第16話 確認

「よしっ! 行くか……」


 現実世界で、自分に呪いをかけた人間はまだ分からない。

 ならば、強くなって抵抗力を高め、呪いを受けないようにするしかない。

 そのためには、このゲームのクリア条件である搭の攻略に挑むのが効率的。

 そう考えた幸隆は、早速搭の中へと入ることにした。

 現実世界の探索者に当たる、冒険者になってほぼ1年経って、ようやくの搭攻略の開始だ。

 呪いが解けて、初めて魔物と戦闘することになる。

 授業で永田と試合をした時に確認はしたが、完全に魔力操作の感覚が戻ているかは分からない。

 そのうえ、どんな魔物が出現するのかも分かっていないため、幸隆は軽く気合いを入れて搭へと入って行った。


「……う~ん、中は同じか……」


 ゲーム内で死んだら、死体となって現実世界に送り返される。

 最初はそんな事ありえないと思っていたが、何度かの確認と、本当に呪いが解けたことから、今は完全に本当のことだと理解している。

 そのため、慎重に行動することにした幸隆は、まずは塔の内部の様子の確認から入った。

 まず、現実世界のダンジョンとの差がないかを確認する。

 縦横に広く、魔物と遭遇しても戦闘できる大きさのある通路は、現実世界のダンジョンと大差ない。

 というより、全く同じように見える。


「っ!?」


 冒険者ギルドで販売されていた塔内部の地図を見ながら、ゆっくりと歩を進めていると、何か物音が聞こえた。

 それに反応した幸隆は、腰に差していた木刀を抜き取る。

 現実世界で幸隆が使用している主武器は、刀剣類。

 解呪するためにほぼ全財産使用してしまい、残っていた小銭は塔の1階層部の地図を買うことに使用してしまったので、幸隆はこの世界で使用する武器を買う資金がなかった。

 今日は手に入れられた地図の1階部分しか探索しないつもりだが、魔力が使えるようになったとはいえ魔物を相手に武器無しでは不安のため、幸隆は解体業者から貰ってきた廃材を加工した木刀を使用することにした。

 木刀で魔物を相手にするなんて、装備としては酷いものだが、ないよりはマシだろう。


「うっ! 芋虫かよ……」


 木刀を構えて様子を窺っていると、少し先の曲がり角から魔物が姿を現す。

 小型犬ほどの大きさの芋虫の魔物で、現実世界のダンジョンでも上層部に頻出する魔物だ。

 魔力が使えない時の幸隆でも何とか倒せる魔物なので、恐ろしいという思いはない。

 1階に出現するような魔物なら恐らく弱いのだろうが、この世界の場合強さが違う可能性もあるため、幸隆は警戒は解かない。

 現実と同じ強さなら問題ないが、現れたのが芋虫なことに、幸隆は嫌そうな顔をした。


「ギッ!!」


「試すか……」


 魔物の方も幸隆の存在に気付き、すぐさま襲い掛かってきた。

 と言っても、進むスピードは人の早歩き程度のため、幸隆は充分な時間をかけて対策を考える。

 現実世界との強さの差異を警戒し、幸隆はまず芋虫を近付かせないで倒すことを選択することにした。


「ハッ!!」


 使用する魔術は、試合で永田も使用していた魔力球だ。

 魔力を手に集めて、それを球状にして敵に向かって放出する魔術だ。


「ピギャッ!!」


 高速で発射された魔力球は、幸隆へと向かって来ていた芋虫に直撃して吹き飛ばした。


「……フゥ~」


 魔力球の直撃を喰らって吹き飛び、通路の床や壁に衝突した芋虫は、仰向けになって弱々しくもがいて動かなくなった。

 一撃で倒せたことを確認した幸隆は、大きく息を吐き、芋虫の死体へと近付く。


「強さも変わらないか……」


 まだ芋虫だけなので確定とは言えないが、魔物の強さも現実世界と同じのようだ。

 その確認が済んだ幸隆は、動かなくなった芋虫をじっと見つめる。


「……ゲームの世界なのに、ドロップとかしないのかよ!」


 ゲームの世界なのだから、魔物を倒したら死骸は消えて魔石だけドロップされて手に入れられるのかと期待していたのだが、そのようなことになる気配がない。

 期待が外れた幸隆は、思わずツッコミを口に出してしまった。


「しょうがないな……」


 この世界のギルドは、現実世界と同様に魔石を買い取ってくれる。

 冒険者は、その収入で生活をしているらしい。

 このままこの芋虫の死骸を放置しておくと、体内の魔石ごと搭に吸収されてしまうため、取り出す必要がある。


「グエッ! やっぱ慣れないな……」


 拠点にあった調理用の小さいナイフを取り出して芋虫の腹を斬り裂くと、緑色の血液が流れてきた。

 現実世界で何度もおこなっているが、倒した魔物を解体しないといけない。

 料理で肉や魚を捌くことに慣れてはいるが、虫を解体することはいつまで経っても慣れない。

 それが、幸隆が芋虫を見て嫌そうな顔をした理由でもある。


「やっぱ小さいな」


 虫の解体なんて嫌な思いをしたにもかかわらず、手に入れられて魔石はかなり小さい。

 もしもの場合命を落とすかもしれないというのに、売ったとしても1個100円程度にしかならないのだから割に合わない。

 芋虫を見て、幸隆が嫌そうな顔をした理由のもう1つは、これが理由だ。


「もう少し魔物と戦って確認して、今日は武器代を稼ぐか……」


 この階には、他にも魔物がいるはずだ。

 その魔物を相手にして、現実世界の魔物との差異を確認しつつ魔石を手に入れ、木刀に代わる武器の購入代金を稼ぐ。

 芋虫の魔石を手に入れた幸隆は、今日の目標をそのように設定した。






「フゥ~、やっぱり空気が違うな……」


 搭の内部を探索して、現実世界のダンジョンの魔物との差異を確認し終えた幸隆は、搭の外へと出る。

 別に塔の内外で空気に差異があるとは思えないが、やっぱり違うように感じる。

 きっと、今日は弱い魔物しか相手にしないとはいっても、警戒に神経を使っていたからかもしれない。

 その緊張が解けたため、違いを感じたのかもしれない。


「2600ドーラになります」


「……ありがとうございました」


 搭を出た幸隆は、そのままギルドへと向かい、手に入れた魔石を売るため、買い取りカウンターに提出して、代わりに職員の男性から番号を受け取る。

 少しの査定時間を待ち、渡された番号を呼ばれた幸隆は、すぐ隣の支払いカウンターに向かう。

 すると、先程の職員の男性が、硬貨の入った小さい袋を差し出してきた。

 半日ほど塔を探索した今日の稼ぎだ。

 倒した魔物はほとんど芋虫だったため、思っていた通りの金額だ。

 しかし、査定額まで現実世界と同じなことに、幸隆は思わず固まる。

 せめて、そこだけは違ってくれたら嬉しかったのにという思いからだ。

 そんな事を言っても仕方がないので、差し出された小袋を受け取った幸隆は、礼を言ってギルドから退室した。


「これじゃあ、武器は買えないな……」


 一番安い剣でも万はないと買えないため、今日の稼ぎでは数日は塔に入らないと買えそうにない。

 料理店で働いた方がまだマシだが、1年間馬車馬のように働いた経験から、しばらくバイトは現実世界だけで勘弁願いたい。

 それに、戦闘経験も詰めることからも、搭の攻略をしつつ資金を溜めること方が良い気がする。


「もう少し進んでもいいかもな……」


 今日の探索で、塔の1階の魔物は現実世界のダンジョンの1階の魔物と差がないことが確認できた。

 魔力が使用できるようになった自分なら、木刀でも全く問題なく対応できる。

 ここまで同じなら、多少階を上っても大差ないはずだ。

 階が上がれば魔物の出現頻度と数も変わるため、もう少し1日の収入を上げることができる。

 攻略を進めることにもなると考えた幸隆は、次回は上の階へ向かうことにした。


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