第18話 白紙

「ハッ!!」


“ズドドド……ッ!!”


「おぉ!」


 魔術の授業。

 幸隆が作り出したピンポン玉程の大きさの魔力の球全てが、20m離れた的の中心に当たる。

 その結果を見て、教師の鈴木が感嘆の声を上げた。


「完全に元に戻ったようだな?」


「はい」


 事故に遭ってから、幸隆は半年近く魔力が使えなくなっていたため、退学しなければならないという最悪な状況に陥っていた。

 才能ある幸隆が、事故に遭い、原因も分からず探索者の道を閉ざされることになるなんて、神は何て理不尽な運命を与えたのかと思ったものだ。

 しかし、冬休みが開け、永田との試合で幸隆が魔力を使用した時、鈴木は嬉しかった。

 これで才能ある若者が、夢を諦めずに済んだのだから。


「早かったな。もう少しかかると思ったが……」


 永田と試合をして、幸隆は勝利した。

 魔力が使えるようになったとはいえ、半年近く魔力が使えなくなっていたせいか、完全に以前のように使えているかと言ったらそうではなかった。

 魔力を一部に集めて放出するまでの速度が、以前よりも若干遅いことは幸隆も気付いていた。

 それを修正するには、数日は必要になる。

 鈴木はそう考えていたのだが、あっという間に修正できてしまったことに驚いているようだ。


「ハハ……」


 鈴木と同じように、幸隆も数日かかると思っていた。

 そして、実際数日かかった。

 毎日数時間ゲーム内で魔物を相手に練習したからこそ、現実世界ではあっという間に修正できたと思われたのだ。

 それを説明できることができないため、幸隆は鈴木の言葉に苦笑いするしかなかった。






「今日の授業は終了だ。気を付けて帰るように」


「「「「「はーい!」」」」」


 帰りのホームルーム。

 鈴木の言葉に生徒たちが返事をし、それぞれ行動に移った。


「あぁ、河田。職員室に来てくれ」


「えっ? はい……」


 クラスメイトと同様に帰り支度を始めていた所、幸隆は職員室に呼ばれた。

 呼ばれる心当たりが思いつかなかったため、幸隆は戸惑いつつ鈴木に返事をする。


「単刀直入に言うと、退学の件が白紙になった」


「えっ! 本当ですか!?」


「あぁ」


 向かい合うように椅子に腰かけた幸隆に、鈴木はすぐに職員室に呼んだ理由を伝えた。

 事故によって魔力が使えなくなってしまったと思っていたため、学園側は幸隆を退学にしなけらばならなくなった。

 しかし、魔力が使えるようになったのなら、退学させる理由がない。

 そのため、幸隆の退学は白紙撤回された。

 そのことを伝えられ、幸隆は思わず立ち上がった。

 鈴木から退学しなくて済むようになるとは聞いていたが、思っていた以上に早く決定したからだ。


「良かったな」


「はい!」


 鈴木の言葉に、幸隆は嬉しそうに返事をする。

 幸隆の退学が白紙になったことは、鈴木としても嬉しいことだ。

 しかし、鈴木の表情は少々暗い。


 「ただ……」


 「…………?」


 鈴木の表情が暗い理由。

 それが幸隆に告げられた。






◆◆◆◆◆


「くそっ!」


 ある邸の一室で、1人の少年が苛立ちの言葉を上げていた。


「何であいつの呪いが解けているんだよ!?」


 この言葉からも分かるように、この少年が幸隆に呪いをかけた張本人だ。

 そして、苛立ちの言葉を上げている理由は、幸隆の呪いが解けていることに対してだ。


「あの呪いは解けないんじゃなかったんじゃないのか!? あれだけの金をかけたって言うのに……」


 ゲーム世界とは言え、幸隆は解呪するために大金を必要とした。

 当然、呪いをかける側も大金が掛かっている。

 というより、呪いをかけることは現実世界では違法となっているため、呪術師に依頼するには色々と上乗せしなければならない。

 そのため、解呪以上の大金が必要となる。

 大金をかけたというのに解呪されたとあっては、文句を言いたくなるのも分からなくはない。


「永田の奴をぶっ飛ばすのは俺のはずだったのに……」


 苛立ちの理由はまだある。

 それは、幸隆が永田との試合に勝ってしまったことだ。


「あれじゃあ大矢の気持ちが余計に河田に向いちまったじゃないか!」


 永田が亜美に気があるのは、クラス内では周知のことだった。

 しかし、亜美は完全に永田のことなど眼中になかった。

 この少年は、あまりにもしつこくパーティー勧誘をする永田から、自分が救い出すことによって、亜美の気を引こうと考えていたのだ。

 つまり、この少年も亜美に惚れているのだ。

 その作戦を、完全に幸隆に奪われた形になってしまった。

 ただでさえ、幼馴染というアドバンテージがあるというのに、これでは亜美の気持ちを自分に向けることなんて難しくなってしまった。


「くそっ!! 退学間近だったって言うのに……」


 幸隆が退学になるかもしれない。

 その情報は、当事者の幸隆と、幸隆から聞いた叔父の一樹と亜美以外は学校の関係者しか知らないことだ。

 しかし、少年は色々な手を使ってその情報を仕入れることができた。

 あと少しで幸隆を学園から排除することができたというのに、この時期に解呪されてしまっては、学園としては退学させるわけにはいかなくなってしまった。


「こうなったら、もう一度……」


 幸隆がどうやって解呪することができたのか分からないが、だったらもう一度呪いを掛けてしまえばいい。

 また膨大な金額を支払うことになるかもしれないが、それは何とかなる。

 むしろ、解呪されるような中途半端な呪いをかけたことを理由に、値切ることだってできるはずだ。


「いや、それよりも……」


 もう一度呪いをかけるにしても、問題は資金だけでなく、幸隆の毛髪などの情報が必要になる。

 今から呪いをかけるために必要な分を手に入れようとしても、時間が掛かる上に警戒されている可能性ががある。

 そうなると、自分が犯人だとバレないために、幸隆に近付くのも気を付けなくてはならない。

 それよりも、他の方法を考えた方が良いかもしれない。

 そして、少年はある方法が頭に浮かび、密かに笑みを浮かべた。






◆◆◆◆◆


「……試合ですか?」


「あぁ……」


 場面は職員室の幸隆と鈴木に戻る。

 鈴木の表情が暗かった理由。

 それは、幸隆の退学を白紙に戻すために、学園側が出した条件があったからだ。


「東郷とですか?」


「あぁ……」


 退学を白紙にする条件。

 それは、幸隆と同じクラスの東郷修二と試合をして勝利するというものだった。


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