第17話 男泣き

「ふあ~……」


 欠伸をして限間のカギを閉める幸隆。

 昨日は、現実世界で3時間半近く、ゲーム世界の3日ほど魔物退治をおこなった。

 搭の下層で弱い魔物を倒して、ようやく武器が買える程度の資金が溜まった。

 その流れで階層を上げて行こうと考えていたが、折角退学が免れるかもしれないのにサボるのは気が引けた幸隆は、今日も学校へと向かうことにした。


「おっす」


「……おはよう」


 家を出てエレベーターに乗っていると、いつものように亜美が入ってきたため、幸隆は軽い口調で挨拶をする。

 しかし、亜美の方はと言うと、少し間を空けて返事をして来た。


「…………」


「……なんかあったのか?」


 いつもなら会話がなくても気にならないが、何故だかエレベーター内の空気が重い。

 先程の挨拶の様子から、亜美の機嫌が悪いようだ。

 気になった幸隆は、その理由を尋ねることにした。


「何で魔力が使えるようになったことを教えてくれなかったの?」


「あぁ……」


 家で何かあって不機嫌なのかと思っていたが、どうやら自分の事だったようだ。

 自分が魔力を使えるようになったと亜美に言うのを忘れていたと、幸隆は今になって思い出した。


「悪い。今年になって、何だか急に使えるようになったんだ」


「何で急に?」


「さあ……?」


 ゲームマスターの松山からは、ゲームは自分幸隆だけしか入れないと言われていた。

 それがあるため、「実は魔力が使えないのは呪われていて、ゲームの世界で解呪したから魔力が使えるようになった」なんて言えるわけもなく、 証明しようがないから嘘を吐くしかない。

 そのため、急に使えるようになったのは本当のことだが、その内容までは曖昧に答えるしかなかった。


「全く! 使えるようになったんだったら、一度くらい一緒にダンジョンに行きたかったのに……」


「悪い悪い……」


 魔力が使えるようになったのなら、一緒にダンジョンに行って確認しておきたかった。

 幸隆がどれだけ悩んでいたのかも分かっていただけに、これほど嬉しいいことを秘密にされていたことが、亜美としては何だか悔しかった。

 そのこともあって不機嫌だったのだが、幸隆の申し訳なさそうな表情に、若干溜飲が下がった。


「それで? どこのパーティーに入ることにしたの?」


 ダンジョンの内部には魔物がいて、一歩間違えれば死へと繋がる。

 プロの探索者の中には1人で行動する者もいるが、安全を考えるなら1人より数人で行動する方が望ましい。

 永田との試合の後、魔力を使えるようになったことを知ったクラスメイトたちから、幸隆は自分たちのパーティーに入らないかと誘われた。

 亜美は、そのどこに入るのか決めたのか気になるようだ。


「……しばらくソロでやる」


 魔物のいるダンジョンに、魔力が使えない幸隆を連れて行くなんてできない選択だったとはいえ、クラスメイト達の誘いは若干の手の平返しを受けた気がしないでもない。

 だからと言って、ダンジョンに入るならパーティーで活動する方が良いのは分かっているため、危険度を考えるならどこかのパーティーに入れてもらうのが良いのは分かっている。

 しかし、クラスメイトの中には、自分に呪いをかけた人間がいる可能性が高い。

 呪いをかけるための資金的問題から半分は除外できているが、完全に疑いが晴れていない者も存在しているため、幸隆は誘いの全てを断ることに決めていた。


「……そう」


 魔力を使えなくなり、幸隆はどこのパーティーにも入れてもらえくなった。

 そのため、亜美は自分たちのパーティーに入らないかと誘ったこともあったのだが、仲間のことを考えて断っていたのも分かっている。

 ある意味命を預けあう関係だというのに、不信感のある者と行動を共にすることは危険を招くことになる。

 幸隆のどこのパーティーにも入らないという言葉に、そういった想いがあるのだと感じた亜美は、なんとなく納得した。


「……もしかして、マスターにも教えてないんじゃないの?」


「あ゛っ!」


 魔力が使えるようになったことを自分に教えていないということは、他にも教えるべき人間に伝えていない可能性がある。

 そう考えた亜美は、幸隆の叔父である一樹にも教えていないのではないかと尋ねると、案の定忘れていたようだ。


「駄目だよ! 教えてあげないと!」


 一樹も幸隆の事を気にかけていた。

 血が繋がっている分、恐らく自分以上かもしれない。

 ただでさえ出来る限り幸隆の意思を尊重して、独り暮らしも許しているというのに、こんな重要なことを話していないなんて良くない。


「昨日はバイトがなかったから……、今日は教えるよ」


「もう! 絶対だよ!」


「あぁ」


 昨日は、試合で魔力が使えるようになったことが確認できて浮かれていた部分があったのと、バイトがなかったため伝えるのを忘れていただけ。

 そう言い訳気味に言い、幸隆は亜美に今日バイトに行った時に伝えることを約束した。






「何っ!? 魔力が使えるようになった!?」


「う、うん……」


 放課後、亜美と共にバイトに向かった幸隆は、約束通り一樹に魔力が使えるようになったことを告げた。

 すると、あまりのことに、一樹は大きな声を上げた。

 その反応の大きさに、すぐに伝えないでいたことを申し訳なさそうに頭を掻いた。


「退学もなくなる可能性が高いって……」


「そうか……、そうか……」


 甥の幸隆が、事故によって両親を亡くし、夢だった探索者の道も閉ざされた。

 それでも勉強に力を入れて、少しでも長い時間学園に残れるように頑張っていた。

 結局、2学期の終業式に退学を言い渡されてしまい、自分も幸隆と同様に落ち込んでいたが、まさか急に元に戻るなんて思いもしなかった。

 退学までなくなるなんて、一樹は嬉しさから、驚きの表情から笑顔に変わり、笑顔から泣き顔へと変わっていった。


「もしもの時には俺の後を継いでもらおうとか思っていたけど、こうなったら探索者になる夢頑張れよ!」


 35歳で独身のため、一樹には子供がいない。

 そのため、兄の忘れ形見である幸隆を自分の子供のように思ってきた。

 魔力が使えなくては探索者になるなんて不可能なので、もしもの時には店の跡継ぎになってもらいたいと思っていた。

 しかし、魔力が使えるようになったのなら、探索者になる夢を諦めないで済む。

 亡くなった兄夫婦も幸隆の夢を応援していた。

 だから、自分もその夢を応援する。

 一樹は涙を拭き、その思いを幸隆へと告げた。


「叔父さん……」


 嬉し泣きまでしてくれるとは思っていなかったし、もしもの時のことまで考えてくれていた。

 そんな叔父の優しさに嬉しくなり、幸隆は胸が熱くなった。


『良かったね……』


 店のバックヤードで男泣きする2人。

 そんな姿を密かに見ていた亜美も、目に涙を浮かべ喜んでいた。


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