第28話 打ち合わせ

「あの言葉の意味? 松山殿に教わっていないのか?」


「えぇ……」


 倉岡家に入るための暗号のようなあの言葉。

 松山には、「言えばたぶん通じるから」としか言われていなかったため、幸隆はその言葉が何を意味しているのかは全く分からない。

 そのため、その意味を知っている様子な与一に、直接尋ねることにした。

 そんな幸隆の質問に、与一は不思議そうに尋ね返して来た。

 ゲーム内に存在している松山から聞いたから、あの言葉を使用したのかと思ったのだが、幸隆の様子だと、その意味までは教えていなかったようだ。


「あの言葉は、松山殿のチームがダンジョンで到達した地点だよ」


「ダンジョンの到達地点……」


 たしかに、政府の発表だと、最高到達点はダンジョンの48層といわれている。

 しかし、それが、いつ・誰が・何人で到達したのかという詳しい情報は未確認とされている。

 それがダンジョン創成期に名を馳せた松山たちだったと言われると、何だかすんなりと納得できた。


「どうして未確認ということになっているのですか?」


 与一が言うことが正しいのなら、探索者を育てる学園の教科書に載せても良いような情報に思える。

 それなのに、秘匿している意味が良く分からない、

 そのため、幸隆は思った疑問を尋ねた。


「…………それは知らない方がいい」


「えっ?」


 幸隆の質問に対し、急に室内の空気が変わる。

 そして、与一は眉間に皺を寄せ、幸隆の質問に返答した。

 その変化と返答に、幸隆は首を傾げる。


「その理由を知ったら、君の身に危険が及ぶ可能性がある」


「…………じゃあ、やめときます」


 有名な探索者を輩出する倉岡家の当主である与一ほどの人間が、これほどの空気を纏って忠告しているのだ。

 藪を突いたら、蛇なんかでは済まないようなものが出てきそうだ。

 折角呪いが解けたばかりだというのに、命の危険があるようなことに関わる訳にはいかない。

 一瞬で日和った幸隆は、与一の忠告に素直に従うことにした。


「もしも、君が探索者としてかなりの実力を付けた時は教えよう。それよりも、今日は他のことで来たのだろう? そのことの打ち合わせを始めよう」


「……はい」


 倉岡家ですら秘匿するような情報。

 興味はあるが、危険すぎて聞きたくない。

 そんな思いをしながら、幸隆は今日ここに来た用事を済ませることにした。






◆◆◆◆◆


「えっ? 倉岡家に?」


「あぁ」


 冬休みの間中、ゲーム世界でバイト三昧をしていた幸隆。

 頑張った結果、解呪するための資金は順調に溜まってきた。

 これなら、授業開始前には解呪することができる。

 そのため、幸隆はこのゲーム世界に引き入れてくれた松本に、感謝の言葉を伝えるついでに報告することにした。

 その報告を受けた松山は、突如暗号のような言葉と共に倉岡家に行くように言ってきたため、理由が分からない幸隆は思わず聞き返した。


「もしも、君に呪いを掛けた人間が分かって捕まえた時、君がどうやって呪いを解いたのかということが、必ず疑問として浮かんでくる」


「……そうですね」


 呪いを掛けた犯人を捕まえたら、警察に調べてもらうことになる。

 そうなった場合、幸隆はどうやって解呪したのかということも調べなければならなくなる。

 間違っても、「ゲームの中で解きました」なんて言える訳がない。


「だから、久岡家に口裏合わせをしてもらう」


「……なるほど」


 松山が言うように、現実世界で口裏を合わせてくれる者がいてくれれば、調べられても問題なく済むはずだ。

 解呪することばかり考えていたため、幸隆は松山の言葉に納得した。


「でも、久岡家が手伝ってくれるんですか?」


 久岡家と言えば、ダンジョンの創成期から多くの探索者を輩出している有名な一族だ。

 そんな久岡家が、全く無名の探索者の卵である自分に協力をしてくれるなんて思えないため、幸隆は松山に問いかけた。


「恐らくな」


「……何でですか?」


 幸隆の問いかけに対し、松山は自信ありげに頷いた。

 その自信の理由が分からず、幸隆は松山へ質問した。


「倉岡良太は、俺の弟子なんだ」


「えっ? 前当主の?」


 松山の話だと、倉岡家前当主の良太は、ダンジョンができて2年後に探索者として行動を開始することになったそうだ。

 その頃は、成人していてダンジョンに入れる人間以外なら資格などいらず、今の魔術学園のように探索者を指導するような機関は存在していなかった。

 そして、ダンジョン内に入るのならば、自己責任でおこなうように言われていた。

 探索者には危険が伴うため、始めて間もない頃の良太は安全を対策を取って行動していた。

 しかし、他の探索者がそうだったわけではない。

 ある日、いつものように数人の仲間とダンジョンの探索をしていたところ、他の探索者たちから、その当時からダンジョン内ではタブーとされている魔物の擦り付けを受けて、魔物の大群に襲われることになってしまったそうだ。

 上層の方で魔物が弱いと言っても、数が多くて絶体絶命のピンチに陥った良太たち。

 そこを松山と仲間たちが見つけ、助けたことで良太との交流が始まったそうだ。

 命を助けてもらったことを感謝し、慕ってくる良太に対し、松山は弟子として指導することにしたそうだ。

 

「成長してからは、弟みたいな存在だったがな……」


 当時の事を思いだしているのか、松山は懐かしそうに話す。

 指導もあってか、良太は探索者として順調に成長し、松山は自分の手から離れ、自分の力でダンジョン探索をするように勧めた。

 その時から、良太はいつか松山を越える探索者になることを目標にして、仲間と共に行動を開始したそうだ。

 離れたとはいえ、元々仲の良い子弟だったため、たまに会ってはダンジョン内の情報交換をしていたそうだ。

 松山としては、その関係は弟子というより弟に近い感情だったようだ。


「ただ、さっき教えた暗号も、代替わりした時に伝えられていなかったりするかもしれない。だから、その暗号が通用しなかったら、またここに来てくれ。他の家を検討してみる」


「分かりました」





◆◆◆◆◆


「お付き合いいただき、ありがとうございました」


 与一との打ち合わせを無事済ませ、幸隆は屋敷を後にすることにした。

 すると、倉岡家当主である与一がわざわざ玄関まで見送りに来てくれた。

 そんな与一に対し、幸隆は恐縮したように頭を下げた。


「なんの。こちらは父の最後の指示を実行しているだけだ」


 先が短いと自ら悟った父からは、「暗号と共に稔さんと関係ある者が現れた時は、倉岡家のできる限りの力をもって、その者を助力しろ」と指示されていた。

 父は、松山のことを下の名前で呼んでいた。

 それ程仲が良かったのだろう。

 自分が小さい頃から、父は「稔さんがいなかったら、俺は魔物に殺され、お前も生まれることはなかった」と何度も口にしていた。

 命を救われた大恩があり、それに松山は探索者として指導を受けた師でもあったそうだ。

 世間では松山稔は悪人として知られているが、父から聞かされている話から、世間で言われているような人間でないことは分かっている。

 そのため、与一は松山と言う名を聞いても幸隆を門前払いしなかったのだ。


「では、失礼します」


「あぁ……」


 もしもの時の打ち合わせを済ませた幸隆は、与一に頭を下げて屋敷を後にして行った。


……」


 離れていく彼の背に向かって、与一は薄く笑って小さく呟いた。


「嘘か本当かは、そのうち分かる」


  ゲーム世界に入れるなどと、幸隆はとても信じられないような内容のことを言っていた。

 しかし、父が言っていた条件をクリアしていたため、与一は幸隆の求めに応じることに決めた。

 死ぬ前の父の発言は、最初本気で言っているか分からない内容だったが、「稔さんに関わるものが現れたら、何としてもうちに引き込め! その者は、絶対倉岡家に利益をもたらす!」という言葉は、ずっと与一の頭の中に留まっていた。

 それは、とても死の近付いている人間とは思えないような、与一が若干気圧されるような圧力を込めた発言を受けたからだ。


「本当だった時は……」


 数日以内にゲーム内で呪いを解くから、もしも現実世界で犯人が捕まった時は口裏合わせを手伝ってほしいという幸隆の頼み。

 それが本当だった時のことを考え、与一は倉岡家の抱える解呪士や解呪に使用する魔石などの手配を開始すると共に、幸隆を引き入れるための策を考えることにした。


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