第3話 ゲームスタート

「ただいま……」


 亜美と別れて自宅に戻った幸隆は、いつもの通り両親の写真に手を合わせる。

 夕食はバイトのまかないで済ませているので、風呂に入って寝る以外は自由時間だ。


「あぁ、昼間の……」


 見たいテレビ番組もないため、幸隆はゲームでもしようかと考える。

 そして、学校帰りに買ったゲームソフトが目に入った。


「やってみるか……」


 安値だからと、気まぐれに購入したゲームソフト。

 値段が値段なだけに、どうせたいしたことのない内容なのだろう。

 しかし、せっかく買ったのだからと、幸隆は少し試してみることにした。


「……え~と、Torreトーレ? どういう意味? 何語だ?」


 自分で買っておきながら、今になってようやくこのゲームの名前を確認する。

 フリガナが書いてあるので読み方は分かるが、意味が分からない。

 かと言って、意味を調べるほど興味が湧かないため、幸隆はそのままゲームを開始することにした。


“ブーーーンッ!!”


「…………えっ?」


 ソフトを設置してゲーム機本体の電源を入れると、幸隆が全く予想していない現象が起きる。

 ゲームソフトと幸隆の足下に、突然魔法陣が浮かび上がったのだ。

 何が起きているのか分からず戸惑っていると、幸隆は足下の魔法陣に吸い込まれて行った。






◆◆◆◆◆


「…………えっ?」


 魔法陣に吸い込まれ、歪んでいた視界が普通の状態に戻る。

 何が起きたのか分からず周囲を眺めると、幸隆は自分の目を疑う。

 自宅のリビングに居たはずなのに、何故だか周囲360度真っ白な空間にいるからだ。


「……何? 何で?」


 訳が分からないが、何とか頭を整理する。


「ゲームを始めようとして起動したら、魔法陣に吸い込まれて別の場所に移動していた」


 理解するために、幸隆は今起きたことを口に出してみた。


「……何言ってんだ?」


 今起きたことを正確に口にしたが、はっきり言って自分でもバカバカしいことを口にしていると感じ、幸隆は思わず自分にツッコミを入れた。


「よっ!」


 何が起きたのか、何をして良いのか、考えても分からない。

 周囲の景色同様に、幸隆は頭が完全に真っ白になった。

 その瞬間、何者かが急に話しかけてきた。


「っっっ!?」


 驚きつつ声のした方へ目を向けると、そこには30代後半から40代前半らしき男性が立っていた。

 身長は180cm程、道場着に身を包み、短髪で顎髭が生えた渋めのおっちゃんと言ったところだろうか。

 見た目がどうあれ、いきなり現れたら警戒するもの。

 幸隆は思わず後退った。


「……まぁ、落ち着け。今から説明させてもらうから」


「…………」


 現れた男は、その態度から幸隆が警戒していることを察する。

 その理由を理解しているからか、男は両手を上げて敵意の無いことを示して話しかけてくる。

 落ち着けと言われても、警戒しない訳にはいかない。

 幸隆は無言で身構えたまま、男を見つめていた。


「まぁ、そのままで良いか……」


 幸隆の立場なら、警戒するなと言われても警戒するのも当たり前。

 そう察した男は、警戒を解かない幸隆をそのままに現状の説明を始めることにした。


「まず、ここはゲームTorreの中だ。このゲームを手に入れた人間が起動すると、魔法陣が発動してここに来るようになっていた」


「…………ゲームの中?」


 説明を受ければ、多少なりとも納得できる。

 男の言うように、ゲームを起動したらこのような場所に移動していた。

 そのことから、男が本当のことを言っていると、幸隆は僅かに警戒を解いた。


「俺はこのゲームの説明係。松山みのりという」


 少しは幸隆の警戒が解けたことで、男は簡単に自己紹介をする。

 どうやら、彼は松山稔という名前らしい。


「……松山…稔? あの……?」


 男の名前を聞いて、幸隆はまたも警戒を強める。

 その名前は、毎年のように教科書に載せるかどうかで議論になっているからだ。


「つまり、ここはあの悪名・・高い松山稔が作ったゲームって事っすか?」


 教科書に載る可能性があると言っても、良い意味ではない。

 ダンジョンができて数年経ち、探索者の中では組織的に行動する集団が現れ始めた。

 少数によりも集団の方が効率よく魔物を退治することができるのだから、そうなるのも当然のことだ。

 そのひとつが、松山が率いるDS探索団という集団だ。

 正式名法は、Dougeon(ダンジョン)Strategy(ステラテジー)探索団で、その名前の通りダンジョンの攻略を優先する集団だった。

 しかし、彼らは探索者を強引な勧誘する集団と有名になり、最終的には拉致・監禁をおこなっていたことが判明し、団員は全員逮捕されるという結果になった。

 ただ、団長である松山と幹部の数人は捕まえることができず、行方不明で終結することになった。

 その松山稔が目の前にいる。

 嫌な予感しかしないため、幸隆は引き気味に話す。


「……本人目の前に酷い言い方だが、その通りだ」


 幸隆の態度は想定内だったのか、松山はすんなり受け入れる。


「教科書に載ってもおかしくない人物に、こんなとこで会えるなんて驚きっす」


「相変わらず悪人扱いされてるようだな……」


 ダンジョンができて70年近く経っている。

 初期に起きた事件の犯人として、教科書に載せてもおかしくない有名人が、実はゲーム内に潜んでいるなんて想像できるはずがない。

 幸隆がそのことを伝えると、松山は仕方ないと言わんばかりに笑みを浮かべた。


「まぁ、政府からすれば載せたくはないだろう。俺たちの悪事の全ては当時の政府によってでっち上げられたものなんだから」


「……えっ? それはどういう……」


 独り言のような呟きだったが、松山が言ったことは聞き捨てならない。

 松山が言ったことが本当なら、彼や団員たちは犯罪者じゃないということだ。

 その辺詳しく聞きたいところだ。 


「その話はひとまず置いておこう。このゲームの説明をさせてくれ」


「……えぇ、お願いします……」


 相手は日本政府。

 何が起きたか知りたいが、知ったらヤバい気もするため、幸隆は松山の提案に乗ることにした。


「一通り説明を終えたら、君には別の場所へ転移してもらう。中心に巨大な搭が建っている町だ。簡単に言えば、このゲームはその搭を攻略するのが最終目標だ」


「…………」


 巨大な搭と言われてもピンとこない。

 質問をしようかとも思ったが、幸隆は黙って説明の続きを待った。


「大郷ダンジョンの魔物がそのまま出現するようになっている」


「……えっ?」


 官林市の大郷地区にできたダンジョン。

 そのことから、大郷ダンジョンとも言われている。

 大郷ダンジョンの探索者を育成することから、大郷学園ができたのだ。

 その大郷ダンジョンの魔物が出現するなんて、どういった考えなのだろうか。


「このゲームの搭を攻略できれば、君は最低でも大郷ダンジョンの50層まで潜れる実力を身に着けることができるだろう」


「50層……」


 大郷ダンジョンの攻略は、はっきり言って進んでいない。

 探索者の多くは、攻略をする事よりも効率よく魔物を狩れるかに意識が向いているからだ。

 これまで一番深くまで潜った探索者は、46層と言われている。

 そこまで深い層に潜れる力が付けられるのならば、探索者にとってはありがたいゲームと言える。


「……そんな力が付けらえるなら嬉しいけど、俺には無理っすよ」


「……何でだ?」


 強力な力を手にできる。

 探索者であれば、望むところだろう。

 それなのに浮かない顔をしている幸隆に、松山は首を傾げた。


「交通事故に遭った俺は力を失ったから……」


「何だって……」


 浮かない表情の理由を述べた幸隆に、松山は訝し気に呟いた。


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