間たちが警察に逮捕され、事件はひとまず落ち着いた。
ゲーム内で呪いを解除したなんて口にできるはずもなく、幸隆はゲームマスターの松山の指示を受けて、倉岡家に口裏合わせの協力を求めた。
それに応じた与一は、警察から証言を求められた時に書類等を提出し、幸隆の解呪をおこなったという証拠を示した。
それにより、幸隆は警察からそれ以上の追及を受けることはなくなった。
解呪前の打ち合わせ通りに協力してくれたことに感謝を述べるため、この日幸隆は倉岡家へと足を運んだのだ。
前回と違うとすれば、与一に連絡を入れての訪問したということだろう。
「あぁ、気にしなくていい」
顔を合わせるなり感謝の言葉と共に頭を下げる幸隆に対し、与一は首を横に振って頭を上げるように促した。
「……しかし、分かっていたとはいえ驚いたな」
事前に幸隆から聞いていたことだが、ゲームの世界に入れるなんて完全には信用していなかった。
一応準備はしていたが、本当に警察が来た時には、信じ難いという思いの驚きを感じた。
幸隆を対面に座らせ、自分もソファーに腰かけた与一は、笑みを浮かべつつ、警察が来た時の感想を述べた。
「それで? ゲーム攻略の方は進んでいるかい?」
本当に警察が来たことから、幸隆がゲームの世界を行き来しているということを信じても良いのではと考えている。
もしも、本当にゲームの世界に入れるというのであるならば、攻略するしないはともかく、試しに入ってみたいという思いがある。
しかし、幸隆がゲームマスターの松山から受けた説明によると、他の人間がいる前ではゲームの世界に入ることができない。
そのうえ、幸隆がゲーム内に入っている場合、何者かがゲーム機に近付いた時は、幸隆に知らせが行くように設定されているという話だ。
そのため、与一は聞いて問題ない、ゲームの進捗状況を訪ねることにした。
「……いや、それが……」
「んっ? どうしたんだ?」
与一に問いかけられた幸隆だが、なんだか表情が優れない。
その様子から、何かあったのかと、与一は首を傾げた。
「ゲーム世界にに入るのは少し控えていまして……」
「どうして?」
ゲーム内に入れるのは、幸隆のみだ。
そのゲーム内で力を付ければ、現実世界でも発揮できる。
そして、ゲームマスターの松山から、探索者として多くの事が学べるはずだ。
折角の特権をどうして利用しないのか不思議に思い、与一は幸隆に尋ねた。
「呪いを解くためと、東郷との試合に合わせるための訓練をするために、自分はかなり長いことゲーム内に入っていました。こっちの世界で1年半近くもの年月です」
「……そう言えば、前回よりも少し背が伸びているような……」
そう言われて、与一もあることに気付いた。
冬休みの終了直前に顔を合わせた時、幸隆は身長170cmくらいの自分と同じ目線だった。
しかし、あれから1ヶ月も経っていないというのに、僅かばかり見上げる形になっていた。
いくら成長期だからと言っても、流石に伸びすぎだ。
幸隆からゲームの説明を受けた時、現実とゲーム内の時間がズレているということは聞いていた。
その時間のズレによって起きた幸隆の変化が、自分には顕著に映ったようだ。
「確かに、頻繁にゲーム内に入るのは良くないかもな……」
頻繁に顔を合わせている人間なら、幸隆の変化に気付いていないかもしれないが、自分のように少し間を空けて会った場合、もしかしたら違和感を感じるかもしれない。
深く気にするようなことでもないが、人より早く老けて行くなんて、ある意味寿命を削っているような感じにも取れる。
そう考えた与一は、幸隆もそのことを考えてゲーム内に入ることを控えることにしたのだと納得した。
「ゲームのクリアを諦めた訳ではありません。現実世界で実力を付けて挑みたいと思います」
「そうか……」
現実世界で探索者として生きるために、解呪を目指してゲーム世界に長時間入り込んでいたが、ゲーム世界で実力を付けて現実世界のダンジョンを攻略しようとする頃には、老けていましたでは話にならない。
そうならないために、何だか最初とは逆なことになっているが、今度は現実世界で実力を付けてからゲーム攻略に挑む方が良いと幸隆は考えた。
その考えに、与一も賛成の頷きを返した。
「では、これからの事なんだが……」
「はい……」
幸隆の考えは分かった。
そのため、与一はある提案をすることにした。
「私から指導を受けてみる気はあるか?」
「……えっ?」
倉岡家の当主による指導。
それはつまり、ダンジョンでもかなり深い階層で戦える実力を得られるということだ。
それが、倉岡家の親類縁者でもない自分が受けられることが信じられないためか、幸隆は驚きで固まった。
「年は取ったが、まだ動ける。君にとって悪くない話だと思うが?」
ダンジョン探索については、現役を退いて息子の武彦に任せている。
しかし、だからと言ってダンジョンに入れなくなったわけではない。
何もダンジョンの深部を目指す訳ではないのだから、幸隆の指導をする事も別に問題はない。
そのため、与一は再度問いかけた。
「ありがたいお話ですが、どうしてそこまで……?」
与一から指導を受けられるというのなら、幸隆としては願ってもない話だ。
しかし、解呪の口裏合わせだけでもありがたいというのに、そこまでのことをされると恐縮してしまう。
そこまでしてくれるのか分からない幸隆は、与一にその理由を求めた。
「父の残した言葉もそうだが、あの東郷家の息子を倒せるほどの実力の持ち主だ。これからの成長が期待ができる。それと、私の運動のためだな」
「……そ、そうですか」
倉岡家とは関わりがないが、東郷家も探索者を輩出することで有名な一族だ。
そんな一族の息子をあっさりと倒したという幸隆の実力は、かなり高いだろうということが予想できる。
息子に探索を任せたことで、最近は書類仕事ばかり。
このままでは体も鈍ってしまいそうなため、与一にとっても仕事をさぼれる理由として都合が良い。
最初の方は良かったが、最後の方の理由を聞くと、なんとなく暇つぶしに聞こえ、幸隆としては微妙な気持ちになった。
「どうだ? 受けるかい?」
「はい! その提案受けさせていただきます」
理由はどうあれ、倉岡家当主から指導を受けられるのだ。
最初から断る気はあまりなかったため、幸隆は与一の提案を受け入れることにした。
「とは言っても、ワシは確定申告の書類を整理しないといけないし。お主は試験も近いだろ? それが終わってからになるな」
「あっ! はい!」
新学期が始まったと思ったら、色々あってもう2月だ。
与一からすると、確定申告の書類を整理しないといけないし、幸隆からすると、少しすれば期末試験がある。
そのため、幸隆の期末試験が終わってから指導を始めることにし、与一は今日の面会を終了とした。
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