第31話 指導開始

「よろしくお願いします!」


 期末試験は終了し、幸隆は予定通り与一の指導を受けることになった。

 その初日、待ち合わせ場所に来た与一に向かい、幸隆は挨拶と共に頭を下げた。


「よ、よろしくお願いします!」


 幸隆にわずかに遅れ、隣に立つ亜美も緊張で言葉に詰まりつつ与一へと頭を下げた。

 試験間に約束していたように、幸隆は亜美も一緒に指導を受けられないか与一に連絡を取った。

 その時に許可が下りたため、亜美も一緒に指導を受けることになったのだ。 


「……友人と言っていたが、女子だったか……」


「えっ? 何かまずかったですか?」


 亜美を見た与一は、小さい声で呟く。

 その困ったような表情から、幸隆は亜美に何か問題があるのか問いかけた。


「いや、確認しなかった私のミスだな」


 幸隆の問いに、与一を首を左右に振る。


「男子だったら、少々危険な目に遭わせても構わないと思っていたのでな」


「……恐ろしいこといいますね」


 待ち合わせたのは、ダンジョンの入り口近くの駐車場。

 そのことからも、訓練はダンジョンの中でおこなうということだろう。

 学生である幸隆たちでは、30層までしか潜ることは許されていないが、幸隆たちでも30層以下に進むことが許される場合がある。

 それは、高ランクの探索者が同伴している場合だ。

 倉岡家当主の与一ならその資格があるため、もしかしたら30層以下に行って魔物との戦闘をさせられるのではないかと思っていた。

 しかし、与一の口ぶりだと、もしかしたらそれ以上の階層に行かせるつもりだったようだ。

 ダンジョンは、下の階層に進めば進むほど魔物の強度が変わってくる。

 そんなことは、当然理解したうえで下層へ連れて行こうとしていたとなると、幸隆は与一の指導を受けることに若干恐ろしさを感じた。

 

「早速指導を開始することになるが、ここにきているんだからなんとなく分かるだろう?」


「えぇ、ダンジョンで魔物退治です…よね?」


「その通り」


 ダンジョンの方向を見て問いかける与一に対し、幸隆は確認するように返答する。

 その答えに、与一は頷く。

 ダンジョンのすぐ側に来ているのに、外で訓練なんて考えられない。

 そのため、そう思って答えた幸隆だったが、どうやら正解だったようだ。


「じゃあ、行こう」


「「はい!」」


 そうと決まればと、与一は歩き出す。

 その後ろに付き、幸隆と亜美もダンジョンの入り口へと向かて行った。


「さて……」


 入り口手前で受付をした後、幸隆たちはダンジョン中へと入る。

 そして、歩みを進めながら、与一が話し始めた。


「最初の方は何も言わない。君たちの戦い方を見させてもらう」


「分かりました」「はい」


 どこまで潜るのか分からないが、最初のうちは弱い魔物ばかりだ。

 その魔物たちとの戦闘を見て、幸隆たちの実力を見るつもりのようだ。

 それが与一のやり方なのだろうと、幸隆たちはほぼ同時に返事をした。






「ハッ!!」


「ギャッ!!」


 出現したゴブリンへと一気に接近し、幸隆は刀で斬りつける。

 その一刀によってゴブリンの体は上下へと分かれ、床へ崩れ落ちるとそのまま動かなくなった。


「……じゃあ、魔石を取って先へ行こう」


「……はい」


 現在、幸隆たちは9層まで来ている。

 幸隆と亜美は、出てくる魔物を交互に、数が多い時は協力して相手をしていた。

 幼馴染ということもあってか、連携がとれているため、ここまで何の苦労もなく進めていた。

 そんななか、ゴブリンを倒しても何の反応も示さず、与一は淡々と指示を出す。

 それが逆に幸隆たちを不安にさせていた。


「あの、もしかして、次のボス戦もふたりでやるんですか?」


 このダンジョンは、これまでの9層とは違い、10層には1体の魔物が出現する。

 その魔物がかなり強力で、それを突破できるかどうかで探索者としての評価が変わってくる。

 その10層ごとに出現する強力な魔物との戦いを、探索者の間ではボス戦と呼んでいる。

 10層へと向かう階段を下りた先にある扉を開けばそのボス戦となるため、幸隆は階段手前で疑問に思ったこと与一へ問いかけた。


「あぁ、そのつもりだ。何か問題あるかな?」


「……いえ」


 幸隆の問いに対し、与一は当然と言うかのように頷く。

 そして、逆に幸隆へ問いかけて来た。 

 あまりにも平然としている与一の態度に、幸隆は思わず返事をする事しかできなかった。


「亜美は大丈夫か?」


 亜美は、同じクラスの女子たちと組んでいるパーティーで10層をクリアしている。

 しかし、今日はいつもの4人とではなく、自分と2人だけで挑むことになる。

 ここまでの戦闘で連携がとれていることは分かったが、4人と2人では戦い方は異なるため、幸隆はボス戦前に亜美の考えを聞くことにした。


「う~ん、10層はゴブリンソルジャーだから、どちらかというと、幸くんの方が大変だと思うよ」


 幸隆の質問に対し、亜美は自分の考えを述べる。

 ボスは、倒しても1時間後にはまた復活する。

 そして、これまで多くの者が攻略しているので、10層のボスはどんな魔物が出るのかは分かっている。

 ゴブリンソルジャーと呼ばれる魔物だ。

 その名前から分かるように、ゴブリンと同じ見た目をしているが、子供の身長くらいのゴブリンに対し、ゴブリンソルジャーは大人サイズ。

 更に、ゴブリンよりも知能が高く、ソルジャーとつくように格闘術を使用してくる。

 近接戦が得意なため、魔術主体で戦う亜美は距離を取って攻撃をしていれば問題ない相手だ。

 逆に、刀を使った近接戦を得意とする幸隆の方が、攻撃を受けると危険性が高い。

 そのため、亜美は自分よりも幸隆の方が心配なようだ。


「俺は……たぶん大丈夫だ」


 幸隆としては、ダンジョンの10層に挑戦するのは生まれて初めてのことだ。

 しかし、ゴブリンソルジャーなら何度も倒したことがある。

 というのも、【Torre】のゲーム内での話だ。

 呪いが解け、東郷との試合をおこなうまでの間に、魔力操作の感覚を完全に取り戻そうとゲーム内の搭の魔物を相手に訓練した。

 その時に、幸隆はソロで10層攻略を果たしているため、ゴブリンソルジャーと聞いても問題ないと考えた。

 だが、完全に問題ないと言い切ることができるか微妙かもしれないと、ふとある考えが頭をよぎった。


『ゲーム内のゴブリンソルジャーが、ここのゴブリンソルジャーと実力が同じとはまだ言い切れないからな……』


 ゲームマスターの松山は、ゲーム内の魔物とダンジョンの魔物の強さは同じだと言っていた。

 しかし、それが完全に同じなのかはまだ分かっていない。

 そのため、幸隆はボス戦では、その確認をすることも密かに頭に入れ、与一の後を付いて行くように、亜美と共に階段を下りて行った。


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